膨れすぎた「減産合意バブル」、弾けたらどうなるか
OPEC総会で下される"最後の審判"

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は、11月30日に開かれるOPEC総会への期待から1バレル=48ドル前後(11月24日)と3週間ぶりの高値水準で推移している。

ゴールドマン・サックスは22日、「OPEC総会で原油生産を抑制する取り決めをまとめることができる」とした上で、来年上半期の原油価格は平均で1バレル=55ドルになると価格見通しを引き上げた(これまでの予想では、来年第1四半期が同45ドル、第2四半期が50ドルと見込んでいた)。市場では、OPEC総会が成功すれば「原油価格は1バレル=60ドル近くまで上昇する」との見方も現われている。
(参考・関連記事)「サウジとイランの対立再燃で原油市場に暗雲

イランやイラクは減産に依然として難色

合意に悲観的だった市場関係者が一転して楽観的になったのは、11月17日にサウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相が中東の衛星テレビ「アルアラビア」のインタビューで、「日量3250万バレルの上限設定は原油価格の回復を加速し、生産国と消費国の利益になる」と強調したからである。翌18日にカタール・ドーハで開催されたOPEC閣僚級協議では、加盟国は、イランが10月の生産量として報告した日量392万バレルで凍結する案で妥協を探っているとされている(11月19日付ロイター)。

その後、OPECは22日にウィーンで専門家会議を開催し、「原油生産量の上限を日量3250万バレル、減産期間を6カ月とする最大4.5%の減産(日量120万バレル)を行う」方向で調整が進んだ。

OPECの原油生産量が日量3250万バレルまで減少すれば、「来年前半に世界の原油市場の需給はバランスする」と言われている。しかしこの目標は昨年後半のOPECの生産量と同じ水準であり、ハードルが高い。

OPECの中でも足並みはそろわない。イランとイラクなどは減産に依然として難色を示していると言われている。イランが専門家会議での提案に留保したとすれば、18日の妥協案は「幻」だったのかもしれない。

OPEC全体の原油生産量は5カ月連続で増加している。10月の生産量は前月に比べて約24万バレル増となり日量3364万バレルを超えた。その中で伸びが顕著だったのは、ナイジェリア(17万バレル増)、リビア(17万バレル増)、イラク(9万バレル増)である。22日の専門家会議でナイジェリアとリビアは減産の「例外扱い」が認められたようだ。イラクもIS(イスラム国)との戦闘などを理由に、同様の扱いを求めることは確実である(11月24日付ブルームバーグによると、イラク首相は24日「減産合意に参加する」と表明したが、その真意は不明である)。

この1年間でイランは日量約85万バレル、イラクは62万バレル増産しており、両国の増産幅(150万バレル)だけで今回の減産分(120万バレル)を上回っている。両国が減産に応じなければ、一体、どの国が「両国の分を肩代わりしてまでも原油の生産量を減らす」と切り出すのだろうか。

生産枠を設定したとしても、"闇増産"が後を絶たなかったのがOPECの歴史である。ましてや大枠のみの決定であれば、市場は「OPEC全体でますます生産量を増やす」と判断し、原油価格は1バレル=40ドル以下に下落する可能性があるのではないだろうか。

「流動性の危機」に陥っているサウジアラビア

ここで筆者が注目するのは、減産協議を主導するOPECの盟主、サウジアラビアの動きだ。サウジアラビアは、10月の原油生産量が減少(前月比5万バレル減の日量1053万バレル)した。

OPEC減産の歴史を振り返ると、常にサウジアラビアが「男気」を見せてきた。1986年の「逆オイルショック」、2008年の「リーマンショック」などOPECが危機に直面すると、サウジアラビアが1国でその減産分の大半を引き受けてきた。今回もサウジアラビアは、1国で日量100万バレル以上の減産に応じるのだろうか。

4月のドーハ会合の際に、ムハンマド副皇太子は「敵対するイランに塩を送ることはできない」として、直前の合意を決裂された張本人とされた。副皇太子は態度を変えたのだろうか。

