ノンテクニカルサマリー

政策の不確実性:企業サーベイに基づく観察事実

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.問題の所在

「政策の不確実性」がGDPをはじめとする実体経済に及ぼすネガティブな影響についての関心が高まっている。すなわち、政策の先行きに対する不確実が高まると、家計が予備的動機に基づいて貯蓄を積み増したり、企業が設備投資や従業員の採用を先送りしたりすることを通じて、経済活動の水準が低下する可能性がある。近年、この問題について内外で多くの研究が行われるようになっており、たとえば、日本ではねじれ国会解消後に不確実性が低下しているなど興味深い事実が観察される。しかし、これまでの研究からは、どういった政策の不確実性が高いのか、どの政策の不確実性が企業行動に強く影響するのかは明らかにされていない。

こうした中、森川 (2013)は、個々の経済政策の先行きに関する企業の主観的な不確実性やその経営への影響を明らかにした先駆的な研究である。しかし、そこでのサンプルは上場企業300社弱に限られていた。そこで、調査対象を大幅に拡大し、非上場企業を含む多数の企業に対して新たなサーベイを実施した。

また、最近、GDP成長率、生産性上昇率、基礎的財政収支といったさまざまな中長期の数値目標が掲げられるようになっている。こうした数値目標は、クレディブルなものであれば、企業や家計の先行き不確実性を低減し、前向きの投資・消費行動を引き出すことにつながる可能性もある。そこで、日本企業はこれら数値目標がどの程度の確度で実現可能だと見ているのかについてもあわせて調査を行った。本稿では、それらの結果を報告する。

2.調査の概要

本稿で使用するのは、筆者が調査票の設計を行い、2015年10~12月にかけて経済産業研究所が実施した「経済政策と企業経営に関するアンケート調査」(2015年)のデータである。回答企業数は3438社であり、産業分布は、製造業48%、非製造業52%である。非製造業の中の構成は、卸売業(19%)、小売業(12%)、(狭義)サービス業(12%)などとなっている。

3.結果の要点と含意

結果の要点は以下の通りである。第1に、社会保障制度、政府財政、通商政策の先行きに対して日本企業の主観的不確実性が高い〔表1参照〕。第2に、製造業とサービス産業とで経営に影響する制度・政策の種類には大きな違いがある。第3に、政策の不確実性は、設備投資、正社員の採用といった経営上の意思決定に対して強く影響する。第4に、消費税率の引き上げについては、早い時期に最終決定して不確実性を軽減することが望ましいとする企業が多いが、判断は分かれている。第5に、経済政策に関連する政府の中長期の数値目標の多くは、その達成がかなり困難だと認識されている〔表2参照〕。

以上の結果は、企業の設備投資や従業員の採用、ひいては景気の安定化を図る上で、経済制度・政策の予測可能性を高めることが望ましいことを示唆するものである。政府の数値目標の多くの実現可能性について日本企業は懐疑的であるという結果については、(1)数値目標自体が楽観的なバイアスを持っていると見られている、(2)数値目標の実現に必要な政策や制度改革が十分でないと判断されている、という2つの解釈が可能である。少なくとも経済政策の数値目標が企業にとってクレディブルでないことは望ましいこととはいえず、(1)、(2)の両面への対応が必要なことを示唆している。

表1:先行き不確実性の高い経済制度・経済政策
政策・制度 不確実性スコア
社会保障制度 0.661
政府の財政支出 0.566
税制 0.537
通商政策 0.527
地方創生に関する政策 0.524
労働市場制度 0.500
(注)不確実性スコアが高いほど先行きの不確実性が高いことを意味する
(計算方法の詳細は論文参照)。
表2:各種数値目標の実現確率
平均値 標準偏差 中央値
実質2%成長 33.3% 22.0% 30.0%
サービス産業の労働生産性2%上昇 32.5% 21.4% 30.0%
50年後の人口1億人保持 25.7% 21.7% 20.0%
プライマリ・バランス黒字化 25.7% 19.8% 20.0%
外国人訪日者2千万人 60.9% 24.1% 60.0%
財政破綻の可能性 24.1% 22.7% 20.0%
参照文献