安定は続かない原油市場、かく乱要因はこれだ
せめぎ合う「減産への期待」と「世界的な需要減少」

藤 和彦
上席研究員

12月の原油価格は1バレル=50ドル台前半で推移している。

2017年1月からOPECおよび非OPEC産油国が合計で日量約180万バレルの減産を行うとの期待から、投資家らは原油価格下落が2年半前に始まって以降、最も楽観的な見方を示しているからだ(12月19日付ブルームバーグ)。

今年の原油価格は2月に1バレル=26ドルの底値をつけて以降、「増産協議」を材料に年後半に同50ドル台に回復した。来年1月中にOPECの減産達成状況が合意の6割を超えていれば、まずは第一関門突破ということで原油価格は1バレル=60ドルに向けて上昇するだろう。市場では「来年の原油価格は1バレル=40〜60ドル」と今年より安定的な値動きになるとの見方が一般的である。

だが、攪乱要因はないのだろうか。
(参考・関連記事)「歴史的減産合意でも産油国を待ち受ける『茨の道』

中国経済の急減速がカウントダウンに

今年の原油市場を巡る関心は供給サイドに集まっていたが、筆者は以前から原油の需要面に注目している。世界の原油需要を牽引してきた中国、そして今後牽引するとされるインドはどうなるのだろうか。

まず中国であるが、このところ原油輸入の伸びを牽引してきた「茶壺」(ティーポット)に赤信号が点り始めている。「茶壺」とは山東省を中心に立地する地方製油所のことである。

中国では昨年半ばに原油輸入が許可されると、安値で石油製品を生産・輸出することを目的に大量に原油を輸入するようになった。しかし「茶壺」の大躍進のせいで国内外の石油製品市場が供給過剰に陥り、国有大手石油企業の経営を圧迫するようになる。そこで政府は「茶壺」に対する石油製品の輸出枠を来年から停止することを決定した。「茶壺」の石油製品輸出の途が断たれると、来年の中国の原油輸入が停滞する可能性がある。

心配なのは、なんと言っても中国バブル経済の崩壊である。

習近平総書記は12月21日、「中央財経領導小組(経済財政指導チーム)」の第14回会議を主宰し、不動産バブルの抑制を重要テーマの1つに掲げた。共産党中央がバブル抑制の方針を示すのは今年4回目となる。12月の中央経済工作会議では習近平総書記が「住宅は人が住むものであって、投機対象とすべきではない」と発言し、不動産バブルへの強い警戒感を露わにしている。また、中国では今年後半以降、再び資金の海外流出が顕著になっており、資金流出に歯止めをかける観点からも、人民銀行は来年から金融引き締めを行うとの意向を示している。

長年の金融緩和政策で急膨張した資産バブルはソフトランディングに向かうのだろうか。現在の中国当局の狼狽ぶりを見ていると、かつての日本の金融当局が「一般国民の住宅取得に有害である」との理由から、金融政策の引き締めを行いバブル経済を崩壊させたことが彷彿される。その後日本経済は長期にわたり低迷した。ここ10年間の原油需要の伸びを支えてきた中国経済の急減速はいよいよカウントダウンに入ったと言えるのではないだろうか。

次にインドだが、11月の原油需要は安定的に推移したが、高額紙幣の廃止により乗用車の販売が2桁減となっている。その影響は、12月の原油需要にはっきりと表れるだろう。インドの原油需要は中長期的には有望だろうが、来年前半に限って言えば、世界の原油需要の足かせになりかねない。

アジアを揺るがす鳥インフルエンザ

さらに、アジア地域全体の原油需要の足を引っ張る「伏兵」も頭をのぞかせている。それは、鳥インフルエンザ(H5N6)である。

11月14日、鹿児島県出水市で採取された野鳥のねぐらの水からH5N6ウイルスが見つかった。その後、日本全体に広まり、12月20日時点で13道県113例が報告されている。

海を挟んだ隣の韓国ではさらに事態は深刻である。これまで300を超える飼養農場で約2000万羽が殺処分されたが、韓国の全家禽の10%以上に当たる数字である。2014年にも1400万羽が殺処分されたが、今年はその過去最悪の記録を更新した。

