これからの企業統治 機関投資家の役割重要に

宮島 英昭
ファカルティフェロー

東京証券取引所が上場企業の経営規範を定めた企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)の適用を開始した2015年は企業統治改革元年と呼ばれる。今回の指針は、内部昇進者からなる取締役会や株式持ち合いに特徴づけられた上場企業に、複数の独立社外取締役の選任や政策株式保有への説明を求めた。

指針は「コンプライ・オア・エクスプレイン」の原則に立つ。望ましい企業統治原則を提示して改革を促す一方、従わない会社にはその理由を説明させ、原則を受け入れない自由を与える点で柔軟性の高い仕組みと評価できる。ただ指針の拘束力は限られるだけに、実効性は各社の取り組みへの投資家の対応に左右される。従って各社の株式所有構造の影響を大きく受ける。

本稿では、株式所有構造の特徴を確認し、指針が有効に機能する条件を検討する。

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指針では、企業が原則を順守しなかったり説明が不十分だったりした場合、株主が議決権行使(発言)や保有株式の売却(退出)を通じて、統治制度を適切な方向に矯正することを期待している。この制度設計自体が、1990年代の金融危機以来の株式所有構造の変化を反映している。

かつて日本の株主総会は形骸化が指摘されたが、内外の機関投資家の株式保有が拡大した05年以降、反対票が財務政策や統治制度の選択に影響を与えるケースが増えた。さらに議決権行使結果の開示が求められた10年以降には、代表取締役の選任議案に対する反対比率が統治制度の正当性を測る意味を持ち始めた。

機関投資家の退出の影響も強まった。90〜13年の上場企業を対象とする保田隆明・神戸大准教授、小川亮・早大助手との実証分析によると、機関投資家は銘柄選択で取締役規模が小さく、独立社外取締役の選任比率が高く、総資産に占める政策株式保有割合が小さい銘柄を選好する。また機関投資家の保有の変化は株価に実質的な影響を与える。

このように企業統治改革の実効性は機関投資家の行動や株式市場の評価に影響を受けるが、現在の上場企業が等しく機関投資家優位の構造に移行しているわけではない。金融危機以前に比べて上場企業の株式所有構造は急速に分散傾向が進んでいる(表参照)。

上場企業を時価総額の大きい順から5つに分けて比べると、90年度には最大規模のクラスでも海外機関投資家の保有比率は5%だった。しかし13年度末には最大規模のクラスでは30%に上昇したのに対し、最小規模のクラスでは依然5%にとどまる。

表 上場企業の時価総額別にみた機関投資家保有比率
海外機関投資家保有比率 機関投資家
保有比率
3%以上ブロックを保有する企業のシェア
1991年3月期 2014年3月期 内外機関投資家 保険会社 メーンバンク
単純平均 3.3% 15.4% 23.7% 40.8% 22.5% 25.9%
第5五分位 5.2% 30.1% 40.6% 49.1% 30.8% 15.2%
第4五分位 4.0% 19.5% 30.3% 56.6% 17.4% 20.8%
第3五分位 3.0% 13.4% 21.8% 46.4% 24.1% 29.3%
第2五分位 2.8% 9.0% 16.5% 36.1% 23.9% 33.9%
第1五分位 1.6% 5.0% 9.3% 16.0% 16.2% 30.2%
(注)対象は2014年3月末時点で東証1部に上場している1638社(非金融事業法人)、1991年3月期の対象は1187社。第5五分位が最も時価総額が大きい。各分位の保有比率は単純平均。小川亮氏との共同研究による。

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指針の実効性は機関投資家の株式保有に左右される。例えばJPX日経インデックス400構成銘柄の内外機関投資家の保有は50%を超える。これらのリーディング企業では基本的に投資家の発言と退出を通じて、今後も統治制度改革の促進が確保される。

指針の原則は、2人の独立取締役の選任を求める。もっとも、独立取締役が有効かは事業の複雑性や株主との利益相反の程度などに依存し、複数選任がかえってコストを伴う場合もありうる。逆に複数選任が自動的に企業統治の改善を実現するわけでもない。

