人民元の国際化で中国は世界のマネロンセンターに
「野望」を取り下げて資本規制の強化に戻るべき?

藤 和彦
上席研究員

「中国からの資本流出は緩和しつつある」

3月20日、中国人民銀行の周小川総裁は北京で開催された国際フォーラムで改めて国内外の投資家の不安払拭を図った。

2月の外貨準備高の減少ペース(286億ドル減)は、たしかに1月(995億ドル減)と比べると鈍化していた。また、人民元の対ドルレートが安定を取り戻しつつあるとの観測も出始めていた。

危機的状況の中、トービン税導入案を検討

だが、3月末に人民銀行が商業銀行との間の「先物・先渡し(デリバテイブ)取引」における外国通貨の売り持ち高を公表した(289億ドル相当)ところ、人民銀行の2月の為替介入の規模が市場の予想に比べてはるかに大規模だったことが判明した(4月1日付ブルームバーグ)。

デリバテイブ取引では、相手先(商業銀行)に米ドルの現金を渡すのが数カ月先の契約満期を迎えてからになる。その間、人民銀行は米ドルを温存し、外貨準備を減らさずに済むというメリットがある。しかし人民銀行が結んだ契約の満期が到来すれば、外貨準備は大幅に減少する。数カ月後にはデリバテイブでごまかした分も上乗せされるため、外貨準備はこれまで以上のペースで減少するだろう。

国際通貨基金(IMF)の指針によれば、中国の外貨準備の必要水準は2.8兆ドルである(3月31日付日本経済新聞)。2月の外貨準備高は3.2兆ドルであり、このままのペースで減少すれば今年夏までにその水準に達してしまう。

危機的な状況に追い込まれた人民銀行は、3月に入り外国為替取引に課税する規定の草案をまとめた(3月15日付ブルームバーグ)。

外為取引への課税は、1972年に提唱した米国の経済学者の故ジェームズ・トービン氏にちなんで「トービン税」と呼ばれることが多い。このトービン税の導入は、人民元安を見込んだ投機的取引を防ぐために中国当局がこれまで講じてきた措置の中で、最も強力なものとなる。

ただし、トービン税の導入には中央政府の承認が必要で、導入時期も明らかではない。世界を見渡してもこの措置が成功した事例はほとんどなく、人民元を国際的な準備通貨にするという周小川総裁自らの計画に大きな妨げとなる可能性が高い。

国際金融資本の圧力を弱めようとするために編み出された苦肉の策だろうが、「生兵法は怪我の元」になりかねない。

あの手この手で資金を国外に

敵は外ばかりではない。海外との人脈が多い中国人があらゆる手段を使って資金を国外に移す方策を講じている。

2月は香港からの輸入が前年比で89%増加したが、その主な要因は、企業が実際の輸入額を大きく上回る額を海外に支払っていることにあるようだ(3月9日付ブルームバーグ)。人民元下落が続くとの懸念から、貿易インボイス(送り状)の金額を水増しすることにより、中国政府の資本規制を回避し資金を海外に移しているのだ。

香港の保険商品購入を通して資金を海外に持ち出す動きも活発化している(3月29日付ブルームバーグ)。クレジットカードによる保険商品購入を抑制するため、中国当局は2月以降1回あたりの取引の上限を5000USドルに定めたが、電子送金を介さずに何回も決済端末を通すやり方が早速登場するなど、新規制の有効性が揺らいでいるという。

マネーロンダリング(マネロン)対策の厳しさから、銀行口座の新規開設が困難な米国で、中国人が「口座開設ツアー」を組んで次々と押しかけるという現象も起きている(4月1日付ニューズウィーク)。

米国ではテロリストや麻薬組織からの資金流入に厳重な監視の目を光らせているため、外国人(非居住者)による新規の銀行口座の開設数は減少傾向にある。このような状況にもかかわらず、「シカゴのチャイナタウンにある複数の華僑系銀行では中国のパスポートさえ持参すれば、その場で簡単に銀行口座を開設できる」と言われ、連日中国からの観光客が殺到しているという。

また、豪州では、一人っ子政策で登場した「小皇帝」たちが高額な住宅を購入するために中国に住む両親から資金援助を受けるケースが急増しているという(3月31日付ブルームバーグ)。資金を海外へ移す新手の手法だろう。

売掛債権の回収遅延が大きな問題に

マネロンまがいの手法が跋扈する中で、人民銀行は人民元安を阻止するために悪戦苦闘している。だが、そもそも通貨の価値は当該国のファンダメンタルズに依存する。中国経済そのものが駄目になっては、人民銀行が孤軍奮闘しても「焼け石に水」である。

