ノンテクニカルサマリー

新型コロナウイルス感染症による危機が日本の産業に与えた影響:株式市場からのエビデンス

執筆者 Willem THORBECKE (上席研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

日本は、新型コロナウイルス感染症の拡大を抑えるため、いくつかの対策を講じてきた。2020年3月、安倍首相が学校の一斉休校を要請。4月には日本政府が外出自粛(自主的ロックダウン)要請を出した。これには在宅勤務要請、必要不可欠な事業以外の休業要請、多くの人が集まるコンサートや野球などの球技の中止要請などが含まれた。政府は、海外からの渡航者の入国制限も課した。パンデミックおよびそれへの政府の対策により、2020年第2四半期のGDPは20%減少する可能性が見込まれる。

本稿では、GDP統計の計数にとどまらず、日本経済の異なるセクターがそれぞれにどのような影響を受けているかを検証する。具体的には、コロナ禍における日本の株価の推移を検討する。理論上、株価は将来のキャッシュフローの現在価値の期待値に等しい。したがって、株価は、投資家が産業への影響をどのように見ているかについての手がかりとなるものである。

日本株は、2020年2月24日に下落し始めた。本稿では、2020年2月24日から2020年5月末までのさまざまなセクターにわたるリターンをまとめた。また、回帰分析を用いて、セクター別リターンを4つのマクロ経済要因(日本株式市場のリターン、世界の株式市場のリターン、円ドル為替レート、ドバイ原油価格)で説明できる部分と他の要因(例えば、移動制限や外出自粛)で説明できる部分に分ける。

図1は、その結果を示したものである。不動産関連セクターは特に不振であった。不動産投資信託(REITs)のリターンは0.7021、モーゲージ金融は0.7398、不動産は0.7578、住宅建設は0.8412である。これらの数値が何を意味するかというと、例えばREITsの0.7021という値は、2020年2月24日に不動産投資信託に1円投資すると、2020年5月29日の時点でその価値はわずか0.7021円になったことを意味する。図1から、不動産の不振の主な原因はマクロ経済環境ではなく、他の要因が影響したことが示唆される。緊急事態は不動産取引を阻害したのである。

旅行およびレジャーに関連するセクターも打撃を受けた。カジノ・ギャンブルのリターンは0.6951、航空会社は0.7190、ホテル・旅館は0.8346、観光旅行業は0.8977である。図1が示す通り、これらの損失の主因はマクロ経済要因ではない。むしろ、移動制限が業界に大きな影響を及ぼすとともに、2020年の東京オリンピックの延期が要因となっている。

石油セクターも同様に不振に苦しんでいる。原油生産への1円の投資のリターンは0.6697で、石油機器・サービスへの投資リターンは0.7375である。図1から、原油価格の下落などのマクロ経済要因がこうしたリターンの下落の原因の1つになっている一方で、他の要因の方が大きく作用していることが明らかである。自主的ロックダウンと移動制限は石油産業に大打撃を与えている。

自動車セクターおよびその関連産業も低迷している。図1にあるとおり、自動車セクターのリターンは0.8335、自動車部品0.8652、鉄鋼 0.7333、およびタイヤ0.8738である。自動車については、マクロ経済変数と他の要因の両方が等しく低迷の原因となっている。マクロ経済面では、輸出が大幅に落ち込んだ。主たる他の要因は、緊急事態下にあって多くの事業所が休業したことである。

電子事務機器のセクターも低迷した。同セクターのリターンは0.8152である。これは、多くのオフィスが閉鎖された事態を反映したものである。

機械セクターも打撃を受けている。特殊機械の株式の投資リターンは0.853、工作機械0.8842、農業機械0.8869となっている。図1に見られるように、こうした低迷はマクロ経済要因が背景となっている。日本をはじめ世界的な景気後退により、機械需要が消失した。

一方、人々の健康に関連するセクターは好調である。製薬のリターンは1.0845、バイオテクノロジー1.1004、医薬品小売業1.2076、ヘルスケア提供者1.321、ヘルスケアサービス1.3436である。こうした堅調なリターンはマクロ経済変数ではなく全面的に他の要因がもたらしているものであることが図1から明らかである。コロナ禍は、健康関連セクターにとって好景気である。

在宅での娯楽や気分転換を提供する事業は、予想された以上に順調である。電気通信機器(スマートフォンを含む)のリターンは1.236、娯楽サービス1.1097、娯楽用品1.082、電子的娯楽1.0681となっている。こうした堅調さはマクロ経済変数ではなく全面的に他の要因がもたらしているものである。外出自粛で自宅にいる人々が増えたため、このような娯楽用品の需要が急増した。

デリバリーサービスも好調で、リターンは1.3146となっている。ここでも同様に、マクロ経済変数ではなく全面的に他の要因が好調を支えている。こうしたサービスは、在宅を余儀なくされた人々にとって極めて重要なライフラインの役割を果たしている。

また、分析結果は、日本の株式市場全体のリターンが、株価パフォーマンスが不振なセクターの主因であることも示唆している。日本経済が、さらに言えば日本の株式市場全体が回復すれば、マクロ経済要因によって打撃を受けているセクターも回復できるだろう。したがって、日本経済の成長を促進することこそ、壊滅的な打撃を及ぼしている危機からの日本企業の回復を後押しする極めて重要な条件となる。

図1:日本のセクター別リターン:2020年2月24日時点において投資された1円に対する2020年5月末のリターン
図1:日本のセクター別リターン:2020年2月24日時点において投資された1円に対する2020年5月末のリターン
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出典:Datastreamのデータベースおよび著者による計算。