ノンテクニカルサマリー

国際貿易が日本のサプライチェーンに与える影響

執筆者 Michal FABINGER (東京大学)/澁谷 陽子 (スタンフォード大学)/谷口 美南 (Sciences Po)
研究プロジェクト 企業の国際・国内ネットワークに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業の国際・国内ネットワークに関する研究」プロジェクト

本研究は中国における生産性ショック(ここでは日本の中国からの輸入量の変化)の影響が、産業連関やサプライチェーン・ネットワークを通じてどのように日本の企業全体に波及していくのかを実証的に分析したものである。近年、産業や企業レベルの個別 ショックがネットワークを通じて波及・伝播し、マクロ経済全体にどのように影響を及ぼすかに関して、理論・実証研究ともに盛んに研究が行われている。ここ数十年で中国との取引高は飛躍的に増加し、対中国貿易の日本経済への影響力は年々増していることは周知の事実だが、それが産業・企業レベルのネットワークを通じてどのように日本企業に影響を与えているのかについてはまだ明らかになっていない。本稿では産業連関表や企業ネットワークデータを用いて、中国からの輸入量の変化がネットワークを通じて日本の製造業における産業・企業にどのような影響を与えるかを定量的に分析した。

重要な既存研究の1つであるAcemoglu et al.(2016)は、ある産業への需要ショック・供給ショックが、産業連関を通じてその産業だけでなく川上産業・川下産業に与える影響を理論的・実証的に分析した。彼らのモデルによれば、需要ショックは川下産業には影響を与えず、供給ショックは川上産業へ影響しない。また、Acemoglu et al.(2016) は中国からの輸入の増加が、産業連関を通じて他の産業へどのように波及するかを米国のデータを用いて分析し、モデルの予測が実証的にも当てはまることを示している。需要ショックである中国製品の輸入増加が生じた産業では、その産業への国内需要が圧迫されるため、当該産業の粗付加価値が減少していることが確認された。さらにその産業の川上に位置する産業でも有意に粗付加価値の減少が確認された。これは財を供給する先の企業の需要が減少したため、当該産業が生産する中間財への需要が減少したためと考えられる。一方、川下企業では中国からの輸入量の変化による影響が確認されていない。

本研究ではまず、Acemoglu et al.(2016)のモデルを採用し、RIETIのJIPデータベースの産業連関表を用いて、産業レベルでの輸入ショックの分析を行った。米国での実証分析の結果と同様、中国からの輸入量が増加した産業とその川上産業では粗付加価値に有意に負の影響が確認された。一方、川下企業については粗付加価値について有意に正の影響が確認された。米国や他の先進国のデータを用いた既存研究では、中国からの輸入の増加が国内の産業に負の影響を与えることが示唆されている(Autor et al. (2013)など)が、当該実証結果は中国からの安価な製品輸入の増加が、それを中間投入財として用いて財を生産する川下企業のコスト低下につながることで川下産業に利益をもたらす可能性を示唆している。

さらに我々は東京商工リサーチの企業データ・企業相関データを用いて企業のネットワークデータを構築し、企業間のサプライチェーン・ネットワークによる輸入ショックの伝播・波及の分析を行った。その結果、企業レベルでも同様の実証結果が得られることを確認した。企業レベルでの分析では、企業が属する産業における中国からの輸入量の増加がどのように当該企業の売り上げに影響を与えるか、さらに仕入れ先・販売先企業の売り上げにどのような影響を与えるかに着目した。分析の結果、中国からの輸入が増加した産業に属する企業は売り上げの成長率が減少し、その仕入先企業も売り上げの成長率の減少が見られた。一方で、販売先企業には売り上げの成長率に有意に正の影響を与えることが確認された。

以上の分析結果は、米国などにおける研究結果とは異なり、中国との貿易量の増加が、企業レベルのサプライチェーン・ネットワークを通じて川上企業に負の影響をもたらす反面、川下企業に正の影響をもたらしている可能性を示唆している(図参照)。また、産業レベル・企業レベルの分析結果から、我々の研究は中国からの輸入量の変化の影響が産業レベル・企業レベルネットワークを通じて日本経済に広く波及していることを示唆している。これらの結果は、米国と日本における貿易政策の企業に与える影響が大きく異なる可能性を示している。たとえば日本において保護主義的な貿易政策がとられた場合、消費者のみならず多くの企業に負の影響を与える可能性があることを示唆している。この影響の差は対中貿易構造の違いによって生じていると考えられる。日本では中国からの輸入が増加する一方、日本から中国への輸出も増加しており、中間財の貿易も多い。そのため、中国との貿易が日本の企業に与える影響は、米国やその他の国に比べてより複雑であると考えられる。したがって、貿易政策を考える際には日本特有の貿易構造を考慮することが重要であるといえる。

図
文献
  • Acemoglu, D., Akcigit, U., & Kerr, W. (2016). Networks and the macroeconomy: An empirical exploration. NBER Macroeconomics Annual, 30(1), 273-335.
  • Autor, David H., Dorn, D., & Hanson, G. H. (2013). The China syndrome: Local labor market effects of import competition in the United States. The American Economic Review, 103(6), 2121-2168.