だが、サウジアラビアの財政は相変わらず厳しい状況にあり、このままスムーズに減産を進めていくとは考えにくい。

筆者はかねてから「サウジアラビアは『流動性の危機』に陥っている」と主張しているが、その証左がまた1つ増えたようだ。

サウジアラビアのアルワリード王子は11月17日、「サウジアラビアが社会、政治、財務のいずれの面でもかつてないほどの変化に見舞われている」として、自国通貨をドルにペッグさせる為替相場管理制度を将来的に廃止しなければならなくなる可能性に言及した(11月17日付ブルームバーグ)。

アルワリード王子は世界的に著名な投資家ではあるが、政府の要職に就いているわけではない。しかし中央銀行に当たる同国通貨庁のホリフィ総裁が為替制度継続の方針を改めて表明した直後に、王家の有力メンバーが初めてドルペッグ制をやめることに言及したことの意味は大きい。

サウジアラビア政府は1986年に通貨リヤルを1ドル=3.75リヤルに固定して以降、現在に至るまでドルペッグ制を維持し、石油や天然ガスの価格変動からサウジアラビア経済を保護する役目を果たしてきた。しかし2014年半ばに7400億ドルあった通貨準備高が為替介入等により2000億ドル以上減少し、「国内経済を輸入インフレから守る」ためのドルペッグ制を維持するコストが払えなくなる状況に追い込まれているのだろう。

同王子は「ドルペッグ制は当面維持すべきであり、廃止は今から2〜3年後の最後の手段としての可能性に過ぎない」としているが、王族の発言は「サウジ・リヤルのドルペッグ制廃止に向けたカウントダウンだ」と市場関係者は判断するに違いない。

このような状況下で、サウジアラビアは「短期的に自らの原油収入を減らしてでも減産分の大半を引き受けて、長期的に原油価格を上昇させて原油収入を増加させる」という"英断"を下せるのだろうか。

なんとか40ドル割れを防いできたが......

2016年を振り返ると、2月に原油価格が1バレル=26ドルとなったことに慌てた世界の大産油国(サウジアラビア、カタール、ベネズエラ、ロシア)は急遽カタール・ドーハで閣僚会議を行い、「原油生産を過去最高に近い1月の水準で凍結する」ことに合意した。

この合意を受けて原油価格は上昇し、3月下旬に1バレル=約42ドルとなった。だが、その後下落に転じ、4月上旬に35ドル台の水準となった。

4月のドーハ合意は失敗したが、直後にカナダで大規模な山火事が発生し、オイルサンドの生産量が日量100万バレル以上減少したことから、原油価格はむしろ上昇。6月上旬には一時1バレル=51ドルを突破した。

カナダの山火事など突発の供給途絶事案がおさまると8月上旬に原油価格は30ドル台となり、その後、9月末のアルジェリア合意から現在に至っている。

11月24日には、さらなる難問が生じていることが判明した。OPEC諸国は総会で非OPEC諸国全体に対して日量88万バレルの減産を提案するというのだ(11月24日付ロイター)。ロシアのノヴァク・エネルギー相は「日量50万バレルの減産要求は聞いているが、88万バレルの減産計画は承知していない」と驚きの色を隠せないでいる。88万バレルの減産をするとなれば、ロシアの負担は20〜30万バレルになると言われているが、10月の生産量(日量1120万バレル)に凍結するだけでも国内調整に四苦八苦している状況にある(11月24日付ロイター)。

OPECは、非OPEC諸国の非協力を理由に総会の決議を先送りするつもりなのだろうか。

OPEC諸国やロシアなどの「(減産)やるやる詐欺」で原油価格の40ドル割れを防いできた1年と言っても過言ではないが、その企みについていよいよ11月30日のOPEC総会で「最後の審判」が下されようとしている。

総会で詳細合意が成立しなければ原油価格は急落する危険性がある。それを食い止められる、カナダの山火事に代わる「2匹目のドジョウ」(ベネズエラの国営石油会社のデフォルト?)はいるのだろうか。

2016年11月26日 JBpressに掲載

2016年12月5日掲載

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