サウジのエネルギー相はなぜ突然解任されたのか
政府に食い物にされるサウジアラムコ

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格はこのところ上昇基調にあり、1バレル=50ドル台後半で推移している。

まず供給サイドの動きから見てみよう。

8月のOPECの原油生産量は今年に入り初めて増加した。ロイターによれば、前月比8万バレル増の日量2961万バレル、ブルームバーグによれば、前月比20万バレル増の同2999万バレルとなっている。イラクやナイジェリアなどの増産が主な要因である。サウジアラビアの生産量も夏場の国内需要増に応えるために若干増加したが、減産合意より日量50万バレル以上少ない水準を維持している。

OPEC非加盟国の雄であるロシアの8月の原油生産量も前月比14万バレル増の日量1129万バレルとなり、減産合意の水準を上回った。

一方、世界第1位の原油生産国となった米国の生産量はこのところ横ばいで推移している。足元の原油生産量は日量1240万バレルと過去最高に近い水準であるが、日量100万バレルを優に超えるペースで増産してきた過去3年間の勢いは失われつつある。資金繰りに苦しむシェール企業が掘削予算の削減やリストラを進めている(9月8日付OILPRICE)ことから、石油掘削装置(リグ)稼働数は2017年11月以来の水準にまで減少した。

貿易戦争の激化で中国向けの天然ガス輸出が急減したことにより、米国内の天然ガス価格が大幅に下落している(8月29日付日本経済新聞)ことも、シェール企業の経営を圧迫している。ウォール街では「再びシェール企業の大量倒産が起きる」との見方が強まっている(9月3日付ZeroHedge)。

先細る世界の原油需要

OPECなどの増産にもかかわらず「シェール企業の生産縮小で世界の原油需給が逼迫に向かう」との思惑が原油価格の押し上げ要因となってきているが、需要面での先行き不透明感が上値を抑えるとの構図に変わりはない。

世界最大の原油需要国である米国ではドライブシーズンのピークが過ぎたが、景気減速の影響からか、足元の原油処理量の落ち込み幅が過去10年間で最大となっている(8月30日付Zerohedge)。

世界第2位の原油需要国(世界最大の原油輸入国)である中国の輸入量は、今年(2019年)4月を最後に日量1000万バレルを越えていない。9月の原油輸入量も前月に比べ約3%増加したものの日量997万バレルだった。

世界第3位の原油需要国であるインドの経済成長にも急ブレーキがかかっている(8月31日付日本経済新聞)。

このような状況から、2010年代に入り毎年日量100万バレル以上のペースで増加していた世界の原油需要が「今年は同100万バレルを下回る」との見方が強まっている。英石油大手BPは9月4日、「今年の世界の原油需要の伸びが日量100万バレル未満になる」との見方を示した。世界最大の石油商社であるVitolも9月5日、「今年の世界の原油需要の伸びは日量60万バレルにとどまり、原油価格は低迷を続ける」という悲観的な予測を出した。

サウジアラムコIPOの矢先に石油相解任

原油価格を上昇させるための方策が手詰まりとなり、OPECの次の動きに注目が集まっていたが、9月8日、サウジアラビア国営放送は「ファリハ・エネルギー相が解任され、後任にサルマン国王の息子であるアブドラアジズ王子が起用される」という驚きのニュースを流した。

ファリハ氏は2016年5月にエネルギー産業鉱物資源相に任命されて以来、サウジアラビアの石油政策の国際的な顔となってきた人物である。

1960年、リヤドに生まれたファリハ氏は、1979年にサウジアラムコに入社し、2008年11月にサウジアラムコのトップ(CEO)に上り詰めた。その後は2016年5月にエネルギー/産業鉱物資源相の任を兼ねることになり、ロシアなどOPEC非加盟国を広く巻き込んだ形での協調減産の枠組みを成立させ、世界の原油価格の下支えに大きく貢献するなど市場関係者の間で評価は極めて高かった。

北海ブレント原油先物価格は、協調減産の効果に加え米国の対イラン産原油に対する制裁再開などにより、2018年後半に1バレル=80ドルを超える水準に達した。だが、米国のシェール生産の急拡大や米中貿易戦争に端を発する世界の原油需要の鈍化が生じ、足元の価格は1バレル=60ドル前後に落ち込んでいる。サウジアラビアは原油の生産コストが低いとされているが、拡張的な財政政策が災いして、ブレント原油価格が1バレル=80ドル以上でないと赤字予算となる。2015年に原油価格が下落して以来、サウジアラビアの経済成長率は低迷し、政府は財政赤字の拡大にあえいでいる。

サウジアラビアは日量1200万バレルの生産能力を有しているが、原油価格の下支えに向けたOPECプラスの協調減産のため、実際の原油生産量は日量1000万バレル弱に減少している。原油価格は一向に上がる気配を示さないことから、原油収入が大幅に落ち込み、サウジアラビアは今年再びマイナス成長となるリスクが高まっている(9月5日付ロイター)。

