ノンテクニカルサマリー

企業統治改革は有効であったのか? 政策保有株の売却促進効果の分析

執筆者 Johan JIDINGER (KPMG Tax Corporation)/宮島 英昭 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

  1. アベノミクスは、「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」を3本の矢とするポリシー・ミックスを展開し、企業統治改革は、このアベノミクスの第3の矢である成長戦略の最重要課題に位置づけられた。従業員の利害がいまだ強すぎるという認識のもとに、現行のシステムが、リスク回避的な経営、経営の保守主義をもたらしている点が問題視された。この企業統治改革の1つの柱として、2015年に導入されたコ-ポレートガバナンスコードは、独立取締役の選任と並んで、政策保有株の保有理由の開示を求めた。また、前年2月に導入されたスチュワ-ドシップ・コードは、機関投資家の企業経営への積極的な関与を求めたが、その主要な項目は、政策保有の売却などの企業の資本政策にあった。ではどの程度、企業統治改革は企業の売却行動を促進することになったか。
  2. 本論文の課題は、しばしば岩盤企業と呼ばれる政策保有比率の高い企業に注目し、この企業統治改革の効果を検討することである。本論文では、東証1部上場企業のうち、政策保有比率が上位25%の企業から、200社をランダムに抽出して、サンプルを作成した。なお、このサンプルの政策保有比率(政策保有株時価総額/総資産)の平均は11.5%、最小値が6.2%、最大値は36.7%であった。
  3. 図表によれば、コーポレートガバナンス・コードが導入された2015年以降、政策保有株を売却する企業は有意に増加している。2012年まで1銘柄以上保有株を売却する企業は、サンプル200社中、50から70社程度にとどまったが、2015年以降増加し、17年には178社に達した。保有銘柄ベースで見れば、サンプル企業はその全体で保有していた株式銘柄5000のうち、2012年以前には、330銘柄前後を売却していたのに対して、2015年以降にはその売却銘柄は増加し、2017年には1000銘柄以上に達した。その結果、平均売却銘柄数は2012年の2.8から2017年には5.7へ増加し、株式数ベースの企業政策保有株は、2012年の25.5百万株から2017年末には21.2百万株へ22%程度減少した。
    図表
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  4. では、企業統治改革は、岩盤企業の売却を促しているか。本論では、これら政策保有比率の高い企業群の毎年の政策保有の売却の意思決定を、①サンプル企業の毎年の売却銘柄数を従属変数とする固定効果モデルによる推計と、②個々の保有関係を分析単位として、各年の売却か保有継続を従属変数とするLogitモデルによる分析を試みた。
    その結果、第1に、岩盤企業の売却は、政策保有の総資産に占める比重が高い企業ほど売却する、政策保有株の含み益の小さい企業ほど売却する、逆に、個々の銘柄では、含み益の大きい企業から売却する、金融的に売却による流動性の確保が必要な企業(負債比率が高く、インタレストカバレッジレシオが低い)ほど売却する、という傾向を確認した。政策保有の売却は、基本的に、金融的に合理的に選択されていた。
    第2に、①企業の売却数を従属変数とする分析でも、②の個々の保有銘柄の売却の選択分析でも、コーポレートガバナンス・コードの導入はその売却を有意に促進していた。例えば、①の推計では、他の事情を一定として、各企業の売却銘柄数を、これまでの2.5から3.4まで引き上げる効果があったと試算される。
    第3に、岩盤企業では、興味深いことに、高い外国人保有比率が売却を抑制するという傾向がみられた。この点は、高い機関投資家保有比率が、低い政策保有、持ち合い比率と対応していた東証上場企業の平均的な姿とは大きく異なっていた。政策保有に批判的な機関投資家の保有比率が高い場合に、かえって政策保有比率が高いというこの岩盤企業群の特徴は、政策保有の動機の1つが資本市場からの圧力の遮断というエントレンチメントにあることを示唆している。そして、統治改革は、このエントレンチメント効果を緩和するほど十分な効果を示していない。
    最後に、②の分析では、企業間の持ち合い関係を考慮した分析が可能であるが、この銘柄ごとの分析では、企業間の持ち合い関係の存在が政策保有の基盤となってきたことが確認できる。2つのコードを中心とする企業統治改革は、こうした持ち合い関係にある企業の政策保有株に関しても、その売却を促し始めていた。
    以上、要するに、コンプライ・オア・エクスプレインに基づく改革は、これまで変化の乏しかった「岩盤企業」の政策保有の解消に対しても効果を発揮していたのである。
  5. もっとも、売却によって得た資金が、アベノミクスで期待していた投資、R&D、M&Aに向かったという証拠はない。Jidinger/Miyajima(2019)は、企業の投資・財務行動をコントロ-ル変数と、当期、及び前期の自社株買いの回数で回帰する簡単なモデルを通じて、自社株買いの効果に接近した。それによれば、自社株買いは、自社株買い、配当の増加には貢献しているが、実物投資、R%D、M&Aが有意に増加したという結果は得られていない。他方、現預金保有は、自社株買いに正に感応しており、当面、政策保有の売却から得られた一部は、株主還元に利用され、その他は、現預金として保有されたと見ることができる。
参考文献
  • Jidinger J., and H. Miyajima, 2019. Does regulation matter?: Effects of the corporate governance reforms on the relational shareholdings in Japan, Working paper.