ノンテクニカルサマリー

無限定正社員と限定正社員の賃金格差

執筆者 安井 健悟 (青山学院大学)/佐野 晋平 (千葉大学)/久米 功一 (リクルートワークス研究所)/鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

日本の正社員は勤務地、職務、労働時間が限定されていない、つまり、無限定正社員という傾向が諸外国と比較して高いといわれている(鶴(2016))。したがって、日本の正社員はそのような無限定性を受け入れるかわりに、非正規雇用の労働者(非正規社員)と比較してもかなり高い賃金を受け取っていると解釈できるかもしれない。無限定正社員と非正規社員の間には無限定性、賃金を含めた処遇、職業能力開発の機会などの差があり、両者の二極化が進む中で、中間的な雇用形態としての限定正社員が注目されている(厚生労働省(2012))。従来型の無限定正社員と限定正社員と比べてみると、無限定正社員は将来、勤務地、職務の変更や残業の要請を受け入れなければならないため、補償賃金格差の仮説によれば、同じ職務を行っていたとしても無限定正社員の賃金が高くなることは経済学的な見地からも正当化できよう。他方、その場合、どの程度の格差であれば合理的であり、容認できるかについては必ずしも明らかでないし、実際、個別企業における限定正社員の処遇の実態把握は十分ではないのが実情だ。

本論文では、限定正社員を含む正社員と非正規社員の労働条件の明示化、相互転換、人事処遇全般(賃金・福利厚生、人事異動(配転、転勤など)、時間管理、雇用終了など)についての実態を明らかにするために実施された「平成26年度 正社員・非正社員の多様な働き方と意識に関するWeb調査」を用い、それぞれの無限定正社員と限定正社員の月収、時間当たり賃金の平均値の差は異なるのかを分析したうえで、差があるとすれば属性の差によるのかどうかをBlinder-Oaxaca分解により明らかにした。また、限定正社員といっても、非正規社員に近い限定正社員からスキルが高い限定正社員までさまざまであることが予想されるので、さまざまな属性を制御した上での平均的な差だけではなく、分位回帰により各分位における差も確認した。

月収については、無限定正社員よりも勤務地限定は14.1%、業務限定は6.5%低いが、そのほとんどは属性の違いにより説明される。勤務地限定と無限定正社員の属性の違いとしては性別と労働時間が重要で、業務限定と無限定正社員の属性の違いとしては労働時間と職種が重要であった。時間限定正社員と残業限定正社員の月給は無限定正社員より低いということは観察されなかった。

正社員と比べ限定正社員の時間当たり賃金がどのように異なるのかを示したのが図である。観察可能な年齢学歴などを制御しない場合の勤務地限定と無限定正社員の賃金には統計的に有意な差が観察されないが、それ以外については限定正社員の時間あたり賃金は無限定正社員よりも統計的に有意に高いことが観察された。Blinder-Oaxaca分解による結果によると、この時間あたり賃金の割増分は属性の差では説明できない。また、分位点回帰モデルの結果によると、時間当たり賃金分布において、分位が高い限定正社員において割増分が大きいことも明らかとなった。

本稿の分析によれば、我々が使用したサンプルで見る限り、月収における格差はさまざまな属性で説明可能であり、無限定正社員と比較して限定正社員という雇用形態のみの違いで格差が生じている可能性は小さく、時間当たり賃金ではむしろ限定正社員の方が高いことも考え合わせると、限定正社員に対し賃金面で不利益な取り扱いがされている可能性はかなり低いといえる。むしろ、分析からは、限定正社員の方が観察されない能力などがむしろ通常の正社員よりも高く、まさに、プロ型といえるような限定正社員像の可能性が浮かび上がってきた。

また、労働時間が短く、ワーク・ライフ・バランスが保てる一方、月収はそれほど下がらない働き方である可能性も示唆された。鶴・久米・戸田(2016)は限定正社員がより満足度の高い働き方であることを明らかにしたが、これまで懸念されていた処遇面でも従来の正社員と遜色ない、それより上回る場合もあることが分かり、政策的に今後とも限定正社員の普及・拡大を進めていく上で本稿は重要な推進力となるエビデンスを提示していると評価できよう。

グラフ
注:本文表2より作成。数値は、無限定を基準とし各限定ダミーを説明変数とし別々に賃金関数を推計したときの、ダミーの係数値を表す。エラーバーは95%信頼区間を示す。
文献