ノンテクニカルサマリー

災害発生後のグローバル・ソーシング:東日本大震災による検証

執筆者 朱連明 (早稲田大学)/伊藤 公二 (コンサルティングフェロー)/冨浦 英一 (ファカルティフェロー)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

貿易自由化や情報通信技術の発達・普及を背景にグローバル化が進展しているが、こうした流れに乗って、企業は、部品、素材などの中間財を海外から調達するグローバル・ソーシングを活発化させている。他方で、こうした企業が不確実性あるいは負のショックに直面した際にどのようにソーシングのパターンを変更するかはよく知られていない。そこで、本論文では、日本企業のサプライ・チェーンを寸断し、生産活動に深刻な影響を与えたと言われる東日本大震災が日本企業のグローバル・ソーシングに与えた影響について、企業ミクロ・データを用いて定量的に分析した。

企業は部品や素材を調達するだけでなく、製造業であってもサービスの外注も行っている場合があり、企業の調達・購買、委託・外注(総称してソーシング)の全貌を把握するのは容易ではない。この点で、企業活動基本調査統計は、企業のソーシングについて、モノとサービスを分けて、国内と海外それぞれのデータを収集しており貴重である。本論文は、この統計の企業ミクロ・データを活用して分析を行った。分析対象期間としては、震災をまたぐ2010〜2013年を取り上げた。震災の被害については、詳細かつ具体的な被害状況を企業ごとに確定するには困難が伴うことから、本論文では、当該企業が宮城、岩手、福島の3県のいずれかに立地しているかで区分した。これらの情報を組み合わせて、被災地とそれ以外の地域の比較を、震災の前後の対比と組み合わせる「差の差」に注目する。

その結果、震災は海外からのソーシング、なかでもモノの海外ソーシングに有意な影響を与えたことが明らかになった。即ち、震災の影響を受けた地域の企業は、震災後に、海外からのモノのソーシングを顕著に増加させたということである。これは、企業規模、生産性、資本集約度、企業年齢、輸出入といった企業レベルの変数に加え、企業、業種、地域(市町村)の固有効果を制御した上での発見である。なお、複数の事業所を有する企業の場合は、企業内の事業所間取引が異なる反応を示す可能性があるが、単独事業所の企業に分析対象を限定しても、この結論は頑健である。また、国内ソーシングやサービスの海外ソーシングとは有意な関係がないことも確認した。更に、区切りの年を前後させてみても、他でもなく2011年が期を画す年であったことは確かである。

震災がソーシングに与えた影響
海外 国内
モノ ×
サービス × ×

この範囲の分析では、なぜ企業が震災の影響によりモノの海外ソーシングを増加させたかについては直ちには明らかにはされていないが、サービスでなくモノに顕著な影響が表れていることから、国内の輸送・流通網が打撃を受けたことが背景にあるとの解釈は考えられよう。東日本大震災は我が国製造業の中枢を直撃したものではなかったが、日本企業がソーシング・ネットワークを複雑に展開していることを考えると、震災の影響は一部のサプライ・チェーンに及び、その対応として、日本企業が海外からのソーシングを増加させたことは十分に考え得る。国内での製造コストの増加、海外での製造技術の向上といった変化を背景に、日本企業の海外ソーシングは増勢を今後も続けていくと予想されるが、東日本大震災級の地震はモノの生産の海外移転を加速する契機となったようである。今後も日本列島は地震活動の活発期にあり、国内企業が今後発生する深刻な震災に反応してソーシング先を海外にシフトさせるであろうことを今回の分析は間接的に示唆しているといえよう。こうした企業の震災対応としてのオフショアリングを支援するには、平時より中間財の関税削減や発展途上国における法制度整備の支援など、オフショアリングをより円滑に実施できるような環境整備を進めることが重要である。