やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流

第5回 貿易は産業構造の変化促す

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト

中国が2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟した結果、中国から米国への輸出は急増しました。米マサチューセッツ工科大のオーター教授らの研究によれば、中国からの輸入急増により、米製造業で職を失った人は1999〜2011年に200万〜240万人に及ぶと推定されています。中国製品と競合する産業が立地する地域で、失業増加、労働参加率の低下、賃金低下といった間題が生じました。こうした地域では失業給付など社会保障給付が著しく増加したことも明らかになっています。

中国製品の流入によって最も打撃を受けたのは製造業の低賃金労働者です。中国製品との競争にさらされた職場を解雇されるリスクは高賃金労働者にもありました。しかし、高賃金労働者は場合によっては製造業外に転職し、所得の低下を最小限に抑えることができたのに対して、低賃金労働者はそうした転職に成功しない傾向にあります。

中国製品との競争にさらされ、苦境に陥った労働者たちが多い地域では保護主義的な政策を唱えるトランプ氏の支持が高い現象が見られます。中国からの輸入の急激な増加がなければ、ミシガンやウィスコンシンなどの接戦州でクリントン氏が勝利し、最終的に大統領に選出されていたはずだという分析もあります。

貿易は国内産業構造の変化を促します。中国からの輸入の急増は、製造業からサービス業への産業構造の転換を後押ししました。こうした変化は、短期的には失業や賃金の低下をもたらすなど苦痛を伴います。

しかし、産業構造の変化は長期的には利益をもたらします。リカードやヘクシャー=オーリンの伝統的貿易理論は、比較優位ある産業に生産資源を多く割り当て、比較優位のない産業の財は輸入することで、より豊かな生活が実現できることを示しています。比較優位のない産業を保護し続けるために財政負担を続けることも困難ですし、長期的な利益を損なう恐れがあります。また、中国からの輸入に高い関税を課す政策はWTOのルールに抵触します。トランプ米大統領が選挙中に主張していた保護主義的政策を実現することは容易ではありません。

2017年2月8日 日本経済新聞「やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流」に掲載

2017年2月21日掲載