ノンテクニカルサマリー

信頼と心理指標(抑うつ度、不安度、ネガティブ感情、ポジティブ感情)の関係の検証:心理介入によって信頼を向上させることができるか?

執筆者 関沢 洋一 (上席研究員)/宗 未来 (慶應義塾大学)/野口 玲美 (千葉大学)/山口 創生 (国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所)/清水 栄司 (千葉大学)
研究プロジェクト 人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究 2
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究 2」プロジェクト

1.研究の趣旨と設計

人々の間の信頼(trust)の大切さは、多くの研究によって示されてきた。政治学者のパットナムは、社会の生産性を向上させる要因として、物的資本、人的資本に加えて、個人間のつながりに根差す社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の重要性を唱えており、初めて出会った人のような一般的な他者に対する信頼をその中核的な部分だと位置付けている。信頼の効用として、行政事務の非効率さを軽減させる、取引コストを低下させることなどが指摘され、信頼の強さは、経済成長にプラスの影響を及ぼし、マクロ経済の安定にも寄与するとされる。以上のような信頼の重要性を踏まえると、信頼を高めることが経済のパフォーマンスを向上させる上で有意義なことが示唆される。

信頼を高めていくための取り組みを見つける手かがりの1つとして、信頼の強さが幸福度やメンタルヘルスなどの心理指標と関係を有することがある。過去の複数の研究によると、メンタルヘルス上の問題を抱えている人々は信頼の水準が低い傾向がある。また、幸福度が高い人々は信頼の水準が高い傾向がある。心理学の実験によって、一時的に幸福感が高まった人々は信頼の水準が高まることも確認されている。これらの研究を踏まえると、メンタルヘルスや幸福度を改善させることができれば信頼を高めていくことができるという仮説が生まれる。

精神医学やポジティブ心理学の発展により、メンタルヘルスや幸福度を数週間の介入によって改善させることが可能になっていることから、上記の仮説を検証することは可能である。具体的な検証法として、本研究では、うつ症状を軽減するための介入研究の機会を利用した。行われた介入研究は3つで、(1)シンプルな認知行動療法を行う群、感情を受け入れるシンプルなマインドフルネスを行う群、待機群(何もしない群)を比較したもの(研究1)、(2)通常のインターネット認知行動療法を行う群、AI(人工知能)を使った認知行動療法を行う群、待機群を比較したもの(研究2)、(3)良いことを週2回3つ書くエクササイズを行う群と過去の思い出を3つ書く群を比較したもの(研究3)である。信頼度の検証は、一般的信頼尺度(山岸, 1998)を使って行われた。

2.結果

(1)介入の効果
3つの介入研究のうち、上記の研究1と研究2においては、介入群のエクササイズ終了後において、各群間で一般的信頼尺度の有意差はなかった。研究3においてのみ、3つの良いことを書く群が、3つの思い出を書く群に比べて、一般的信頼尺度が有意に向上した(図1)。

(2)メンタルヘルス・幸福度と一般的信頼尺度の関係
以上の3つの介入研究のデータに加えて、1つの観察研究(研究4)の結果を使って、パネルデータを活用した固定効果モデルによって一般的信頼尺度と他の心理指標(抑うつ度、不安度、幸福度)との関係を検証したところ、一般的信頼尺度が高くなるほど抑うつ度と不安度が低下し、幸福度が高まることが示され、先行研究の結果が確認された(図2)。

3.考察

3つの良いことを書くエクササイズは一般的信頼度を向上させる上でポテンシャルがあるかもしれない。但し、別の分析手法(繰り返しのある分散分析)を使った場合には統制群との間の差が見られなかったため(本文参照)、効果があったことを確定することはできない。改めて別な研究によって検証し直すことが望まれる。

図1:良いことを書く群の信頼度の推定値の推移(研究3)
図1:良いことを書く群の信頼度の推定値の推移(研究3)
(注) *は5%水準で有意。
図2:一般的信頼尺度の得点に応じた抑うつ度・不安感・幸福度の平均値
図2:一般的信頼尺度の得点に応じた抑うつ度・不安感・幸福度の平均値