ノンテクニカルサマリー

資産のファンダメンタルヴァリューに関する認識ギャップと資産取引による損失:経済実験アプローチによる検証

執筆者 東田 啓作 (関西学院大学)/田中 健太 (武蔵大学)/馬奈木 俊介 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人工知能等が経済に与える影響研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人工知能等が経済に与える影響研究」プロジェクト

株式、債券、その他の資産を取引する市場において、市場参加者は不確実性に直面している。この不確実性とバブルの発生に関しては膨大な研究が蓄積されてきている。その中で市場参加者がファンダメンタルヴァリュー(FV)を計算できるかどうかが1つの要因であることが示されている(たとえば、Huber and Kircher (2012))。

多くの経済実験研究では、将来実現し得る配当額について不確実性を設定しているが、実現し得る可能性のある配当額に対する確率が被験者に知られている状況を設定している。しかし、現実にはこの確率を確実に知ることは難しい(注1)。このことは、客観的な期待配当額と市場参加者の主観的な期待配当額が乖離し(認識ギャップが発生し)、この乖離の大きさが市場参加者ごとに異なることを意味する。このときに、資産市場の価格はどのように変動し、あるいは市場参加者の行動は認識ギャップにどのように影響を受けるのだろうか。本研究では、被験者が客観的な期待FVを計算できない状況を設定した経済実験を実施し、上記の問に答えることを目的とした。

上記の図は、実際の被験者の取引実験終了時の認識ギャップの分布を表したものであり、最も左に位置する被験者群の主観的期待FVは客観的期待FVと等しい(認識ギャップがゼロである)。ここから、多くの被験者は認識ギャップを解消することができず、また一部の被験者の認識ギャップは大きなものとなっていることが分かる。

データを分析することによって、被験者の認識ギャップが消えることはなく、それが非効率な取引をもたらすことが示された。さらに、認識ギャップが大きくなればなるほど、取引によって損失を発生させる可能性が大きくなることも明らかとなった。この実験結果は、現実に人が取引をする際には、FVの予想に時間がかかったり、不確実性を十分に理解できなかったりすることがあり、それが大きな非効率性を生み出す可能性があることを示している。この観点からは、精度の高い、あるいは学習のスピードが速いAIを取引に導入されていくことで、非効率性が小さくなっていくと考えられる。一方で、近年、取引の機械化・高速化の結果として、一時的に市場で株式の売却注文が急増し、急激な株価下落を引き起こす現象が報告されている。原因は明らかではないものの、AIの導入によって投資家の多様性が失われることで、特定の取引が一時的に集中的に行われ、市場の価格変動がより短期的かつ急激に変動する状況が生み出される可能性が指摘されている。

AIの導入・普及によって、これまで発生していた人の不確実性認識ギャップから発生する運用ロスは確実に減少する一方で、AIの導入にはさまざまな課題があることも事実である。今後は、本研究で構築した実験モデルを用いるなどして、AIによる取引増加にあたっての問題点を探り、非効率性を小さくする市場制度や政策を議論していくことが必要である。

脚注
  1. ^ いくつかの研究ではこのことをambiguityと呼び、取引行動が分析されている。たとえば、Füllbrunn et al. (2014)、Alonso and Prado (2015)などを参照されたい。
参考文献
  • Alonso, I., M. Prado (2015). Ambiguity aversion, asset prices, and the welfare costs of aggregate fluctuations. Journal of Economic Dynamics and Control 51, 78-92.
  • Füllbrunn, S., H. A. Rau, U. Weitzel (2014). Does ambiguity aversion survive in experimental asset markets? Journal of Economic Behavior and Organization 107, 810-826.
  • Huber, J., M. Kirchler (2012). The impact of instructions and procedure on reducing confusion and bubbles in experimental asset markets. Experimental Economics 15(1), 89-105.