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著者からひとこと

情報化と経済システムの転換

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情報化と経済システムの転換
編著:奥野正寛、池田信夫

編著者による紹介文

はじめに

20世紀末から21世紀初頭にかけて、世界経済は情報技術(IT)を中心に動いたといっても過言ではないだろう。1980年代にマイクロエレクトロニクスにおいて世界のトップ・ランナーとなった日本企業は、90年代に入って情報通信産業でつまづきを見せ、逆に没落の途上にあったかに見えた米国経済がコンピュータやネットワークの分野で復活した。特に90年代後半に急速に普及したインターネットは、狭義の情報産業のみならず、社会のさまざまな面に大きな影響を与え、この世界における米国の覇権を決定的なものとした。しかし過熱したブームは投機的資金の流入を招き、2000年後半以降の「ネット・バブル」の崩壊によって株価が暴落するばかりでなく、ITが牽引してきた米国経済全体にも変調の兆しが見えている。

このような激しい変化は、ともするとその背後で起こっている本質的な問題を見えなくしてしまう。米国の景気拡大は、インターネットの普及する前から始まっており、ITがその唯一の原因ではないし、バブルの崩壊で変化が終わったわけでもない。インターネットのユーザーは全世界で3億人を超えたと推定されるが、普及率で見ればまだ5%未満である。その通信量は毎年ほぼ倍増しており、これからもこの傾向が続くとすれば、その規模は今後10年間で1000倍以上になる。その真の影響があらわれるのは、これからである。

本書は、このような観点から情報技術の普及にともなう産業の「情報化」の意味を分析しようとする共同研究の成果である。その母体となったのは、1997年から旧通商産業省の外郭団体である産業研究所の委託研究として始まった「情報化と経済システムのガバナンス」(通称「情報化研究会」)という研究プロジェクトである。各執筆者の取り上げるテーマは多様だが、3年半にわたって共同研究や討議を重ねるなかで、問題意識はおのずから収斂してきた。それは経済の情報化やディジタル化の影響が、事務の効率化やコスト削減といったレベルにとどまらず、経済システムの構造に及びつつあるという点である。

特に1980年代のパソコンの登場にともなって、ハードウェアやソフトウェアを標準的な「モジュール」に分解して組み合わせる新しいコーディネーション様式が出現し、90年代に入ってインターネットがその「プラットフォーム」となり、オープン・スタンダードにもとづく国境を超えた競争が起こった。このような変化に「日本的企業システム」が対応できなかったことが日本経済の不振の本質的な原因である、という点において執筆者の認識はほぼ一致した。この変化が不可逆だとすれば、それに対応できない日本経済の構造のどこに問題があるのかを具体的に分析することが「構造改革」の第一歩であり、単に光ファイバー網を整備すれば日本経済が復活するというような幻想を抱くべきではない。

こうした変化はまだ萌芽的なものだが、「情報家電」は家電産業を巻き込み、精密機械や自動車の制御も電子化が進み、出版も音楽も放送もインターネットと無関係でいることはできない。情報技術はあらゆる産業に遍在するから、ここで分析した変化は、遠からず全産業の問題となろう。この種の問題を扱う分析用具は、従来の経済学や経営学には十分そなわっていないため、それを既存の学問では理解できない「ニュー・エコノミー」だとする主張もあるが、本書では新しい現象をなるべく在来の学問の枠組の中で理解しようと試みた。それが成功しているかどうかの判断は読者にゆだねるしかないが、本書が情報技術のインパクトを社会科学的に分析する一つの方向を提示できれば幸いである。

第1部では、情報化の意味を主として理論的に分析する。第1章では、情報技術の発展と拡大が経済活動や経済組織に与える影響について、3点に分類して整理した。まず情報技術の発展と拡大という意味での「IT化」の一つの側面は、情報量の爆発、経済のスピード化・グローバル化であり、次に情報技術の発展の重要な側面として、財・サービスの「ディジタル財」化、「ディジタルサービス」化があげられる。情報がディジタル信号化されたことにより、完璧に近い複製が殆ど無コストで作成可能となったことである。最後に、情報通信技術の進歩は、人、物、組織のコーディネーションを電子的プログラムに「補完」させることによって、コーディネーションコストを著しく低下させ、従来バンドルされていた要素やパーツがアンバンドルされ、モジュール化やオープン化が促進される。

第2章では、情報技術の発展が経済活動に与える様々な影響について、経済理論モデルを用いて分析する。まず、情報量の増大が情報仲介業に与える影響をモデルによって厳密に分析し、仲介業の役割がむしろ増大する可能性を検討する。また、インターネットによる商圏の拡大は、輸送費や伝達されない情報の重要性を増大させること、さらにモジュール化が望ましい結果をもたらすためには、技術を出来るだけ制約しないインターフェイスを設定することが必要であること等を導出している。

第3章は、インセンティブを考慮しない文脈におけるモジュール化の論理を考察する。システム全体のサイズとデザインを固定した場合、組織の部門単位の情報処理能力の増大と部門内のコミュニケーション・コストの低下は、モジュール単位のサイズを拡大する方向に、部門間のコミュニケーション・コストの低下はモジュール単位のサイズを縮小する方向に作用することを示す。また、システムが進化するダイナミックなコンテキストにおいては、部門間のコミュニケーション・コストの低下がモジュール化をより顕著なものにする可能性があることを述べる。

