「ビジョン2030」を自ら台無しにするサウジ皇太子
強権的な汚職摘発が内戦勃発の予兆か

藤 和彦 上席研究員

11月6日の米WTI原油先物価格は前週末に比べて1.71ドル高の1バレル=57.35ドルと2年4カ月ぶりの高値となった。

サウジアラビアのムハンマド皇太子が「協調減産の期間を延長する」と改めて言及したことや、先週の米国の石油掘削装置(リグ)稼働数が今年最大の減少となった(8基減)こと、さらに「ベネズエラの国営石油会社PDVSAがデフォルトを起こし最大日量60万バレルの原油生産が失われるのではないか」との憶測(11月4日付OILPRICE)などで、市場には強気モードが広がっていた。

加えて、週末にサウジアラビアでムハンマド皇太子主導により多数の王族や閣僚が汚職容疑などで拘束されたことが明らかになると、サウジアラビアの「政情不安リスク」を材料となり、さらに買いが入った(その後、中国の10月の原油輸入量は13カ月ぶりの低水準となり、米国の原油在庫が増加したなどの情報が伝わり、原油価格は1バレル=56ドル台に下落した)。

王族、政府高官、企業家を一網打尽

ここで週末のサウジアラビアで何が発生したかをおさらいしてみたい。

11月4日夜、サウジアラビアで「汚職容疑で王族11名、現職閣僚を含む政府高官や起業家38名が拘束された」と報道された。

報道の数時間前に発出された勅令に基づき、設立されたばかりの「汚職対策最高委員会」が次々と要人たちを逮捕した(汚職対策最高委員会はムハンマド皇太子が議長を務め、捜査や逮捕状の発行、渡航禁止や資産の開示要求・凍結の指示を行えるなど強大な権限を有する)。誰がいかなる目的で逮捕されたかについては、発表されていない(「不満が高まる軍のクーデター勃発を未然に防止するためだった」との憶測がある(11月7日付ZeroHedge))。

拘束された王族には、世界的な投資家として知られるキングダム・ホールディング・カンパニーのアルワリード会長、アブドラ前国王の息子のムトイブ国家警備隊大臣らが含まれる。政府高官としては改革派とされるファキーフ経済計画相ら、企業家としては国内建設最大手であるビン・ラディン・グループのビン・ラディン会長(アルカイダのリーダーだったオサマ・ビン・ラディンの兄弟)やMBCテレビの最大株主であるイブラヒム氏らが含まれている。その多くはリヤドの「リッツ・カールトン」で拘束されているようだ。

サウジアラビア政府はこれまで、国内政治の不安定化を避けるために有力者による不正については意図的に見逃してきたと言われている。しかし今回、サルマン国王・ムハンマド皇太子の親子は、自らの強大な政治的権力を前面に出して、構造的な問題にメスを入れた。既存の法律に従って汚職を裁くのではなく、強権的な手段による逮捕劇だった。

6日、モジェブ司法長官が「汚職撲滅運動は始まったばかりだ」との認識を示した(11月6日付BBCNEWS)ように、国内では今後すべての国民が例外なく捜査の対象となる。中国の習近平政権がこれまで強力に実施してきた「反腐敗運動」がサウジアラビアでも繰り広げられる可能性がある。

改革に賛同する世界的投資家も拘束

だが、汚職の摘発によってサルマン親子の権限が強化されることはあっても、サウド家全体に大きな亀裂が入るのではないかとの懸念が拭えない。

筆者が注目するのは、ムトイブ国家警護隊大臣(65歳)の拘束である。ムトイブ氏はサルマン親子に対抗しうる唯一の王族と見なされていたからだ。

アブドラ前国王の死去に伴い、2015年1月に就任したサルマン国王は直後に大規模な人事異動を行い、アブドラ前国王の息子たちを要職から解任した。その際、ムトイブ氏は国家警護隊大臣の職にとどまった。国家警護隊は国軍と並ぶ武力装置であり、アブドラ前国王が1963年に司令官になって以来50年以上にわたりアブドラ家による支配が続いてきた。

だが、ついにムトイブ氏は解任され、後任に傍系王族が任命された。「ムトイブ氏を解任すると王族内の軍事的対立を招く恐れがある」と指摘されてきたが、サルマン国王は愛する息子(ムハンマド皇太子)に王位を譲るためにあえて「火中の栗を拾う」冒険に出たのだろうか。

また、筆者には解せないのが、世界的投資家のアルワリード王子の拘束である。

アルワリード王子はツイッターやシティグループなど世界に名だたる企業の大株主であり、ムハンマド皇太子が進める改革に賛同していたと言われている。王族内の地位も高くなく、ムハンマド皇太子にとって王位継承を巡るライバルでもない。

日本訪問中のトランプ大統領は11月6日、「サウジアラビア政府の大規模な汚職取り締まりを支持する」とのメッセージをツイートした(11月6日付ロイター)。アルワリード王子はかつてトランプ大統領の「イスラム教徒の米国入国を禁止する」との発言に反発したことがある。トランプ大統領からの支持を絶対視するサルマン親子にとってこれが気に入らなかったのだろうか。

拘束された40人近くのサウジアラビアの大富豪の銀行口座は現在凍結されているが、その額は800億ドルにも上る(11月8日付ZeroHedge)。内訳は、アルワリード王子が190億ドル、アムディ氏(世界的投資家)が101億ドル、カメル氏(国内で不動産開発や病院経営を手がける)が37億ドルである。

この巨額の個人資産がサウジアラビア政府に接収されるリスクが高まっている。2014年後半からの原油価格急落で約2500億ドルの外貨準備が減少し、「カネ不足」に悩むサウジアラビア政府にとって、凍結した大富豪の資産は「喉から手が出る」ほど確保したい「現金」である。しかし、これに手を付ければサウジアラビアへの投資家の間で動揺が広がる可能性が高い(11月6日付ブルームバーグ)。サウジアラビア政府の汚職取り締まりの目的の1つに「大富豪の資産を接収することがあった」との噂が広がり始めている(11月8日付ZeroHedge)。これが事実だとすれば原油価格が上昇してもサウジアラムコの上場は事実上不可能になってしまうだろう。

国民への分配は続けられるのか?