ここに来て、中国経済に対する懸念はより深刻さを増している。

米経済誌フォーブス(電子版、3月28日付)は、今後1〜3年以内に債務危機に陥る確率が最も高い国に中国を選んだ。中国の債務残高は2008年から2015年6月までの7年半で65兆元(約1100兆円)も増加した(国際決済銀行)が、この間にGDPは36兆元しか増加していない。

かつて日本の銀行貸出残高はバブル期にGDP比で30%増加し、その後約130兆円(当時のGDPの3割)が発生した。中国の銀行貸出残高は2007年からGDP比で30%増加しているため、日本の場合と同様に増加分のほぼ全額(約430兆円)が不良債権化するとの予測がある(富国生命保険株式部参与の市岡繁男氏)。

不良債権問題の顕在化は、利払い不能などの資金繰りの悪化から生ずることが多い。中国では売掛債権の回収遅延が大きな問題として浮上している(3月21日付ブルームバーグ)ことが気にかかる。

ブルームバーグによると、販売完了から現金回収までの期間を示す売掛債権回転日数は中国では83日となり、1999年以来の長さになっている。国有企業の売掛金残高は「過去2年間で23%増の約5900億ドルに膨らんだ」。この額は台湾のGDPを上回る。売掛金を現金化できない企業は、ネット経由のP2P金融など高コストでリスクの高い貸し手に頼らざるを得ない(3月24日付ロイター)。資金の海外流出の拡大が、事態をより一層悪化させていることは間違いない。

1999年と言えば、朱鎔基首相(当時)が改革に大ナタを振るい、国有企業数千社が倒産した時代だった。当時中国のGDPは日本の5分の1だったため、世界経済に与える影響は限定的だったが、今や世界第2位の経済規模となった中国が崩壊すれば、世界経済に与える影響は計り知れない。

「メイド・イン・チャイナ」はもはや安くない

安価な労働力という中国経済躍進の神話も今や昔となっている。昨年の中国都市部の就業者数の伸びは2年連続で2.8%にとどまり、過去20年で最低となった。

英民間研究機関のオックスフォードエコノミクスは3月17日、「中国の製造業のコストが米国と同水準になった」という衝撃的な調査結果を発表した。

それによれば、中国の人件費そのものは日米を下回っているが、中国の生産性が低いために「米国が1ドルで生産できるものが、中国では96セントもかかっている」という。米共和党の大統領候補指名を争うトランプ氏は「中国が為替操作と一方的な貿易政策を通じて米国の中流層を苦境に追いやっている」と非難しているが、トランプ氏が言うほど「メイド・イン・チャイナ」はもはや安くない。

この調査結果を知った中国メデイアは、中核的な産業である製造業が競争力を失われつつあることに危機感を露わにしている。野放図な拡大政策を長期間にわたり実施したことで、人件費の高騰に加え不動産価格の高騰などが招いた製造コストの急上昇は、朱鎔基の時のように「痛みを伴う」構造改革を断行するしかない。

だが、構造改革を実施するには、はなはだタイミングが悪い。2009年の世界的な金融危機後に始まった中国の人件費の急激な伸びが、景気減速に伴い鈍り始めたからだ。

中国当局は、石炭や鉄鋼分野の国有企業を改革する過程で発生する数百万人規模の余剰人員を農業や林業、公共サービス部門へ配置転換しようとしている。だが、配置転換により賃金が下がることは避けられない。これにより労働者の購買力が低下するため、経済を消費主導型へ移行させるという政府の方針にとって猛烈な逆風となる。

このような状況では果断なる構造改革は極めて困難だ。だが、これを実現しないと「製造業」という金の卵を台無しにしてしまう。

「人民元の国際化」という野望は時期尚早?

フィナンシャルタイムズによれば、今年に入って3月16日までに中国資本が「海外企業狩り」に使った金額は1020億ドルに達し、昨年1年間の金額(1060億ドル)に肉薄している。世界全体のM&A総額が減少する中で中国企業だけが突出している。

「進撃のチャイナマネー」と言いたいところだが、中国経済の破綻を目の前に「チャイナマネーのエクソダス(脱出)」が起きているととらえた方が実態に近いのではないだろうか。

人民銀行の周総裁が人民元の国際化が進まない状況に苛立ちを示していることとは裏腹に、中国の資本規制が緩和されるにつれて、「中国は世界の犯罪組織のマネーロンダリングセンター」(3月28日米AP)との評判が急速に高まり、欧米各国がこぞって調査の強化に乗り出している。その状況は皮肉以外のなにものではない。

中国経済のバブル崩壊を防ぐためにも、世界の治安を改善するためにも、中国政府は「人民元の国際化」という時期尚早の野望を一刻も早く取り下げ、資本規制の強化に戻るべきではないだろうか。

2016年4月8日 JBpressに掲載

2016年4月15日掲載

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