ノンテクニカルサマリー

為替レート、生産性は輸出の決定要因か? 日本の製造業データによる実証分析

執筆者 加藤 篤行 (リサーチアソシエイト)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

為替レートの変動が貿易、特に輸出に実際に影響を与えるかという問題は、長年にわたり、経済学者のみならず、政治家、企業家の強い関心を集めてきた。一般的に言えば、通貨の増価は輸出に対してブレーキの役割を果たし、反対に減価はアクセルとして機能すると考えられる。

特に、日本においては、1985年のプラザ合意以降、円高の製造業輸出に対する影響が新聞の経済欄やTVの報道番組を賑わせており、近年も、2008年に発生したリーマンショックに続く円高が日本経済に与えた影響について議論が続けられている。当時日本は急激な円高に対して、それを阻止するための積極的な政策は行わなかったと考えられるが、このことは輸出製品で競合する中国や韓国が対ドルの通貨価値を安定化させる政策を採用していたこととの対比で、日本の製造業を見殺しにするものとして一部から強い批判を受けた。

実際に、集計された貿易データを見ると、急激な円高と、輸出、特にアジアおよび北米向け輸出の急激な減少が同時期に観察されており、為替レート主犯説には説得力があるように見受けられる。一方で、2012年以降、為替レートは円安方向に転換したが、輸出は期待されたほどには回復しておらず、貿易収支も赤字化したままであることから、為替レートの直接的な影響力を疑問視する見方も一部には存在する。こうした見方の中には、近年日本企業が高度な生産ネットワークをアジア地域全体に広げる形で発展させて為替レート変動への対応力も格段に高まっているため、リーマンショック後の円高は90年代半ばの円高とは事情が異なるという主張もある。

このような為替レートの輸出に対する影響は、これまでマクロ、産業、製品に関する集計データを用いた実証分析によって研究が行われており、多くの研究が為替レート変動の輸出に対する影響を裏付ける結果を得ている。Raman (2009)は東アジア諸国の輸出に対する為替レートの影響を統計的に示しており、日本に関しても、Thorbecke and Kato (2012)やKato (2015)において同様の結果が統計的に確認されている。これらの研究は、為替レートの影響が輸出品の種類(資本財、中間財、消費財など)によって異なることが示されており、生産ネットワークの構築による構造変化が為替レートと輸出の関係に影響を与えている可能性も強く示唆されている。

本研究はこうした為替レートと輸出の関係について、企業レベルのデータを用いて実証的な分析を試みたものである。現在までのところ、為替レートと輸出の関係について、実際に輸出を行う主体である企業レベルのデータを用いて分析した研究は、その重要性にもかかわらず必ずしも多くはない。Ando and Kimura (2013)、Li, et al. (2015)や森川 (2015)など優れた研究があるが、まだまだ研究の蓄積は不足しているといえる。これは、企業レベルの輸出データの利用可能性が必ずしも高くないこと、特に、差別化された多くの製品を多くの異なる国々に輸出している企業の行動について詳細なデータを利用することが困難であるという事情が関係していると考えられる。

日本に関しても、個別企業の国別輸出額データは筆者の知る限りでは得られないため、本研究では、政府統計を利用し企業の地域別輸出額をウェイト計算に用いて各企業が個別に直面している為替レートを推計し、為替レートと輸出の関係を実証的に分析した。日本においては、輸出は特定の産業の大企業に偏って行われている傾向が強く、製造業全体について平均的な傾向を観察することで得られるインプリケーションは必ずしも多くないと考えられるため、本研究では輸出比率の高い機械関連産業(機械製造業、電子産業、輸送機械製造業)に対象を絞って推計を行った。推計された期間は2002-2011年であり、推計結果は下記の表に示されている(被説明変数は輸出/売上高比率)。

これによると、為替レートはこれらの産業に属する企業の輸出に有意な影響を与えていると考えられ、年平均レートで1%の円高は、企業の輸出/売上高比率を電子産業と輸送機械産業においてそれぞれ4.6%、3.4%下げることになる。これらの産業で輸出企業の比率が高いことと併せて考えると、この結果から、集計データで観察されたリーマンショック以降の急激な円高と輸出の急減が企業レベルのデータによる回帰分析からも裏付けられたことがわかる。

機械産業については、為替レートの係数が為替レートの測定法によって有意、非有意の異なる結果が得られているが、この非有意な結果には、企業が実際の取引で用いている固定レートの契約期間がデータの集計期間である1年間と異なっていることが影響している可能性があり、月次データに基づいて測定した為替レートのボラティリティを用いた結果に基づいて、為替レートが輸出に影響していると判断されることが妥当であろう。

一方で、日本企業が東アジアに高度な生産ネットワークを構築し、為替レートの影響をニュートラル化しているという主張については、生産ネットワークの川上にあたると考えられる機械産業で生産性、マークアップの推定値がともに非有意であることから、それを支持する統計的な証拠が得られているとは言い難い。したがって、本研究の結果からは、輸出支援政策において、為替レートの安定化が依然として極めて重要であることが強く示唆される。

表:為替レート、生産性と輸出の関係に関する推計結果
π is the EXR level π is the EXR volatility
VARIABLES (1)
Machines
(2)
Electronics
(3)
Transport
(4)
Machines
(5)
Electronics
(6)
Transport
為替レート 0.0123
(0.776)
-0.0458***
(-4.867)
-0.0339***
(-6.698)
-0.674**
(-2.445)
-1.001***
(-3.701)
-1.339***
(-8.137)
N. of Obs. 12,619 13,354 8,381 12,619 13,354 8,381
注:推計結果の一部抜粋。カッコ内はz 統計量。***、**、*はそれぞれ1,5,10%で有意