ノンテクニカルサマリー

配分効率性を考慮した動学的生産性分解

執筆者 細野 薫 (ファカルティフェロー)/滝澤 美帆 (学習院大学)
研究プロジェクト 企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析」プロジェクト

多くの経済学者および政策担当者が指摘しているように、日本経済の生産性を高めるためには、個別企業の生産性を高めるだけでなく、資源配分の効率性や企業の新陳代謝を促すことが重要である。しかし、経済全体の生産性(集計生産性)の変化に対し、資源配分の効率性や企業の参入・退出がどの程度寄与したかを測定しようとすると、さまざまな困難に直面する。これまで、集計生産性を個別企業の生産性の向上効果(内部効果)と資源配分の効率性の向上効果(再配分効果)に分解するいくつかの方法が提案され、日本経済にも適用されてきた。しかし、これまでの研究は、生産可能性フロンティア(経済全体で潜在的に生産可能な財・サービスの組み合わせ)を基準とした分解手法ではなかったため、必ずしも標準的なミクロ経済学に沿った明快な解釈ができるものとは言えなかった。

そこで、本研究は、生産可能性フロンティアを基準とした、新しい集計生産性の分解方法を提案する。具体的には、集計生産性の上昇率を、①生産可能性フロンティアのシフト(技術的効率性)、②フロンティアと現実の生産との距離の変化(配分効率性)、③存続企業に対する参入企業の相対的効率性(参入効果)、④存続企業に対する退出企業の相対的効率性(退出効果)、および、⑤財の種類が増加することによる集計生産性の上昇効果(ヴァラエティ効果)の5つの要素に分解する。図1は、本研究で用いる技術的効率性と配分効率性を、2企業の例で示したものである(説明の簡単化のために、参入、退出、およびバラエティ効果はここでは無視する)。生産要素は1種類(K)であり、ある期に、企業1と2がそれぞれK1, K2だけ用いて同じ種類の財の生産を行っていたとする。図1では、企業1の限界生産力を左から右に、企業2の限界生産力を右から左に描いており、それぞれの生産量は、限界生産力の下の部分の面積である。経済全体(2企業)の生産量が最大になるのは、両企業の限界生産力が等しくなる点(交点)であるが、それと比べると、実際の生産量はCだけ少ない。次の期に、企業1の生産性が上昇したとしよう。また、なんらかの歪みによって、両企業の生産要素の投入量は変化しなかったとする。このとき、仮に前期も今期も経済全体の生産量が最大化されていたならば、生産量は、A+Bだけ増加する。これが技術的効率性の変化である。しかし実際には、歪みによって、生産量はAしか増えなかった。これは、配分効率性が-Cから-(B+C)にBだけ悪化(減少)したためである。こうした考え方に、さらに参入・退出効果とバラエティ効果を考慮したのが、本研究の分解手法である。

図1:技術的効率性と配分効率性の例
図1:技術的効率性と配分効率性の例

この手法を、1986年から2014年までの工業統計の事業所レベルのデータに適用し、5年ごとの平均値を示したのが、図2である。これによると、技術的効率性は、グローバル金融危機の時期(2006-2010)を除いて増加傾向にある一方、配分効率性は、特に銀行危機の時期(1996-2000)とその後(2001-2005)にかけて低下していることが分かる。また、参入企業および退出企業は存続企業よりも一貫して効率性が高い。1995年から2015年の企業活動基本調査による、非製造業を含む企業レベルのデータを用いても、銀行危機とその後の5年間に、配分効率性は低下していた。

これらの結果、特に配分効率性の効果は、従来よく用いられてきたFoster, Haltiwanger, and Krizan (2001)の手法による分解結果とは異なるものであり、本研究によって、資源配分の効率性や企業の参入を促すことの重要性を示す定量的なエビデンスが提供されたといえる。

図2:工業統計データの集計生産性分解
図2:工業統計データの集計生産性分解
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参考文献
  • Foster, L., J. Haltiwanger, and C.J. Krizan. Aggregate Productivity Growth: Lessons from Microeconomic Evidence. In C.R. Hulten, E.R. Dean, and M.J. Harper eds. New Developments in Productivity Analysis, Chicago: University of Chicago Press, 2001, 303-372.