ノンテクニカルサマリー

不完全労働市場と企業の自由参入の下での補助金競争の帰結

執筆者 森田 忠士 (近畿大学)/澤田 有希子 (大阪大学)/山本 和博 (大阪大学)
研究プロジェクト 都市システムにおける貿易と労働市場に関する空間経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「都市システムにおける貿易と労働市場に関する空間経済分析」プロジェクト

世界の大多数の国は労働市場が完全には機能していない。労働者が就職、転職するためには就・転職先を探す時間を含めた費用がかかるし、企業が求人するにも広告費などを含めて費用がかかる。労働市場が完全には機能しないので、多くの国々では失業が観察される。そして、失業のような遊休資源の存在は経済厚生を損なうので、多くの国が労働市場に介入し、積極的に問題の解決を図ろうとしている。そういった政策は、Active Labor Market Policy (ALMP)と呼ばれ、多くのOECDの国々が採用しているといわれている。そういった政策の中でも賃金補助金のように、政府が雇用を増やした企業に対して補助金を支払うことは労働市場の不完全性に対する代表的な政策の1つであると考えられている。また、こういった政策はあくまでも国内の雇用対策であり、それが外国との国際貿易や、さらには外国の経済厚生に影響を及ぼすとは必ずしも考えられていない。実際、国際貿易に影響を及ぼしたり、外国に負の経済厚生を与える補助金を禁止している、WTOの定めるSubsidy and Countervailing Measures Agreement (SCMA)においても、各国のとる労働市場の機能不全対策としての補助金が規制の対象となったことはない。しかし、この見解は正しいのだろうか。本論文はこの問いを考えてみたい。

結論から述べると、国内の労働市場の機能不全対策としての補助金といえども、国際貿易と外国の経済厚生に影響を与える。企業に対して補助金が与えられると、企業の期待利潤が上昇し、参入が増加する。参入の増加は企業数の増加を促し、企業間の競争を激しくする。この時、外国企業は輸出を通して国内企業と競争をしているし、また外国市場をめぐって国内企業と激しく競争をしている。政府の補助金はこういった競争をより激しくして、結果として幾つかの企業が外国において市場から退出することになる。つまり、外国において企業数が減少するのである。外国の企業数の増加は、外国の経済厚生の低下をもたらす。すなわち、労働者を雇用する企業数の減少は外国の労働市場における失業率の上昇をもたらすし、外国の財市場における財価格の上昇をもたらす。つまり、ある国の国内労働市場の機能不全対策としての企業への補助金政策は、外国の経済厚生を下げるのである。

このような負の影響を、外国政府は手をこまねいて見ているわけにはいかない。特に、外国の労働市場でも失業率が上昇しているわけであるから、同じく補助金を企業に与え、失業率を下げようとする政策をとるインセンティブが出てくる。こうして、補助金競争が始まるのである。一般にこのような補助金競争は、企業に対して過剰な補助金を与えることにつながる。すなわち、国内失業率を下げようとして補助金率を上げると、これが外国の失業率を上げてしまうわけであるから、政府が与える補助金率は外国の観点から見ると過剰なのである。補助金競争が過剰な補助金率の上昇に結びつき、結果として2国の経済厚生を下げてしまうことは、本論文においても観察される。こういったことを論拠として補助金競争は無駄 (wasteful) であるということが指摘される。

しかし、補助金競争は常に無駄なわけではない。なぜかというと、政府から企業への補助金の上昇は国内市場における失業率を下げる効果を持っているからである。国内市場の失業率の低下は国内の経済厚生を改善する。結局、補助金競争が経済全体にとって、有益 (beneficial) であるか、無駄であるかは、労働市場の不完全に依存するのである。

労働市場の不完全性が大きい場合を考えてみよう。労働市場の不完全性が大きい国では、失業率が高くなる。すなわち、労働市場を放置しておくと、大きな費用が発生する。さらに、労働市場が機能不全に陥っている国においては、企業の参入、退出が難しい。労働市場の機能不全が大きいので、新たに労働者を雇用することが難しく、企業が雇用数を調整することが難しいのである。こういった環境下では、補助金率の変化が国内企業数、そして外国企業数に与える影響は比較的小さくなる。つまり、国内における労働市場の機能不全対策としての補助金が外国に与える影響は小さくてすむのである。議論をまとめると、労働市場の不完全性が大きく、労働市場が機能不全になっている場合には、補助金競争によって与える外国への負の影響が小さく、それよりも労働市場を放置しておくことによる経済的な損失が大きいのである。

図1はこの結果を示している。図1の縦軸は2国の経済厚生の合計を、横軸は労働市場の不完全性の大きさを示している。赤い曲線は補助金競争下での経済厚生を、そして青い曲線は補助金競争がない場合の経済厚生を示している。労働市場の不完全性が大きいときには青い曲線が、そして労働市場の不完全性が小さい場合には赤い曲線が上に位置している。つまり、労働市場の不完全性が大きい場合には補助金競争下のほうが全体の経済厚生は高くなるのである。

補助金競争が世界経済全体にとって良いことであるか否かを決めることは容易なことではない。しかし、それを決める指針を示すことは非常に重要なことである。本論文は、各国政府間で行われる補助金競争が、労働市場の不完全性が大きい場合においては、世界経済全体にとって有益な場合があることを示した。この結論は、労働市場だけではなく、多くのほかの市場の問題にも適用できる。すなわち、補助金政策そしてそれによって発生する補助金競争は、補助金が対象とする市場の機能不全が大きければ大きいほど、補助金が外国に及ぼす負の影響を無視して国内市場の機能不全を是正するほうが、世界全体にとってもたらす便益が大きいのである。

本論文では労働市場の機能不全が失業を生み出すケースを分析しているが、労働市場に機能不全が存在しなくても、ミスマッチによる失業は発生しうる。本論文ではそのようなケースは扱っていない。

図1:補助金競争と経済厚生
図1:補助金競争と経済厚生