ノンテクニカルサマリー

経済物理学から見た貿易自由化:集団運動としてのコミュニティダイナミクス、同期、制御可能性

執筆者 池田 裕一 (京都大学)/青山 秀明 (ファカルティフェロー)/家富 洋 (新潟大学)/水野 貴之 (国立情報学研究所)/大西 立顕 (東京大学)/坂本 陽平 (京都大学)/渡辺 努 (東京大学)
研究プロジェクト 物価ネットワークと中小企業のダイナミクス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「物価ネットワークと中小企業のダイナミクス」プロジェクト

物理学では、従来からさまざまな集団運動が知られている。たとえば、やがては核分裂に至る重い原子核の高励起状態での大きい変形現象、プラズマにおけるイオンと電子の波動的現象であるプラズマ振動、などが代表的であろう。前者は、強い核力によって引き起こされる数百個の核子からなるミクロな系における量子力学的な集団運動、後者は電荷密度の揺らぎにより比較的弱い長距離力であるクーロン力が多くの電子イオン間に働くことによるマクロな系における古典力学的な集団運動である。最近の複雑系の研究では、集団運動と同じように、系を構成する各部分にない性質が系全体に現れる現象は、創発として言及される。

ここで経済現象に目を向けると、さまざまな興味深い集団現象が存在することに気付く。近年、貿易額は年々増加の一途をたどっている。近い将来の環太平洋連携協定(Trans-Pacific Partnership, TPP)の締結によって、新しい経済共同体が形成され、国際貿易は更に盛んになると考えられる。この様な経済のグローバル化にともなって、あらゆる国の産業の間に働く相互作用は貿易増加により強くなる。別の見方をすると、あらゆる国の産業の間にリンクが張られ世界経済全体が大きいネットワークを形成するということもできる。

本研究では、1995年から2011年までの産業別の国際貿易と付加価値の年次時系列データ(41カ国、35産業)と、1998年から2015年までのG7各国の産業別生産指数の月次時系列データの解析から、図の示すような、(1) 国際景気循環の同期、(2)経済危機の伝播(世界同時不況)、(3) 経済危機の制御不可能性、の3つの貿易自由化が引き起こす集団運動の存在が明らかになった。

特に、これらの結果から政策立案のために示唆されることとして、貿易自由化の光と影を指摘したい。経済学者は、経済成長の増加を見込み、自由貿易の妥当性は自明と考える。自由貿易による利益は貿易自由化の光であるが、一方で貿易におけるリスク伝播による世界同時不況が貿易自由化の影である。これは社会法則の発現ととらえることができる。少数の産業を刺激して経済全体を望む方向に動かすようなコントロールは出来ないが、経済全体にあまねく影響するような産業政策や金融政策は有効であろう。

図:(1) 国際景気循環の同期、(2)経済危機の伝播(世界同時不況)、(3) 経済危機の制御不可能性、の3つの貿易自由化が引き起こす集団運動