インダストリー4.0はモノづくりをどう変えるか

第2回 インダストリー4.0のシステム構成

岩本 晃一
上席研究員

システムの基本単位

インダストリー4.0が導入されれば、工場内の機械がネットワークに接続されることになる。ここでいう「機械」とは製造設備のみでなく、部品を管理する機械、製品を検査・試験する機械、梱包・配送する機械など工場内に設置されているありとあらゆる機械である。また、インダストリー4.0の大きな特徴である「一品生産」を可能にするため、生産ラインを流れる個々の製品、工場内の各所に設けられた計測器、センサ、カメラなどもネットに接続されるなど、工場内に存在しているすべての機械類が、工場管理者の必要に応じてネットに接続される。

工場内のサーバーは、1台かもしれないし、最上位サーバーを頂点としてツリー状を構成しているかもしれないし、ネットワークは階層構造になっているかもしれない。いずれにしても1つの工場が、システムの基本単位である(図1)。また、同じ敷地内に複数の工場があり、工場全体を管理する制御サーバーが存在することもあろう(図2)。こうしたケ-スでは、敷地内のほぼ無人化したすべての工場内を監視する遠隔制御室が設けられ、ここに作業員が詰めて工場内の作業の流れを監視する。製鉄所や発電所などの大規模プラントで古くから用いられている制御方式である。

図1:1つの工場内のネットワーク構成=システムの基本単位
図1:1つの工場内のネットワーク構成=システムの基本単位
図2:同一敷地内に複数の工場がある場合のシステム構成
図2:同一敷地内に複数の工場がある場合のシステム構成

工場内のサイバー・フィジカル・システム(CPS)

そもそもインダストリー4.0というシステム自体がサイバー・フィジカル・システム(Cyber Physical System; CPS)であるが、ここではそのうち特徴的な1例を挙げる(図3、図4)。

図3:工場内に適用するサイバー・フィジカル・システムの概念図
図3:工場内に適用するサイバー・フィジカル・システムの概念図
図4:バーチャル工場でのシミュレーションを現実の工場に投影し、
それがまたバーチャル工場にフィードバックされる様子
図4:バーチャル工場でのシミュレーションを現実の工場に投影し、それがまたバーチャル工場にフィードバックされる様子
(出典)富士通

それは、実データや画像などさまざまな情報をコンピュータの中に取り込み、機械と人間の双方のもっとも効率的な作業工程をいったんコンピュータ内の仮想空間で動かし、その作業が現実的に可能かどうかを検証した後、製造現場の機械と作業員の双方に対してガイダンスを与えるものである。

インダストリー4.0は、いかなる指示にも応える「柔軟性」を有し、機械が「自律的」に判断して実行するとされているが、そこには自ずと限度がある。ドイツの公式文書によれば、「柔軟性」を発揮するためには、機械自体が入れ替わることも想定されているが、そのようなことはどう考えても非現実的である。すなわち工場内に設置されている機械で対応できる範囲内での「柔軟性」なのである。

年配の熟練作業員は移動の仕方、手作業、身体の動作などあらゆるものがムダがなく効率的である。だが、若くて経験の少ない若い作業員の動きはムダが多く非効率である。そのため、複数の熟練作業員の動き方をコンピュータに学習させ、若い作業員に対して、現場のディスプレイなどに動き方を表示して指南する。そうした仮想空間での効率的な作業工程のシミュレーションを行うことが、もっとも成果が出る場面として想定されているのは、複数の工作機械で構成されたセルとその中で作業員が1人で作業をするケースである。コンピュータの指示に基づいて、機械群が最適な位置関係や稼働状態が設定され、作業員がディスプレイに映し出された指示に従って熟練作業員と同様のムダのない動きをしながら、製品を作ることが想定されている。このようにインダストリー4.0は、作業員のムダな動きをなくして負担をなくする「人間に優しい人間中心のシステム」なのである(図5、図6)。

図5:バーチャル工場内のセル
図5:バーチャル工場内のセル
(出典)富士通
図6:現実の工場内のセル
図6:現実の工場内のセル
(出典)富士通

そのため、熟練作業員に工場内GPSを付けて位置情報を取り込み、工場内に設置したライブカメラから作業員の動きを取り込み(作業員の動きを解析するソフトウエアが既に市販されているとのこと)、作業員の身体に取り付けた超小型センサから身体の各部の動き方を取り込む。可能な限り多くの熟練作業員の動きを取り込むことで、回帰分析により一種の法則性のようなものを導き出し、もっともムダのない効率的な動きとしてコンピュータが記憶する。個性の強い熟練作業員の動きは特異点として排除することも可能である。人間の動きと機械の動きを組み合わせたもっとも効率的な作業方法が、実際の現場に対して、コンピュータからガイダンスが与えられる。

