ノンテクニカルサマリー

日本の都市の人口規模と産業構造の変遷(1980-2010年): 恒常的な撹乱と頑健な秩序の存在

執筆者 森 知也 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築」プロジェクト

日本における都市化は1970年代までに一段落し、以降は、近隣都市圏群の合併吸収により都市が巨大化する次の段階に移行した。1980・2010年の両時点において存在する都市圏については、人口の平均成長率が24%で、全国人口の成長率9%と比べて大幅に増加している。図1に示すように、都市圏間の人口成長率のばらつきは大きく、それは新幹線・高速道路網などの幹線交通網の発展に強く影響を受けている。交通網が大きく拡大した後の沿線都市圏の成長率は高く、特に、交通網の端点や、複数路線の交差点に位置する都市圏の成長が著しい。

具体的には、1970年代の高速道路網の東西方向の拡大、1980年代の新幹線網の東北・上越方面への拡大に伴う沿線都市圏人口への効果は顕著で、とりわけ、新幹線網の端点・結節点に位置する福岡や高崎/前橋の成長が著しい。また、新幹線網と四国を結ぶ本四連絡橋の効果も大きく、1980年時に既に75万人の大都市であった岡山都市圏の人口は2010年時点で2倍の150万人に達した。一方で、輸送網効果は単調ではなく、ネットワーク端点・ハブの近辺に位置する都市圏 (たとえば、福岡に近い北九州や呉)では、人口は減少した。空間経済学では、このような現象は、成長都市圏の「集積の陰」の影響として説明される。

図1:都市圏の人口成長率
図1:都市圏の人口成長率

産業立地に関しては、統計的クラスタリング手法を用いて、個々の産業の集積を地図上で検出することにより、個々の都市圏に立地する産業を特定している。本論では、集積数の多様性が大きい製造業小分類を用いて都市圏の産業構造を特定した。図2aは、都市圏境界を2010年時で固定して、各都市圏の、1980年と2010年における立地産業の共通性を示すJaccar指数の分布を示している(注1)。図2bは各都市圏の1980年時に対する2010年時の立地産業数をプロットしてあり、立地産業数の相関は極めて高いことが分かる。Jaccar指数は平均で0.52であり、個々の都市の産業構造の多様性自体の変化は比較的少ないにも関わらず、個々の都市圏の立地産業は30年間で平均約30%入れ替わっていることが分かる(10・20年単位でも平均20%以上も入れ替わっている)。

図2:都市圏の産業構造の変化
図2:都市圏の産業構造の変化

このように、都市圏群は、人口・産業分布について顕著な撹乱を経験している。しかし、他方で、都市圏の人口規模と産業構造の関係に着目すれば、図3aに示すように、都市圏の人口規模分布形状はほぼ変化がなく、また、図3bに示すように、個々の産業の立地都市圏数と、その産業の立地都市圏の平均人口規模は、30年間を通してほぼ一定の対数線形関係が成り立っており、上述の撹乱とは裏腹に極めて安定的な秩序が保たれてきた。本論では、更に、図3bが示す秩序は、異なる集積の程度を示す産業間で起こる集積の空間的同期により、都市の産業構造の多様性と、大小都市間の産業構造の階層性を生じていることを示し、結果として、個々の都市の産業構造の70%程度を説明できるとしている。

図3:都市の規模と産業構造に関する秩序
図3:都市の規模と産業構造に関する秩序

以上の結果から得られる最も重要な政策的示唆は、都市の人口分布や産業構造は、内生的な経済立地均衡によってその大半が決まっており、個々の地域レベルでの政策的な自由度は低いということである。但し、地方経済における中心都市の位置は、輸送インフラ政策などを介して、ある程度意図的に調整することができる可能性がある。また、個々の都市の産業構造については、産業間のコーディネーションにより説明されない約30%の立地に対応する地域固有の地場産業に焦点を当てることで、個別地域の産業政策が一定の影響力を発揮できる可能性がある。

脚注
  1. ^ この場合のJaccar指数とは、各都市の1980・2010年における立地産業集合について、それらの和集合に占める共通集合の割合で定義される。両者が同規模であれば、指数値=0.5ならば、30%、指数値=0.6ならば、25%の産業が入れ替わっていることを意味する。