ノンテクニカルサマリー

クレジットクランチ(信用収縮)を緩和するための政府系金融機関による政策融資は企業業績を改善したか。日本の融資レベルデータからの証拠

執筆者 関野 雅弘 (株式会社アイ・エス・アイソフトウェアー)/渡部 和孝 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

研究の背景

日本では、1980年代に資金調達における系列大企業の銀行依存の程度が低下したため、銀行は不動産業向け融資を拡大した。しかし、不動産価格バブル崩壊とともに、銀行の不良債権が増大、当時の銀行業の規制官庁の大蔵省は1997年度末に銀行に厳格な資産査定を要求、その結果、銀行の自己資本は大幅に毀損した。銀行は、企業向け貸出金を削減することでリスク加重資産を圧縮し、自己資本をリスク加重資産で除して計算される自己資本比率を引き上げた。これが、クレジットクランチ(貸し渋り)と呼ばれる現象である。

銀行による貸出供給の削減は、経営の透明性が低く銀行依存度の高い中小企業の資金調達の制約となり、実態経済に悪影響を与えるため、政策的手当が正当化される。当時の日本では、銀行への公的資金投入、信用保証の拡大などと並び政府系金融機関による中小企業融資の拡大が推進された。あいついで発出された政府の貸し渋り対策で、政府系金融機関に関する施策が実施されたが、なかでも規模が最大だったのは、1997年12月1日に創設された「金融環境変化対応資金」である。Sekino and Watanabe (2014)では、1997年12月1日からクレジットクランチが終息したとされる1998年度末までの1年4カ月の間の中小企業金融公庫(中小公庫)の融資額が、メインバンクによる貸し渋りの程度が大きかった企業ほど大きかったことを明らかにした。本稿では、メインバンクの貸し渋りに対応した融資額と借入企業の事後的なパフォーマンスの関係について検証することを目的としている。

分析手法と結果

本稿では日本政策金融公庫から提供を受けた契約レベル、企業レベルのデータを用いて、企業のパフォーマンス指標を表す変数としてROA、EBITDA総資産比率を被説明変数とし、中小公庫が1997年12月1日から1998年度末までの1年4カ月の間に実施した融資の合計額(の対数)を主な説明変数とし、銀行の自己資本制約の指標として用いた自己資本についての目標を上回ることによって貸出供給を増加させた増加率(CAPSUR、この値が負の場合、自己資本の低下を起因とする貸し渋りによる貸出供給の減少率になる)を始め、Sekino and Watanabe (2014)で中小公庫の融資額(の対数)の説明変数として用いている各変数を操作変数とした回帰分析(2SLS推計)を実施した。その結果、表に示すように、中小公庫の効果は融資後2、3年目までは負であるが、その後は消滅することが明らかになった。追加的な分析から、この結果が、中小公庫が、事前のパフォーマンスが低く貸し渋りの悪影響が深刻だった企業に重点的に貸し渋り対策としての融資を実施していたことと整合的であることがわかった。

年度 被説明変数
ROA
被説明変数
EBITDA総資産比率
サンプルサイズ
1999
(次年度)
-0.289 ** -0.296 ** 1988
(-2.181) (-2.247)
2000
(2年目)
-0.153 ** -0.176 ** 1862
(-2.557) (-2.305)
2001
(3年目)
-0.153 * -0.119 1650
(-1.913) (-1.163)
2002
(4年目)
-0.043 -0.079 1425
(0.049) (-1.502)
2003
(5年目)
-0.121 0.025 1201
(0.098) (0.264)
注:上段の数字は中小公庫の融資額の対数の係数。下段の()内の数字はt値。***、**、*は各々、1% 水準、5%水準、10%水準で統計的に有意であることを示す。