サウジアラビアを巡る海外の情勢では、11月4日夜、イエメンから首都リヤド近郊の国際空港に向けて弾道ミサイルが発射されたことも気がかりである。イエメンの反政府組織フーシは昨年メッカや西部ジッダに向けてミサイル攻撃を実施しているが、今回ほど人口が密集した場所に向けて発射された例はないという。

サウジアラビア政府は「今回のミサイル攻撃はイランによるものであり、『戦争行為』に等しい」との声明を発表しており(イラン側は関与を否定)、イエメンでの軍事作戦を強化する可能性が高い。イランとの協力関係を深めるレバノン首相は5日突然辞任を表明したが「サウジアラビア政府の圧力があったのでは」と囁かれている。

イエメンなどを拠点として、反ムハンマド皇太子派がサウジアラビア国内でテロなどの非合法活動を続ければ、将来的に君主制の基盤を揺るがす火種に成長する危険性も否定できない。

渦中の人であるムハンマド皇太子は、10月24日にリヤドで開かれた外国人投資家を招いた経済フォーラムで、「極めて保守的とされる国内の聖職者と決別し、同国を穏健で開かれた国にする」と語った(10月25日付AFP)。サウジアラビアでは、近代化の推進者として認識されていた第3代ファイサル国王が1975年に暗殺されて以降、厳格なイスラム主義が台頭した。ムハンマド皇太子は彼らと真っ向から対決することを国際社会に誓ったことになる。

しかし、サウジアラビアを「開かれた国」にするのは決して容易ではない。

サウジアラビアには国会に当たる「諮問評議会」があるが、定数150人に対し有権者は国王1人である(国王がすべての議員を任命する)。サウジアラビアは1932年にサウド家という豪族がアラビア半島の大半を武力で統一して建国されたが、憲法に相当する「統治基本法」が制定されたのは1993年である。諮問評議会も1993年に設立されたが、諮問評議会には立法権はなく、国王が制定した法案に助言を与える権限しか付与されていない。サウジアラビアは世界で数少ない「絶対王制」の国なのである。

また、ムハンマド皇太子は経済改革だけではなく社会改革(女性の社会進出など)を含めた大改革を行おうとしているとされるが、人権団体によれば、相変わらず国内でジャーナリストが投獄され、深刻な人権侵害も続いている。

それでも国民がこれまであまり不満を抱いてこなかったのは、原油売却で得られた富を政府が国民に分配してきたからだ。しかし、サルマン親子の下でその合意に綻びが出始めている。たとえばガソリン代等への補助金は既に削減されており、2018年1月からは付加価値税が導入される(税率5%)。

「ビジョン2030」では非石油収入を2015年の400億ドルから2020年までに4倍に、2030年までにさらに倍増させるのが目標である。だが、非石油収入の伸びは遅々として進んでいない。あてにできるのは、付加価値税収入など国民に痛みを伴う措置から生ずるものばかりである。一連の緊縮策のおかげもあり、サウジアラビアの財政均衡原油価格は2016年の1バレル=96.6ドルから今年は同70ドルにまで下落している(11月1日付OILPRICE)。

国民への分配を増やすための「切り札」として、ムハンマド皇太子は10月24日、前述のフォーラムで、紅海沿岸の自由経済区に新都市を建設する計画を発表した。「NEOM」と名付けられた都市計画は新たな生活様式を最先端のテクノロジーによって実現することを謳い、国内外の投資家から合計5000億ドルの資金を確保するという。

ムハンマド皇太子は「NEOMの建設により、2030年までにGDPが1000億ドル増加する」と鼻息が荒いが、「サウジアラビアの『ドバイ化計画』は20年遅れの代物だ」と揶揄する論調も出始めている(10月24日付ZeroHedge)。本計画は、1からまちづくりを行うなど元々リスクが大きい案件と見なされていた。今回の国内大富豪への弾圧や強権的手法による権力集中が煽る政情不安リスクの高まりで、国内外の投資家にとってますますネガティブなものになってしまったのではないだろうか(通貨リヤルの投げ売りが既に始まっている)。

11月3日、中東地域で活発に事業展開する石油メジャーである仏トタールCEOは「サウジアラビアの社会経済改革は野心的すぎる。ムハンマド皇太子は旧ソ連のゴルバチョフ書記長の二の舞になるのではないか」と懸念を示した(11月4日付OILPRICE)。筆者はかつてムハンマド皇太子のことをフランス革命時のルイ16世にたとえたが、「上からの改革」を一方的に推し進めた啓蒙専制君主ルイ16世の末路を思うと、サウジアラビアの今後はますます心配だと言わざるをえない。

2017年11月10日 JBpressに掲載

2017年11月17日掲載