「ビジョン2030」を掲げて脱石油経済化を進めようとするムハンマド皇太子にとって到底容認できない事態であり、国家財政の「穴埋め」を行い、なんとしてでも経済成長への道筋に戻さなければならない。

それでは財源はどこにあるのか。

サウジアラビアの至宝とも言える国有石油会社、サウジアラムコにしか財源はない。政府は今年に入り既に2度にわたってサウジアラムコから資金を捻出している。1度目は3月27日、サウジアラムコが政府系ファンドが持つ石油化学大手サウジ基礎産業公社の株式の70%を買い取る形で政府に691億ドル相当の資金を提供した。2度目は4月9日、サウジアラムコは社債発行により120億ドルの資金を国際金融市場から調達し、国庫にニューマネーを充当した。

しかしそれでも資金は枯渇気味となった。そこで政府が再び注目したのは、サウジアラムコの新規株式公開(IPO)である。サウジアラビア政府によれば、サウジアラムコの株式評価額は2兆ドルである。今年夏頃からムハンマド皇太子をはじめとする政府首脳によるサウジアラムコIPOに向けた動きが強まっていたが、その矢先にファリハ氏の突然の解任劇が生まれたのである。

皇太子が強引に進めるサウジアラムコIPO

8月30日にエネルギー産業鉱物資源省から産業鉱物資源部門が分離され、9月3日にファリハ氏が長年務めてきたサウジアラムコ会長の職を解かれた状況から、筆者は「ファリハ氏の身辺に何か起こるかもしれない」と感じていた。だが、まさかエネルギー相まで解任されてしまうとは思っていなかった。世界最大の原油輸出国であるサウジアラビアの立場を国際的に維持する観点から、エネルギー相は内政の影響を受けない最も安泰な政権ポストの1つと見られてきたからだ。

ファリハ氏の前任のヌアイミ氏は21年間エネルギー相を務め80歳で引退したが、ファリハ氏は就任後3年足らずであり、年齢もまだ59歳である。

解任された理由については明らかになっていないが、ムハンマド皇太子が強引に進めようとするサウジアラムコのIPOに対して、ファリハ氏が積極的に協力しなかったからだとする説が有力である(9月9日付フィナンシャルタイムズ)。

サウジアラビア政府はまず国内の証券取引所に上場し(年内に1%分の株式を公開し、来年にさらに1%公開する)、その後海外上場を目指す意向とされている。国内でサウジアラムコ株の2%分(400億ドル相当)を上場するとのことだが、この巨額の資金を支払って誰が買い取るのだろうか。

9月9日付ブルームバーグは「サウジアラビア政府は国内の超富裕層王族らに対してサウジアラムコのIPOに出資するように協議していた」と報じたが、「極めて強権的なやり方でサウジアラムコ株を王族らに高く売りつけようとしている」との憶測が流れている(9月9日付ZeroHedge)。このようなやり方がまかり通れば、サウジアラムコの株式公開は今後政府の失政の「尻ぬぐい」の常套手段となり、長期的に見て大きな問題を抱えることになるだろう。

新エネルギー相の手腕に注目

自らの人生とともにあったサウジアラムコの苦境を尻目に退陣したファリハ氏に代わり、新たにエネルギー相に就任したのはアブドラアジズ王子である。

1960年にこのポストができて以来(当時は石油相)、王族が就くのは初めてである。王族が就任してこなかった理由として専門分野の知見が必要だったことなどが挙げられるが、アブドラアジズ王子は王族の中では例外である。1980年代にエネルギー省に入省し、この分野で豊富な経験を持っているからである。2017年にはエネルギー担当国務相となり、OPECの会合にも常時参加しており、国際的な人脈を保っている。

9月9日に初めて記者会見を行ったアブドラアジズ新エネルギー相に注目が集まった。

エネルギー相が解任されるとサウジアラビアの政策が大きく変わることがしばしばだからだが、会見でアブドラアジズ氏は原油市場の均衡達成に向け、他の産油国と引き続き協調していく姿勢を示した。さらに「OPECプラスは長期にわたり続く」との認識を示したことで原油価格が上昇するという「ご祝儀相場」となった。

だがファリハ氏が成し遂げられなかった「ブレント価格を現在の水準からバレル当たり20ドル以上上昇させること」は至難の業である。原油価格の押し上げには追加の減産が不可欠となるが、他の産油国の反発を買うばかりか、サウジアラビア経済が持ちこたえられない可能性もある。

このため「中東地域の地政学リスク上昇以外に原油価格を急上昇させる手段はない」とのため息が漏れている(9月8日付ZeroHedge)が、こればかりはなんとしてでも避けてほしいものである。

2019年9月13日 JBpressに掲載

2019年9月20日掲載

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