「独り勝ちのドイツ」と日本はどこが違うか

岩本 晃一
上席研究員

1 企業体になると世界に負ける日本人

OECD(経済協力開発機構)は72力国・地域の15歳児に対し、2000年から3年ごとに「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」を行っている。15年の調査には世界約54万人が参加、日本からは198校、約6600人が参加した。その結果を見ると、少なくとも15歳時点では、日本人は極めて優秀であることがわかる。

  • 科学的リテラシー 日本第1位 平均得点538点(OECD平均493点)
  • 数学的リテラシー 日本第1位 平均得点532 点(同490点)
  • 読解力 日本第6位 平均得点5 16点(同493点)

ところが、その日本人が大人に成長し、会社に就職して組織で仕事を始めると、どういう訳か、労働生産性は20年連続で主要先進7カ国最下位、OECD34加盟国の中でも22位に落ちてしまう。日本の若者は決して仕事の手を抜いている訳ではないが、日本企業のパフォーマンスは低い。今や日本人の労働生産性の低さは世界的に有名だが、日本人の多くは未だに日本が世界的に強いと信じ込んでいる。「ものづくり」の分野でも、日本人の生産性は先進国の中で、ほとんどビリに近い。

1995年のインターネット元年から約20年間で、ビッグビジネスとして成功したのは、グーグル、フェイスブック、アマゾン、ヤフーなど全て米国企業である。彼らはモノを作らず、データを処理するだけで、短期間でビッグビジネスを実現した。この間、パソコンやスマホからはかなりの日本製がなくなった。日本の電機産業はグローバル競争に負け続け、地方での工場閉鎖が相次いだ。これまで日本経済は自動車と電機の2つの産業で支えられていたが、そのうちの1本の柱を失った。

今後、日本の自動車産業も、電気自動車(EV)化、人工知能(AI)搭載、所有からシェアリングへ、という大きな構造変化の波の中で、果たしてグローバル競争に勝てるのだろうか。もし自動車産業まで負けてしまえば、日本経済は一体どうなるのだろうか。

2 「独り勝ちのドイツ」とは

筆者は長年、「独り勝ち」と言われるドイツ経済の強さを解明することに尽力してきた。ドイツと日本を単純に比較すると、①日本はドイツに比べて人口が1.5倍、企業数が1.5倍、GDPが1.5倍。②だが、ドイツの年間労働時間は日本の3分の2 しかなく、時間当たり賃金は1.5倍もある。③日本もドイツも製造業が主力産業であるか、ドイツの製造業の生産性は日本の1.5倍もある。

ドイツに旅行すればわかるが、ドイツは日曜日、商店街は全て休みになる。平日は残業しないで家に帰り、戸外のレストランで長々とおしゃべりに興じている。それなのに「独り勝ち」と言われるほど強力な経済力を有している。週末も目いっぱい経済活動している日本は、そのドイツの3分の2 の生産性しかない。「なぜ?」という単純な疑問が、私を動かしてきた動機である。

ドイツは1989年に東西統一を行い、西独マルクの約10分の1だった東独マルクを等価交換し、西独に比べ生産性が約3分の1の東独2000万人を抱え込んだ。景気が大きく落ち込み、「欧州の病人(Sick man of Europe)」と呼ばれたが、10数年でユーロ圏最強の経済力を有するに至り、「欧州経済のエンジン」「独り勝ちのドイツ」と呼ばれるまでになった。

潜在成長率を見ると、ドイツは人口減少の影響で2000年以降、「労働投入寄与度」はマイナスだが、投資とイノベーションが大きく寄与し、潜在成長率は約1.7%程度ある。一方、最近の日本の潜在成長率は、計測方法にも依るが、0〜1%程度しかない。日本もドイツ並みの投資とイノベーションを実現できれば、ドイツ並みの潜在成長率は達成可能である。

ドイツの内需は人口減少・少子高齢化の影響で極めて弱いため、製造業、特に中小企業の輸出振興に取り組み、輸出主導による経済成長が定着した。全輸出額に占める中小企業の割合は約19%(日本は約3%)、中小企業全体のうち輸出を行う企業数は9.5%(同2.8%)。16年のモノの貿易総額は世界第3位、経済収支は世界第1位の貿易大国、対GDP比の輸出依存度は38.7%(同15.2 %)である。

中小企業は大企業を凌ぐペースで成長し、失業率低下にも貢献している。国の経済の屋台骨という意味を込めて「ミッテルシュタンド(Mittelstand)」と呼ばれており、その特徴は①外国指向が強い「隠れたチャンピオン」が圧倒的に多い、②大都市に集中せず全国各地に点在している、③ROA(総資産利益率)が大きい、④Family owned company(家族経営、同族経営)が95%と多い――である。

