ノンテクニカルサマリー

不完全競争下の電力産業におけるサステナブルな送電設備形成:経済効率性と環境負荷

執筆者 Afzal S. SIDDIQUI (University College London)/田中 誠 (ファカルティフェロー)/Yihsu CHEN (University of California, Santa Cruz)
研究プロジェクト 電力システム改革における市場と政策の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「電力システム改革における市場と政策の研究」プロジェクト

本論文は、電力自由化のもとで、再生可能エネルギー導入と環境負荷低減を図りつつ、基幹送電線の設備形成を行う機関の役割について分析する。自由化の進んだ電力産業では、発電、送電、小売などの機能が分離され、従来と異なり多数の意思決定者が活動する。このような産業を分析するには、単一の問題ではなく、多数の意思決定者を考慮した多段階の数理計画問題を解く必要がある。他方、送電設備形成の問題は、いまや環境問題と切り離すことができなくなっている。多様な環境政策のもとで、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを導入しながら、温室効果ガスを削減し環境負荷を低減することも念頭において送電設備の形成を進める必要がある。

自由化された電力産業における独立した送電設備計画機関は、送電線容量の決定を通じて、間接的にのみ市場均衡に影響を与えうる。この状況は二段階計画問題として捉えることができる。すなわち、一段階目で送電設備計画機関が送電線容量を決定し、二段階目で火力や再エネの発電事業者が意思決定を行い、電力市場のオペレーションも行われる。本論文では、この問題を「均衡制約をもつ数理計画問題」(MPEC; mathematical program with equilibrium constraints)として定式化し、解析的に解くことを試みる。特に、市場競争の度合いと送電設備形成の相互作用、そして環境政策の度合い(強度)が送電設備形成に与える影響に焦点を当てて分析する。

図は、本研究の分析結果の一部を数値例で示したものである。ここでは、2つの地域(北部に再エネ、南部に火力が立地)と地域間を結ぶ基幹送電線がある簡単なケースを考えている。図にはベンチマークとして、ファーストベストの送電線容量が実線(CP)で示してある。赤い点線(PC)は、環境政策が不完備だが市場は完全競争である場合において、送電設備計画機関が選択する送電線容量を示す。この場合には、ファーストベストに比べて送電線容量が小さくなる。ファーストベストの送電線容量から乖離が生じるのは、火力発電の外部不経済効果が内部化されないことによる歪みのためである。環境政策が不完備で、市場が寡占による不完全競争である場合にも(緑の点線;CO)、ファーストベストの送電線容量からの乖離が生じる。本研究では、環境政策の例として炭素税を導入するケースも分析している。炭素税が完備されると、完全競争下では最適な送電線容量が実現し社会厚生も最大化されるが、不完全競争下ではそうなるとは限らない。不完全競争のもとで「市場支配力の影響」が「環境負荷の影響」よりも大きい場合には、炭素税の導入により、送電容量が増大するが、市場支配力が強まり結果として社会厚生が低下することがおこりうる。本研究は、環境政策と送電設備形成の調和の重要性についての政策的含意を与える。

図:環境政策が不完備な場合の送電線容量
図:環境政策が不完備な場合の送電線容量