ノンテクニカルサマリー

取引ネットワークにおけるショックの波及

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「組織間の経済活動における地理的空間ネットワークと波及効果」プロジェクト

現代のように高度に発達した経済は、企業間の仕入れや販売といった複雑な生産ネットワークによって支えられている。近年の研究では、このネットワーク構造がマクロ経済にさまざまな影響を及ぼす事が明らかになってきた。RIETI齊藤上席研究員の研究など、東日本大震災によるサプライチェーンの寸断で、東北地方に取引先を持つ他地域の企業にも負のショックが伝播する事が確認された。またAcemoglu et al. (2012)は取引企業数の分布に偏りがある場合、企業レベルの個別ショックがマクロ変動にも影響を及ぼす事を理論的に示した。生産ネットワークにおけるショックの波及効果の研究は最近活発になってきているが、企業レベルでの実証研究はまだ少ない。

本研究では、東京商工リサーチ(TSR)の大規模な企業間取引データを用いて、取引ネットワークの特性や企業売上の成長率との関係、そして仕入れおよび販売先との売り上げの関係を調べた。TSRデータには売り上げ、従業員数、産業コード、本社住所等の企業属性情報に加え、各企業の仕入先および販売先の情報が収録されており、取引先として挙げられた企業の情報を結合させる事で複雑な取引ネットワークのデータを分析する事ができる。本研究では2006、2011、2012年の3年分のデータを使用し、空間経済学で使われるモデルを応用して実証分析を行った。

売り上げの成長率に関しては、規模の大きい企業グループほど平均成長率が高く、分散も少ない事がわかった。大企業ほど資金調達や市場競争の面で有利な状況にあると考えられる。また取引企業数が多い企業も成長率は高いが、分散に関しては明確な関係は確認されなかった。もし全ての企業の個別成長率の分布が同じであるならば、取引企業数が多い企業ほど成長率の分散は低くなるため、取引関係以外の要素(レバレッジの大きさなど)が成長率の分散に影響を及ぼしていると推察される。

企業の売上成長率は、その取引先の成長率と何らかの関係があるのだろうか、それともランダムなのだろうか。この問いに答えるため、ネットワークの相互依存性を計る統計を計算した結果、企業の成長率は仕入先と販売先両方の成長率と密接な関わりがある事が明らかになった。取引先の成長率とは正の相関関係があり、これはほぼ全ての生産ネットワークの理論モデルの結果と一致する。空間経済学で使われる手法を用い、企業属性(従業員数、信用スコア、企業年齢など)や産業および地域的な効果をコントロールした上で推定した結果、仕入先の平均成長率に対する弾力性は0.153であり、販売先の平均成長率に対する弾力性は0.257であった。すべての年において、販売先からの上方波及効果の方が仕入先からの下方波及効果を上回っており、この事は企業の販売先からの需要変動に対する調整の難しさを示唆している。

また産業別に見ると、製造業において高い波及効果が確認された。図は産業ペアごとの波及因子をグラフで表したものである。売り手、買い手が両方製造業の時に波及因子が最も高い事がわかる。次に値が高いのは製造業から卸売業へ売るケースである。卸売企業は他の業種からの波及効果も高いため、概して上流からの影響を受けやすい事が読み取れる。小売やサービス業では波及効果が少ない事もわかった。もし買い手が小売業の場合、川上企業からの影響はほとんど受けない。また売り手が小売業の場合も、買い手が卸、小売の場合を除いて、川下企業にほとんど影響を与えない。サービス業も同じような性質を示している。製造業では生産に不可欠な中間材などの有形財を取引しているため、取引関係の相互依存性が高まるものと考えられる。ある産業を対象にした補助金や減税、救済融資などを検討する場合、製造業をターゲットにすると他の産業に比べて高い波及効果が得られると推測できる。

規模別に見た場合、大きい企業ほど高い波及因子が確認された。売り手が大企業の場合、買い手の規模も大きければ波及因子は高く、買い手の規模が小さければ、波及因子も低くなっていく。逆に売り手が小さい企業の場合、買い手が大企業であれば波及効果は少なく、買い手の規模が小さくなると、波及効果も大きくなっていく。大企業は多くの取引先を持っている上に、その波及因子も高く、この事は粒状的な生産ネットワークにおける彼らのマクロ変動に対する重要性を強調するものである。

図1:産業別に見た川下企業に対する波及因子
図1:産業別に見た川下企業に対する波及因子