図7は東芝が提案する「次世代ものづくりソリューション」である。セルのみでなくすべての製造工程において、仮想空間と実空間が1対1で対応している。

図7:東芝が提案する次世代ものづくりソリューション
図7:東芝が提案する次世代ものづくりソリューション
(出典)東芝

水平統合

まず、企業が世界中に保有する工場がネットに接続される。次いで、当該企業の協力工場、取引企業の工場などが接続される。もっとも重要なことは、工場がネットに接続されることではない。ネットに接続されたすべての工場がバーチャル上であたかも「1つの工場」として、すなわち全体がシステムとして稼働するため、単独ではできなかった数多くの新しいことが「自律的」かつ短時間でできるようになり、全体が「最適化」されて「生産性」が大幅に向上する点にある。以上の発展過程は、工場同士の接続が次々と拡大していく過程なので、「水平統合」と呼ばれる。「水平統合」は工場だけを対象にしていない。世界中に点在する物流、販売、エンジニアリング、サービスなどの拠点をも接続する(図8)。こういった統合をドイツ人は、「Horizontal integration through value network」と呼んでいる。

図8:水平統合
図8:水平統合

垂直統合

工場の中には、異なるレベル階層ごとのネットワークが存在することがある。例えば、アクチュエータレベル、センサレベル、制御レベル、生産管理レベル、実行レベル、事業計画レベルなどである。それらを一貫したソリューションとして統合することを生産システムの「垂直統合」と呼ぶ(図9)。また企業には、意思決定を行う経営層や管理部門があり、これら事務部門が保有する情報通信機器は、今でもネットワークに接続され、意思決定上、階層構造(ヒエラルキー)を構成している。このネットワークと工場のネットワークが接続されることで、企業の意思決定の階層構造が、バーチャル上そのまま実現され、意思決定が直ちに全組織に徹底される。こういった一連の統合をドイツ人は「Vertical integration and networked manufacturing system」と呼んでいる。

図9:垂直統合
図9:垂直統合

エンジニアリング統合

企業が製品を企画し、CAD/CEAで設計し、そのデータを工場に送って製造が行われ、ユーザーに製品が送り届けられる。ユーザーが製品を使用中、センサで収集されたビッグデータが本社の設計部門にフィードバックされて、次の新製品の改良に活かされる。またビッグデータの解析結果を用いて、顧客に対する新しいサービス提供が可能になる。例えば、機器のエネルギー使用を効率化する使用方法を提供したり、部品が壊れる直前に交換したり、寿命を過ぎても機器が壊れない場合には最後まで機器を使い切ることも可能である。このケースでも、もっとも重要なことは、顧客の下で使用中の製品がネットに接続されることではない。製品から企業に送られたビッグデータが、顧客のメリットにもなり、かつ企業にとって新しい技術革新やサービスが生み出されることで企業の売上げ増につながる点にある。こうした製品の開発から再利用や解体に至るまでの製品のライフサイクルの途上で発生する情報を一貫して漏れなくネットワークで収集することをドイツ人は、「End-to-end digital integration of engineering across the entire value chain」と呼んでいる(図10)。

図10:エンジニアリング統合
図10:エンジニアリング統合

自律・分散・最適化制御システム

ドイツの関係者は、インダストリー4.0の制御方式は、「分散型」であると強調している。その理由について、あるドイツ人識者は、中央制御方式では、事前に決められたことにしか対処できないが分散型制御方式だと事前に想定されないことにも対処できると答えている。

すなわち、これを言い換えれば、事前にシステムに予定されていなかった事態が発生したとしても、個々の制御システムが最適化を目指して実行すれば、行きつ戻りつしながらも均衡点に落ちていくという制御方式を採用するということだと解せられる。この方式だと、制御システムを簡単に追加したり変更することが可能である。このように複数から成る制御システム同士を結合して新たにシステム化したものを「システム・オブ・システムズ(System of systems)」と呼ぶ。当該システムでは、分散制御とはいっても、ツリー状の下位に至る全サーバー同士を接続することは、ムダが多く、行われることはほとんどない。

前回、インダストリー4.0を特徴付けるキーワードは、「柔軟性」「自律性」「最適化」「生産性」の4つであることを述べた。以上から、インダストリー4.0の制御システムは、「自律・分散・最適化制御システム」であると言える。また当然ながら、インダストリー4.0には「学習機能」が備わっている。これら機能が時間とともに高度化する点を以て、インダストリー4.0は「人口知能(AI;Artificial Intelligence)」で動く、と言う人もいる。

『機械設計』(日刊工業新聞社)2015年10月号「インダストリー4.0はモノづくりをどう変えるか」に掲載

2016年6月13日掲載

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