サウジは本当に原油生産調整をする気があるのか?
目指すは石油依存からの脱却? 副皇太子の野望とは

藤 和彦
上席研究員

「米国経済はまもなく『巨大な波』に襲われる。企業がデフォルトを起こし、景気後退はほとんど不可避だ」

米ビジネスニュース専門ウェブサイト「ビジネスインサイダー」(4月7日付)は仏ソシエテ・ジェネラルのアナリスト、アルバート・エドワーズ氏の警告レポートを掲載した。エドワーズ氏が注目しているのは米国企業の利益の急激な減少である。これにより多額の債務を抱えている企業が大量倒産に追い込まれるというのだ。

また、4月8日付けロイターによれば、米国の主要500社の今年第1四半期の1株当たり利益は前年比7.6%減少するという。3四半期連続の減益となれば2008年のリーマンショック以来となる。

2015年末時点の予測では今年第1四半期は約2%の増益に転じるものと見込まれていた。だが、原油先物市場の回復の遅れによる資源関連業種の低迷に加え、年初からの市場の混乱で金融業界も振るわない。

今年第2四半期の米企業の業績は、原油価格の低迷で約2%の減益が続く見通しである。市場関係者は、底入れの兆しが出てきている原油価格がこのまま安定すれば第3四半期の米企業業績は約5%増に転じると見ている(4月10日付日本経済新聞)が、原油価格が下落に転ずれば米企業の業績は再び悪化してしまう。

米格付け機関ムーディーズは4月4日、「米企業の資金調達能力が3月に悪化した」とする報告書を公表した。特にエネルギー部門で大きく悪化し、ジャンク債のデフォルトリスクが高まっている可能性があることが示された。4月5日付けブルームバーグも「米企業のレバレッジ上昇に伴いデフォルトによる損失が膨らむ見通しだ。現在のジャンク債のリスク報酬は十分ではない」と報じている。

ジャンク債をはじめとする社債市場の不調によって、これまでのような「多額の借金をして自社株買いを行い株価を上げる」という"錬金術"の手法がとれなくなれば、過大評価されている株価が一気に下落するリスクが存在すると言えよう。

生産調整の実現に向けて動き回るロシア

企業の体力が失われていく中で、米国経済は「今後の原油価格次第」との様相を強めている。

原油相場は投機筋の思惑が絡み、1バレル=40ドルを挟んで振れ幅の大きい展開が続いている。市場関係者が注目しているのは、4月17日に有力産油国が増産凍結に向けて開催するドーハでの協議だ。

今回は、ここに至るまでのサウジアラビアとロシアという2大産油国の対照的な動きに注目してみたい。

事の発端は2016年1月28日、サウジアラビアが「OPECとして各国が原油生産量を5%削減する」と提案したことを受け、ロシアのノバテク・エネルギー大臣が「ロシアとしては2月の生産国会議に参加の意向である」と述べたことに始まる。

そして2月16日、サウジアラビア、ロシア、カタール、ベネズエラの4カ国のエネルギー担当大臣がカタールの首都ドーハで会合を開き、「原油生産量を1月の水準に据え置き、増産しない。ただし他の産油国も同意することを条件とする」ことで合意した。

増産姿勢を強めるイランがこの合意にどう対応するのか注目が集まったが、3月13日、イランのザンギャネ石油大臣はロシアのノバテク・エネルギー大臣との会談で、「同国の原油生産量が日量400万バレルに達しない限り、原油の増産凍結に参加しない」考えを表明した。

それを受けてロシアのノバテク大臣は、産油国間での調整に時間がかかると判断し、追加協議を3月20日(於モスクワ)から4月17日(於ドーハ)に変更したのである。

ロシアはその後もノルウェーやメキシコに対しても生産調整に加わるように積極的に動くなど(メキシコは生産調整に消極的な立場を示している)、全体の取り仕切り役を引き受け、OPECと非OPEC産油国の総意をまとめ上げようとしている。

サウジが原油価格上昇への熱意を見せない理由

一方、ロシアとは対照的に、いったんは合意したはずの生産調整に積極的な姿勢を見せようとしないのが、OPECの雄であるサウジアラビアだ。

ロシアがイランの扱いに細心の注意を払っている最中の4月1日、ムハンマド副皇太子は「サウジアラビアが生産水準を維持するのは、イランを含む主要産油国が加わる場合に限定される」と発言して、上昇基調にあった原油価格に水を差してしまった。

一連の動きについて本村真澄石油天然ガス・金属鉱物資源機構主席研究員は、「サウジアラビアは秩序構築者としての役割を放棄し、他の産油国に対する影響をほとんど失った。そのため、OPECという組織が形骸化した」と指摘する。