韓国と日本に広がっている鳥インフルエンザは、シベリアや中国北部から越冬のため飛来している渡り鳥がウイルスをもたらしていると考えられている。2014年に中国で16例の感染者が確認され、そのうち10人が死亡した。今年も11月に湖南省と広西チワン族自治区で発病家禽に接触した2人の農業従事者が感染し、危篤状態になっていると言われている。

H5N6ウイルスは人に感染する可能性があり、感染すると高率で死亡する。6月時点で厚生労働省は「国際的に疾患が拡大するリスクは低い」としていたが、ウイルス感染症の専門家である元保険所長、公衆衛生医の外岡立人氏は「ウイルスが変異すればH5N6の流行が起きる」と警告を発している。

2015年のMERSの流行でアジア地域のヒト・モノの流れは停滞した。H5N6の流行が生ずれば、アジアにとどまらず世界経済全体にも打撃を与えることになるだろう。

シェール企業は相変わらず「火の車」

ここで米国に目を転じ、OPECとの原油安競争に勝ち抜いたとされるシェール企業の現状を見てみたい。

米国の石油掘削装置稼働数は500基を超え、国際エネルギー機関(IEA)が「米国のシェールオイル生産は来年増加する」との見通しを明らかにするなど、シェール企業は復活間近という感じである。今年後半以降生産コストも低下し、倒産するシュール企業も減少している。

しかしシェール企業の財務状況は相変わらず「火の車」のようである。

12月18日付米ビジネスサイト「ZeroHedge」は、シェール企業最大手であるチェサピーク・エナジーの惨状ぶりを伝えている。過去10年間のフリー・キャッシュ・フローがマイナス606億ドルと積み上がり、土地所有者に対してロイヤリティを支払うことができない状況になっているという。

チェサピーク・エナジーが倒産せずにやってこられたのは、リーマンショック後の超金融緩和のおかげだが、このような状況は永遠に続くわけがない。トランプ次期政権下で見込まれる財政赤字の増大やインフレ率上昇を受けて、現在約2.5%である米10年債利回りが3%を超える可能性が出ており、ジャンク債の市場流動性が急速に悪化する懸念が広まっている(12月14日付ブルームバーグ)。

流動性が逼迫すればシェール企業の大量倒産が再び起こるだろう。中国に加え米国も金融引き締めの状態になれば、過去数十年間続いてきた世界レベルの債券バブルが崩壊の危機を迎える。

サウジと欧米諸国に亀裂?

最後にサウジアラビアについてである。

12月22日、サウジアラビア政府は2017年予算を公表した。歳出が8900億リヤルと今年の概算予算の8400億リヤルより拡大するにもかかわらず、財政赤字は1980億リヤルに縮小する(今年の概算の財政赤字は3260億リヤル)。原油収入が価格が上昇することで46%増となる見込みだからだ。

今年、予算全体の執行額は当初より150億リヤル減少した。だが、軍事費のみが1791億リヤルから2051億リヤルへと拡大している。来年の予算でも軍事費の比率が20%を超える状況に変わりはない。これは、イエメン情勢や原油価格次第ではさらに庶民の生活が圧迫される懸念があることを意味する。

財政状態が悪化しているにもかかわらず、政府が海外のイスラム過激派への資金援助を停止していないのも気になるところである。

12月19日、ドイツの首都ベルリン中心部のクリスマス市でトラック突入テロが発生した。その直後にドイツメディアは、「サウジアラビア、クウェート、カタール政府が海外のイスラム過激派に多額の資金援助を行っている」とするドイツ連邦情報局(BND)の報告書の内容を掲載し、中東諸国を批判した。米国では次期政権移行チームが、第2次世界大戦中の日系米国人の強制収容を前例にして、イスラム教徒の登録制度の導入を検討している(12月19日付日経ビジネス)。

サウジアラビアは長年にわたり欧米諸国と友好関係を築いてきたが、来年はその関係に大きくひびが入るかもしれない。第1次石油危機の際、日本は欧米諸国とアラブ諸国の間で板挟みとなったが、日本の中東外交は再び難問に直面するかもしれないのである。

今年の原油市場を巡る環境は比較的平穏に推移してきたが、来年も今年と同様平穏であるとの保障はない。

2016年12月30日 JBpressに掲載

2017年1月6日掲載

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