ノンテクニカルサマリー

機械学習手法を用いた勘定科目レベルの異常検知

執筆者 宇宿 哲平(あずさ監査法人)/近藤 聡(あずさ監査法人)/白木 研吾(あずさ監査法人)/眞田 貴央(あずさ監査法人)/須崎 公介(あずさ監査法人)/宮川 大介(一橋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

企業による不正会計(いわゆる粉飾決算)の検知と予測は、その実務的な重要性を背景として実証会計分野における重要な研究テーマとして位置づけられてきた。こうした方向性での研究は、これまで主として企業レベルのデータを用いて行われてきたが、実際の監査業務の観点からは、企業レベルの不正検知・予測のみではその実務的な要請に応えられない場合もある。例えば、担当企業に関する不正の蓋然性が高いという情報を監査担当者が入手できたとしても、会計情報のどの部分へより多くの資源を投入して監査業務を行えばよいかは必ずしも明らかにはならない。

以上の問題意識を踏まえて、本研究では、企業レベルの不正会計検知・予測を主たる目的とした先行研究を補完する形で、「勘定科目レベルの」不正検知に向けたモデル構築を行った。具体的には、各企業の勘定科目レベルで計測された不正に関するスコアを提供する枠組みを構築し、その上で実際のデータを用いてその枠組みの有効性を実証的に検討する。具体的には、勘定科目間の相関関係を既述したモデルに基づいて各科目の値が本来あるべき水準を推定することで、各科目の異常度を計測する。この時、膨大な数に上る全ての勘定科目間の相関関係を全て考慮するのではなく、重要と考えられる相関関係のみに絞った(=スパース化した)上で各科目の異常度を計測する点に特徴がある。

図1:スパース化の度合い(横軸)と予測精度
図1:スパース化の度合い(横軸)と予測精度

図1は、資産の過大計上に関する検知を対象として、こうした相関関係の絞り込み(横軸:絞り込みの度合い)と予測精度(縦軸)との関係を示したものであり、横軸方向で0.020辺りにおいて予測精度が最大となっていることが分かる。このことは、全ての相関関係を考慮するのではなく、スパース化を行うことでより精度の高い不正検知が可能となることを意味している。このようにして設定された絞り込みの度合いを前提として、各勘定科目の異常度を求めるモデルを構築したところ、モデル構築に用いていないout of sample dataを用いた予測精度の評価において、実務的な観点からも十分な精度(AUCが0.75から0.8程度)が達成された。

本研究の結果は、既存研究が主たる対象としてきた企業レベルの不正検知を補完するものであり、実務的な観点からも有用な検知手法を示すものである。しかし、現実の会計不正事例に着目すると、単一企業のみで不正が完結する場合だけではなく、循環取引のように複数企業が結託して行う場合もあり得る。今後の課題として、勘定科目レベルや企業レベルでの不正検知に加えて、取引関係を考慮に入れたより大きな粒度(例:取引クラスター単位)での検知・予測も重要と考えられる。