失業率は欧州先進国の中で極めて低く、特に若年失業率の低さが際立っている。国家財政を見ると、「シュレーダー改革」の後、一時期、財政赤字が膨らんだが、順調な経済発展の結果、12年以降は財政黒字を継続、15年に財政均衡を実現し、赤字国債発行を46年ぶりに停止した。日本の国家財政もドイツに見習うべきことが多い。

3 ドイツの経済の強さの要因とは

ドイツ経済の強さは、どこからくるのか。その背景は科学的に証明できている訳ではないが、筆者の調査から得られる印象は、次のようなものだ。

(1)ドイツ人はお金を稼ぐことに「素直」「正直」である。国の仕組み全体が、教育も含め、モノを作って世界に売り、お金を稼ぐためにできあがっている。優秀な「made in Germany」の製品を開発し、世界市場で売るという「基本に忠実」である。日本人はお金を稼ぎたいという本心を隠し、社会への貢献を強調したりする。

(2)ドイツは製造業の繁栄こそが、国家の繁栄、国民の幸福、という国民の大きなコンセンサスが感じられる。自分たちは製造業で食べていく、という国民全体の強い意志、製造業の競争力強化のための投資であれば無条件で容認されるという雰囲気がある。

(3)日本人もドイツ人も考えることはほとんど同じだが、ドイツ人は成果を出すまでやり遂げる点が違う。ドイツ人は理論通りにやれば、理論通りの成果が出る筈だと「真面目」「愚直」に実行し、理論通りの成果を出している。一方、日本人は「確かにそれが正論かもしれないが現実には難しい」という意見が「現実をわかっている」と評価されたり、新しいプロジェクトには熱心だが、一旦プロジェクトが始まると関心が低下し、次のプロジェクトに熱中するという現象がよく見られる。

(4)ドイツ人は総論が良ければ、すぐにプロジェクトをスタートする。問題が発生すれば、その都度、議論し、方向転換しながら、最終的には目標に到達する。日本人のように、石橋をたたいて渡らない、という性格と真反対である。ドイツ人は歴史的に、理想と考えられた目標も何とか達成してきた経験から、自らの能力に自信を持っている。だから、新たな理想が出現しても、すぐにスタートできる。

(5)ドイツは地方政府(州市)がお金を稼ぐことに極めて一生懸命である。首長の選挙でも、その点を強調する。日本の地方政府はお金を稼ぐことに無関心だが、お金の配分(教育、福祉)には極めて熱心である。選挙でもお金の配分内容を競っている。
ドイツ地方政府の動機は単純で、例えば企業が移転する場合、最も困る者が最も頑張る、というものである。ドイツで企業活動すれば確かにコストは高いが、それを上回る利益を稼げるビジネス環境を提供すれば、低コスト国に移転しない筈、と信じて企業を支援している。また、経済的な豊かさを与えることが住民にとっての最大の幸福であり、経済的豊かさの提供こそが若い女性を惹きつけ、人口増の好循環を実現させると考えている。ドイツの地方政府は、優秀な若者や若い女性、企業を誘致し、つなぎ止めておくために大変な努力をしている。日本の地方自治体でここまで努力しているところを筆者は知らない。

(6)1990年代末、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が「産業クラスター」を提唱し、2000年頃に世界中に普及した。ドイツ地方政府は、これを中小企業振興策として積極的に導人した。産業クラスターの中核的機能である新製品開発を支援するイノベーションの源泉として、研究機関や総合大学・工科大学などが各地域にきめ細かく存在している。中でも欧州最大の「応用研究・結果重視」の研究機関であるフラウンホーファー研究所の存在感が大きい。

(7)在外ドイツ商工会議所は世界80力国に12 0カ所の拠点を持ち、ドイツから外国に進出する中小企業をきめ細かく支援している。駐日ドイツ商工会議所のマンフレッド・ホフマン特別代表へのインタビュー(15年6月)によれば、日本とドイツの中小企業の決定的な差は、グローバル化しているか、そうでないかだ。ドイツでは中小企業が外国に進出しようと考えると、まず地元の商工会議所に相談に行く。すると直ちに在外の商工会議所を紹介され、そこでの手厚くきめ細かいサービスが、力の弱い中小企業でもグローバル展開を可能にし、「隠れたチャンピオン」を生み出すことにつながっている。

(8)「働き方」でいえば、某日系ドイツ支社の社長の言葉を紹介したい。「ドイツ人と一緒に働いてみて、その生産性の高さを肌で感じている。彼らは勤務中におしゃべりをしない。朝出勤すれば、その日にやるべきことをどうすれば時間内に終えるかを考え、無駄話せずに仕事し、勤務中にやり終え、終業時間が来るとさっさと帰って行く」「95%の完成度のものを、膨大な時間とエネルギーを使って98%にしない。むしろ創造的なことに時間を使う」「義務的な仕事を早く終わらせて、創造的なことに多くの時間を投じることに価値を見いだしている」。

