やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流

第2回 低生産性企業、自由化で淘汰

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト

世界各国で、輸出をしている企業(輸出企業)は極めて少数であることが知られています。国際貿易の実証研究を主導してきた米ダートマス大のバーナード教授らの研究では、2000年に米国で操業している550万の企業のうち、輸出企業はわずか4%にすぎません。さらに、輸出企業は非輸出企業よりも生産性が高い傾向にあります。

クルーグマンの新貿易理論は、生産量が多いほど平均費用が低下する規模の経済と多様な製品を求める消費者の存在を基に、先進国間の貿易を説明しました。しかし、そこでは企業の生産性は産業内で等しく、輸出する企業もあれば輸出しない企業もあるという事態は想定されていません。

メリッツは企業の生産性が異なる現実を新貿易理論に組み入れ、新々貿易理論を構築しました。生産性とは、少ない投入物でどれだけ多くの産出物を生み出せるかを示すものです。生産性の指標として代表的なものに労働生産性や全要素生産性があります。例えば、労働生産性は労働者1人あたりの付加価値額を測る指標です。少ない人数で多くの付加価値額を生み出せる方が良い企業なわけです。

新々貿易理論は2つの重要な予測をしています。第1に、企業の生産性がその企業の輸出の有無を決めると予測します。新々貿易理論では、高い生産性の企業のみが輸出できます。低い生産性の企業は輸出できません。各国での研究から、生産性が高い企業ほど数が少なく、生産性が低い企業ほど数が多い傾向があると分かっています。輸出できるほど生産性の高い企業はごく少数なのです。

第2に、貿易の自由化で輸入が拡大すると、国内産業の生産性が上昇することも明らかにしました。輸出入が容易になると、生産性の高い企業は輸出を増加させ、雇用を増やす一方、生産性の低い企業は、輸入品との競争にさらされ、市場から退出を迫られるか、雇用の削減を余儀なくされます。メリッツは貿易が企業の淘汰を促すと考えたのです。生産性の低い企業の淘汰により、産業の平均的な生産性は上昇します。この「再配分効果」が貿易の利益の1つだとメリッツは考えました。

2017年2月3日 日本経済新聞「やさしい経済学―国際貿易論の新しい潮流」に掲載

2017年2月21日掲載