第2部は、具体的な経済システムの変化について論じる。第4章のテーマは、インターネットの産業構造への影響である。インターネットの本質的な意味は、通信のインフラとサービスを切り離す「垂直非統合」によって、ネットワーク上で行われる経済活動の自由度や多様性を飛躍的に高めたことである。これは、金融商品においてリスク(情報)と資産が分離され、情報だけが売買される派生証券の市場が成立した1980年代の変化にも比せられよう。ここでは、この含意を「リアル・オプション」という金融工学の概念をもちいて考える。

第5章は、2000年度において國領研究室が行った電子商取引におけるビジネス・モデルの設計問題−特に情報価値の収益モデルの設計問題−の理論的な検討と、それをふまえた試行的な実証の結果の報告である。収益は何らかの希少性に訴求することによって発生するという仮定のもとに希少性に着目した収益モデルの分析を行った。この分析を通じて浮かび上がってきたのは「提供価値」と「収益のドライバ」を分離して考えることの有用性である。

第6章では、情報化がもたらす「情報量の増大に応じた経済組織の進化」の内容について、とくに金融仲介機関という組織に関して検討を行う。情報化の進展によって単なる「中抜き(dis-intermediation)」現象が生じるわけではなく、金融仲介機能の重点のシフトが起きるだけであることを確認した上で、金融仲介機関自身にも情報量の増大という負荷がかかっていることを踏まえて、新たな機能を有効かつ効率的に提供するためにも、企業組織形態面で求められる進化の内容を考えてみる。

第7章では、インターネット上での音楽配信をめぐって有効性の問われる著作権制度の問題を扱う。議論は現行法の遵守を主張する側と、フェア・ユースの範囲拡大を主張する側とに、二分されたかに思える。この難題に答えるためには、情報という財貨がどのような特質を持っているのか、とりわけ有形財との違いは何か、を明確にしていかなければならない。本稿は上記の問に対して必要最小限の考察をした上で、ディジタル時代の著作権制度のあり方について、大胆な私論を展開する。

第3部では、情報化の影響についての実証的に分析する。第8章では、情報化と企業組織の関係を扱っている。この問題に関してはさまざまな議論が行われているが、わが国では実証研究は少ない。本論では、モデルによる概念整理とともに、独自のデータを使った実証分析も試みている。その結果、ITおよび組織アーキテクチャと業績との間には明快な相関関係は見つからなかったが、これからの日本企業にふさわしい新しい組織アーキテクチャを見出すためにも、今後も同様な研究を続けていくことは必要であろう。

第9章は、ゲームソフト産業についての実証研究である。この産業では、日本的な特徴をもつ「抱え込み型企業」と非日本的な特徴をもつ「外部活用型企業」とが混在し、両者とも成功している。その理由は、ゲームソフトにはテクノロジー主導の製造業的な側面とコンセプト主導の芸術作品的側面とがあるからである。実証分析の結果、技術主導ゲームでは、開発者を内部に抱え込み、開発経験を蓄積する抱え込み型企業の成果が高い。一方、コンセプト主導ゲームでは、開発者を内部に抱え込んでも成果は向上しない。情報化によってもたらされる「情報」が技術・ノウハウに近い情報なのか、それともコンセプトやアイデアに近い情報なのかによって、産業組織や経営組織に与える影響は異なると考えらる。

第10章では、パソコン及び日米の自動車産業において、IT革命により電子商取引システムがどのように構築され、その違いが両産業間及び地域間の企業間分業構造や製品/部品構造の違いをどう反映しているか、今後そのシステムがどう変化し、製品の競争力をどう変えるのかについて検討した。

本研究は、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)を事務局とし、奥野を委員長として本書の執筆者のほぼ全員が当初から参加して、2001年3月に終了した。この間ほぼ毎月行われた会合には、ほとんど全員が出席する珍しく活発な研究会だった。それは、この研究会が始まった時期がちょうどインターネットの波が日本を襲った時と重なり、日本におけるこの分野のパイオニアの一つであるGLOCOMを舞台にすることで、同時進行する現実から刺激を受けたことも一因だろう。この間に「IT革命」について書いた本は大量に出版されたが、その社会科学的な研究はまだ少ない。本書は、あえて現象的な話題は追わず、基本的な変化とその要因を学問的に分析した点で、こうしたビジネス本とは一線を画すことができたと考えている。

本研究のもう一つの特徴は、ウェブサイトやメーリング・リストを使って議論が行われたことである。特にメーリング・リストの参加者は100人近くにのぼり、1500通以上の電子メールによって活発な議論が行われて、この種の「仮想研究会」としてはきわめて生産性の高いものだった。

このように本書は、インターネットによる多くの人々との共同作業から生まれたものであり、すべての関係者を列挙することはできない。ただ本研究の意義を当初から高く評価してくださった青木昌彦所長はじめ、研究を人的・資金的に支えていただいた経済産業研究所(旧通商産業研究所)のみなさん、GLOCOMという絶好の場を提供してくださった公文俊平所長と、サイトの維持・管理をしていただいたGLOCOMのスタッフ、それにメーリング・リストを通じて議論に参加していただいた多くの大学・研究機関・企業のみなさんに、あらためて感謝の意を表したい。

編者

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