(9)ドイツの大学は無償である。学生は企業にインターンに行き、大学に帰ってくるということを何度か繰り返し、30歳くらいまでに自分に合った仕事場を見つけて就職する。企業にとっては「必要な人を、必要なときに」雇うのである。一方、世界でも特異な日本の「新卒一括採用方式」は、「会社の命令であれば、何でもやります。どこへでも行きます」というゼネラリスト養成が目的だ。日本企業は2 人の意見を足して2 で割る政治型調整を得意とするゼネラリスト集団であり、現代のような大きな時代の変革の時代にあって、時代を切り拓くスペシャリストがいない。

(10)ドイツがユーロ安の恩恵を受けてきたこと、欧州他国と地続きであること、海外進出に際し言語的なハードルが低いことなども確かに大きな要因だった。だが、マクロ環境からイノベーションは生まれず、世界市場で売れる新製品も、新たな海外販路開拓も生まれない。筆者が会ったドイツ人らは、うるさいくらい「イノベーション」という言葉を繰り返していた。この強いこだわりこそが、産業競争力が伸びていった最も根源的な原動力だと感じた。

4 第4次産業革命時代の働き方・人材育成

日本企業における情報化投資の傾向は、コスト削減・人員削減を指向する「守りの投資」が強く、新しいビジネスモデルを開発して売上げ増を指向する「攻めの投資」には向かっていない。「守りの投資」で得られる利益は微々たるものなので、益々、情報化投資に消極的になるという負のスパイラルに陥っている。日本企業は情報化投資に対する期待が低く、情報分野の研究開発投資も低調である。

ドイツ、米国、日本の計300人の産業専門家にアンケートしたMckinsey & Company(16年)によれば、日本の経営者は技術革新のスピードに強い脅威を感じているが、デジタル技術に関する社員の能力を強化しなければならないとは考えていない。不確実な将来や急激な技術変革を前に立ちすくんでいるのだ。そして、日本の経営者だけが自社の成長見通しに自信を持っていない。

日本は労働形態の現状維持の傾向が強く、機械で代替できる部分で人間が働いていたり、高スキル人材を養成していない。雇用を守るため、機械化による効率化よりも人間による非効率な仕事を温存している。順送り人事、過去と同じ業務の繰り返し、働き方の現状維持をしている。

これから日本が育成すべき人材は、第4次産業革命という新しい時代を牽引し、世界とのグローバル競争に勝つリーダーである。ドイツではミュンヘン工科大学やミュンヘン大学でデータサイエンテイスト修士課程を出た若者が、企業の中で幹部となり、企業を牽引している。また、人間でなければできない仕事を担う人材を育てなければならない。過去の前例の延長線上にある判断やルーティン業務はAIに代替される。そのため、①前例のない事柄や創造的な仕事をする人材、②デジタル機器を使いこなしデータを分析したり、科学的な経営をサポートする人材、③コミュニケーション能力・対人能力を持った人材、④AIを常に更新できる人材--の育成が必要である。

5 さいごに

今、日本経済は2 つの意味で大きな時代の転換期にある。1つは、急速な人口減少・少子高齢化である。人口増の時代はたいした知恵がなくても、商品・サービスを作りさえすれば、なんとなく売れていた。だが、人口減の時代は市場が縮小するため、本当に知恵を絞らなければ、売れる商品・サービスは生まれない。2 つ目は、第4次産業革命といわれる激しい技術革新である。日本の経営者は、この技術進歩についていっていない。大きな時代の変革の中で、日本の経営者は失敗を恐れ、チャレンジしない。その結果、最も大きな影響を受けているのは若者である。企業がほとんど雇用を増やさない、増やしたとしても多くは非正規という企業の姿勢が、今の若者に漠然とした将来の不安を抱かせている。そして、消費よりも貯蓄へ、あるいは年金保険支払い率の減少といった社会問題を起こし、「合成の誤謬」を生み、日本を負のスパイラルへと導いている。

第4次産業革命とは、巨大市場の先行利得を目指して世界中の企業が熾烈なグローバル競争を展開する時代である。他業種からの参入、オープンプラットフォームなど新しいビジネスモデルの出現など過去に例のない大きな変化か出現する。過去20年と比べ、今後の20年はその数倍の大規模な変革が起きる。しかも、その変革が全ての産業分野に及ぶ。第4次産業革命は、全ての国にとって大きく飛躍できる絶好の機会である半面、競争に負ければ一気に沈没する可能性もある。日本は危機感を持って第4次産業革命の戦いを勝ち抜かなければならない。

『月刊公明』2018年6月号に掲載

2018年5月17日掲載

この著者の記事