サウジアラビアはロシア同様、原油関連収入が激減する中で軍事費が増大し、財政が大きく圧迫されている。昨年の軍事費が世界4位であるロシアは、シリアでの空爆を停止したことから軍事費削減の道筋が見えてきている。だが軍事費世界3位のサウジアラビアは軍事費削減に着手できていない。4月11日からイエメンでの停戦が発効したが、イエメン副大統領に強硬派が任命されるなど戦闘が実際に停止するかどうかは不透明だ。イランメディアによれば停戦後もサウジアラビアの空爆が続いているという。

イエメンでの空爆で毎月15億ドル以上の戦費を費やしているサウジアラビアの方が、ロシアよりも情勢が厳しいはずである。それなのに、原油価格上昇への熱意が感じられないのはなぜだろうか。

その理由は、サウジアラビアのムハンマド副皇太子の発言から探ることができる。

3月30日、ブルームバーグがサウジアラビアのムハンマド副皇太子にインタビューを行った。5時間に及んだインタビューの中でムハンマド副皇太子は、「サウジアラビアは石油の時代の終幕に備え、世界最大の政府系ファンド(SWF)を経済の中心に据えることで原油依存からの脱却を図る」という壮大な構想を明らかにしている。

SWFの規模は最終的に2兆ドルを超すとしている。2兆ドルと言えば株式時価総額で世界トップのアップルやアルファベット(グーグルの親会社)、マイクロソフト、バークシャー・ハサウェイを変える大きさである。

その皮切りが、国営石油会社のサウジアラムコの株式売却である。新規株式公開(IPO)は早ければ2017年に5%未満の株式を売却し、サウジアラムコを石油大手から複合的工業企業(コングロマリット)に変身させる予定である。同社の格式売却益を元手にSWFはサウジアラビア経済の主役として国内外で資金を投じる方針だ(同ファンドの国外投資比率は現在5%だが2020年までに50%に引き上げるという目標を掲げている)。

ムハンマド副皇太子は、これにより「サウジアラビアの歳入の源は原油から投資に変わり、20年後にはサウジアラビアは石油に大きく依存する経済ではなくなる」と豪語する。

このように建国以来最大の大改革に取り組もうとしているサウジアラビアが、増産凍結による原油価格の上昇は「原油立国から投資立国へ」という改革の足かせになるばかりか、「仇敵であるイランや米シェール企業が恩恵に浴するだけで実りが少ない」と考えている可能性は否めない。

しかし、サウジアラビアで石油が発見されてからまもなく80年、長年にわたる政府からの援助に慣れている王族をはじめとする保守層が、ムハンマド副皇太子が行おうとしている大変革についていくことができるだろうか。サウジアラムコのIPOひとつをとっても、王族にとって虎ノ子とも言えるサウジアラムコの経営の実権を欧米資本に手放すことができるかどうか疑問である。また、上場すれば株主の利益を優先する必要が生じるため、サウジアラビアはこれまでのようなシェア重視の石油戦略を採れなくなる可能性が高い。

若年層に人気があるとされるムハンマド副皇太子は、「予算の穴」を防ぐために2020年までに補助金の見直しや付加価値税・手数料の導入で年間1000億ドル増加させることを計画している。だが、国民の不満の高まりを甘く見ると予想外のしっぺ返しに遭うことだろう。

原油価格が20ドル割れすると何が起きるのか

増産合意とあわせて市場関係者が注目している米国のシェールオイルの動向だが、米石油サービス会社ベーカー・ヒューズが公表した週間統計(4月8日終了週)によれば、石油掘削リグ稼働数は8基減の364基となった(ピーク時の4分の1以下)。だが、原油生産は1割程度しか減少していない。

2015年後半以降、シェール企業の経営破綻件数が増加しているが、連邦破産法第11条(日本の民事再生法に相当)を申請しても「DIPファイナンス」により、操業を続けているケースが多いことが分かってきた(DIPファイナンス=倒産企業が申し立て直後から計画認可までの期間において事業の価値を維持させるために必要な運転資金を融資する)。操業中の油井の追加生産コストが1バレル=17〜23ドル(4月4日付ロイター)であるため、原油価格が20ドル割れしない限り、シェールオイルの生産が高止まりする可能性が高いのである。このことは、増産合意が不発に終われば、原油価格が20ドル割れにならない限り世界の原油市場の需給調整が進まないことを意味するのではないだろうか。

一方、原油価格が20ドル割れすれば、米企業の業績悪化に端を発して世界全体の株価が暴落する。そうなればサウジアラビアが描いている「原油から投資へ」とのビジョンが「絵に描いた餅」になってしまう。

「たかが原油、されど原油」

サウジアラビア首脳が再度OPECの雄としての自覚を取り戻すことを願うばかりである。

2016年4月15日 JBpressに掲載

2016年4月22日掲載

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