経営者交代と業績の関連を推計した齋藤卓爾・慶大准教授らとの研究によれば、業績悪化時の経営者交代の確率を引き上げるのは、独立取締役が3人以上選任された場合に限られる。2人以下ではむしろその確率を引き下げる。

また事業法人の株式保有は企業の資金効率を引き下げ、他社との持ち合いを通じて経営権を守る塹壕効果を持つ可能性が高い。しかし事業法人の株式保有が十分な規模の場合、経営を監視する基礎となる。多くの実証研究でも、事業法人のブロック(塊)保有は投資対象企業の収益性に肯定的な影響を持つことが確認される。

従ってリーディング企業では、自社の特性を考慮して適切に統治制度を設計し、あえて原則に従わない理由を含めて、明確に説明する必要が一層強まる。また機関投資家も形式的な要件のみに注目するのではなく、企業との対話に取り組むことが不可欠だ。

一方、機関投資家の株式保有比率が低い企業では指針適用による変化が起きにくい。今回の指針が主たる対象とした企業群だ。しかし指針の実効性が株主による発言と退出のメカニズムに依存しているとすれば、機関投資家の保有比率が低い企業群では実効性が確保されないことになる。

ここに、選択の自由を保障した企業統治指針のジレンマがある。それでも筆者は、指針の適用は以下の経路を通じて日本企業の統治構造を徐々に変化させると考える。

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1つは、指針適用が経営者の統治制度改革に取り組む合理性を高める経路だ。田中亘・東大教授も指摘するように、指針適用とともに退任経営者による独立取締役の候補者プールの形成や、訓練体制の整備が並行して進み、それが制度選択のコストを引き下げる。また適用を契機に、企業が先駆的に保有株を圧縮し、それが機関投資家をひきつけるという認識が広がれば、持ち合い解消の出発点となる。

もう1つの経路は、機関投資家がこれまで保有比率の低かった企業に対する関与を強める方向だ。これらの企業は流動性が低いだけに退出のメカニズムよりも、投資先の監視や関与に十分なインセンティブ(誘因)を持つブロック株主の発言が重要だ。ブロック株主の候補は3つある。

第1は対象企業の株式保有に長期関与する集中型投資ファンドだ。東証1部企業のうち、内外の機関投資家に3%以上保有される企業のシェアは41%で、規模の格差は合計の保有比率に比べ小さい。

しかも規模の小さい企業群では、外部投資家のブロック保有が相対的に容易だ。その中心となるのは国内機関投資家であろう。公的年金が今後、こうした集中型投資ファンドに対する運用委託を増やすといった措置が検討に値する。

第2は「物言わぬ株主」とされる保険会社だ。保険会社が3%以上のブロックを保有する企業は上場企業の22%に達し、規模間の差も小さい。これまで生命保険会社の役資行動や議決権行使では他の取引(保険契約拡大など)を考慮する可能性が指摘された。

しかし機関投資家の投資原則「スチュワードシップ・コード」を受け入れた保険会社は、議決権行使前の精査対象の拡大や行使基準の強化、行使結果の公表に動いている。生命険会社が「物言う」長期保有主体となるには、保険契約業務から明確に独立した運用体制を築くとともに、保有銘柄の整理・集中を進めることが重要な条件となる。

第3の候補は意外かもしれないがメガバンクだ。銀行の株式保有の動機は債権保全や取引関係維持の側面が強かったが、近年メガバンクは投資対象企業の選別を強化している。具体的には(1)取引先の収益性と成長性に基づいて銘柄選択を進める(2)政策保有株の議決権行使では会社が適切な統治体制を構築しているかを判断基準の1つとする(3)会社提案に賛成できない場合は売却の選択肢を排除しない――などの方針を示している。

上場企業のうち、主取引銀行の株式保有比率が3%を超える企業のシェアは、規模の相対的に小さい企業では依然30%を占める。メガバンクがブロック保有を維持する企業に上記の方針を徹底すれば、統治制度改革の促進に大きな影響を与える可能性がある。

2016年5月30日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2016年6月10日掲載

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