ノンテクニカルサマリー

企業ネットワークデータへの自己組織化臨界モデルと制御理論の適用によるマクロな変動に関する分析

執筆者 井上 寛康 (兵庫県立大学)
研究プロジェクト 物価ネットワークと中小企業のダイナミクス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「物価ネットワークと中小企業のダイナミクス」プロジェクト

世界の経済が結びつきを強めていく中で、局所的に生じたショックがいかに波及するのかについて関心が高まっている。これはつまり、ショックが波及するにつれ増幅するようなことがある場合、いかにしてそれを予知するのか、コントロールできるのか、といった関心である。

一般的には、経済システム上の波及の計算には産業連関表を用いる。特に日本の産業連関表においては、組織だったデータの収集や分析、その活用において多くの人材やノウハウが存在し、これまでに日本の経済学・経済政策において重要な役割を担ってきた。

その一方で、産業連関表分析の1つの特徴として挙げられるのが、波及の予測をある1つの値として求めることである。たとえばある産業AにVAの税金を投入することで、産業BにVBの効果が及ぶと算出する場合の、この予測されたVBという値である。このような予測は必ずその通りにはならず、ゆらぐということが一般的な理解である。しかしながら、もしこのゆらぎが非常に大きい場合は、究極的には予測されたこの1つの値VBが意味をなさなくなってしまう。したがって、これがどのようにゆらぐのかというのは重要な問題である。本報告はこの問題に対して、いくつかの示唆を提供する。

まず、Bak et al. (1993)とIino and Iyetomi (2009)による生産ネットワークモデルの枠組みと、東京商工リサーチによる2012年の日本企業約100万社の約500万の取引関係を用いて、需要の刺激が引き起こす波及をシミュレーションした。結果として、波及サイズの分布は平均の周りで確率が集中する正規分布ではなく、べき分布であった。べき分布は正規分布に比べ、極端に大きな値を取る確率が大きい。したがって、平均の持つ意味は薄く、非常に大きな波及も大きな確率で発生するとわかった。さらに、刺激が起こす波及サイズの平均と標準偏差を産業間で比較した。結果として産業間で標準偏差の重複が非常に大きく、産業間の明らかな平均の差というものが見られなかった。このことは上述の「ある1つの値」とその値の産業間の差がもつ意味合いが薄れることを意味する。

次に、Liu et al.(2011)によるControllability theoryと上記でも用いた日本企業のネットワークを用いて、企業は波及の影響を一様に受けるのかについて調べた。これはすなわち、ネットワーク上の位置づけによっては、ある企業は波及を受けやすい/受けにくいといった差が生じるのではないかということを調べたものである。前段落で述べた分析が産業への波及の(総量としての)ゆらぎを分析したものであるのに対して、この分析は個別の企業が受ける波及のゆらぎの分析である。結果として、産業間の差は非常に大きく、特に製造業・鉱業・卸売業などにおいて波及の影響を受けやすい企業が多かった。逆にサービス業においては受けにくい企業が多かった。サービス業は最終需要者に近いために他の企業から間接的影響を受けにくい。後者の結果は当然ともいえるが、前者についてはこの分析で初めて得られたことである。

財政政策等において波及効果を予測する際にはその確率分布も重要であるが、どのような誤差であれば受け入れられるのかを議論する上で本報告が1つの示唆を与えると考える。また、ある産業への波及を考慮する際に、その産業内の企業間で不公平が起きないかを議論することは、今日の格差やトリクルダウンを考慮するうえでも重要であり、本報告がその一助になるのではと考える。

文献
  • P. Bak, K. Chen, J. Scheinkman, and M. Woodford. Aggregate fluctuations from independent sectoral shocks: self-organized criticality in a model of production and inventory dynamics. Ricerche Economiche, 47(1):3-30, 1993.
  • T. Iino and H. Iyetomi. Modeling of Relation between Transaction Network and Production Activity for Firms. Progress of Theoretical Physics Supplement, 179:134-144, 2009.
  • Y. Liu, J.J. Slotine, and A.L. Barabasi. Controllability of complex networks. Nature, 473(7346):167–173, 2011.