介護保険施行15年の経験と展望:福祉回帰か、市場原理の徹底か

開催日 2017年1月11日
スピーカー 鈴木 亘 (学習院大学経済学部教授)
モデレータ 殷 婷 (RIETI研究員/明治学院大学経済学部非常勤講師/大阪大学社会経済研究所招へい研究員)
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開催案内/講演概要

日本の公的介護保険制度が2000年度に施行されてから、15年余りの月日が経過した。本セミナーでは、その15年の経験を経済学の観点から振り返り、その評価や課題について総括するとともに、今後の改革のあり方について提言する。

もともと2000年に介護保険制度が創設された主な理由は、それまで福祉行政の「措置制度」として、規制でがんじがらめであった介護サービス市場を民間開放し、介護サービスの供給量を一気に拡大することであった。その試みは当初成功し、過重な家族介護が次々に社会化されていった。しかし、その後の度重なる「非市場的」な財政抑制策により、制度の使い勝手は急速に悪化した。今後のさらなる抑制策実施は、介護保険を「措置へ先祖返り」させるものであり、制度創設時の努力・成果を無にしかねない。

この財政抑制の負のスパイラルから抜け出すにはどうすればよいのか。初心に返って市場原理を徹底させることこそが正しい解決策である。具体的には、介護版MSA(Medical Saving Account)導入による積立方式への移行、公費投入率の縮小による給付・負担バランスの確保、混合介護導入による価格の弾力化・自由化、(広義の施設も含む)施設介護分野における参入規制の撤廃、家族介護への現金給付の導入、保険運営の民営化などを行い、制度的に作られた市場の歪みを正すことが必要である。

議事録

介護保険導入の目的

鈴木亘写真2000年に開始された日本の介護保険制度は、世界に誇るべき制度です。1割の自己負担でこれだけ多くのサービスが受けられる例はなく、世界で最もジェネラスなシステムといえます。

介護保険開始前は、自治体が特別養護老人ホームやホームヘルプサービスを行っていましたが、あくまで福祉の措置制度(資力調査付き救貧制度)で、介護を必要とする人が急増して、対応しきれない状況になりました。また、医療保険(老健制度)にフリーライドする形の社会的入院の増加、家族介護への過重な負担も社会問題化しました。

そこで、政府は介護保険制度を導入することで民間のサービスを社会の中にたくさんつくり、介護を社会化しようとしました。方向性としては大変正しかったと思います。また、保険はつくっても福祉サービスが供給されない状況では困るので、民間の活力を生かすために市場原理を導入して供給を一気に増やそうとして、それなりに成功しました。

経済学の観点から導入目的を再解釈すると、制度開始前には逆選択、モラルハザードなどにより民間の介護保険が成立しにくく、家族介護も介護を提供する代わりに財産を残す戦略的遺産動機や、夫婦の場合はリスクシェアリングなど、一種の保険や市場だったのですが、それらが成立したのは情報の非対称性がないからです。しかし、量的には全く不足していたのでいろいろな問題が起こったため、政府が強制的に皆保険にして市場の失敗を是正したと考えることができます。

ですから、なるべく市場の失敗がなかった場合に、市場がつくり出している状況に近似すべきなのですが、従来の福祉制度に比べれば、現実の介護保険も民間の力を大いに入れるという意味で、かなり進歩的な考えでつくられたものと評価できます。

介護保険導入の評価

介護保険の対象者、利用者は15年でともに増え、とくに多くなったのは軽要介護度の認定者(3.26倍)、分野的には居宅サービス(3.94倍)です。供給側も総じて増えており、とくに訪問介護や通所介護などの居宅サービス分野が非常に増えており、在宅の分野では民間の株式会社などが提供できる有料老人ホームやグループホームなどのサービスの増加が突出しています。

介護総費用も、導入当初の約3兆6000億円から現在は10兆円を超えています。老人福祉サービス給付費も介護保険導入により大変な勢いで増えており、費用的に見ても介護保険ができたことでマーケットが相当広がり、リスクをカバーする範囲が広がったといえます。

家族介護から社会的介護への転換にも、それなりに効果はありました。介護者1人当たりの介護・看護時間は介護保険導入以降減少していますし、同居の介護者における介護時間も減っています。

改定の流れ

ただ、大変な勢いで介護保険給付費が増えたことですぐに急激な引き締めに入ってしまい、介護報酬は2003年には-2.3%、2006年には-2.4%の改定が行われました。民主党政権時にプラス改定がありましたが、昨年はまた大きなマイナス改定になっています。

制度改正で最も大きかったのは、2005年の改正です。「要支援」というカテゴリーをつくって軽要介護度の人たちを分け、介護報酬や利用できるサービスを減らし、介護予防を名目に軽要介護度の人たちを対象から外し始めました。他にも、施設介護の食費や居住費などの自己負担を増やしたり、有料老人ホームも総量規制に入ったりしています。

2008年改正では、市町村にいろいろな権限を下ろし、法令遵守のための管理体制を強化するとともに、立ち入り検査権を創設しました。

2011年改正では、地域包括ケアの考え方が取り入れられました。地域包括ケアセンターは市町村が運営している公的部門なので、そこに要支援の介護を任せてしまうことになり、民間の入る余地はありません。また、市町村が介護保険事業計画をしっかり立てて計画的に行っていくことになり、だんだん計画経済化していきました。

2014年改正では、要支援者を完全に市町村に任せて介護保険から外し、自己負担もそれぞれ引き上げました。2025年を見据えた介護保険事業計画を市町村に立てさせて、供給量の調整などもしながら、だんだん中央集権化していく流れになっています。

実際に介護総費用や介護サービス事業所数の伸び率を見ても、これらの改正によって縮小効果があったことは明らかです。

改革の総括

最初は市場原理を取り入れた介護保険をつくったのですが、財政を引き締めるために介護報酬引き下げや総量規制の拡大、給付範囲の縮小、自治体による管理・規制の強化、介護報酬の診療報酬化、事業計画の強化、中央集権化、応益負担から応能負担への転換など、改革手法として非市場的な手段を用いてきました。これは総じて見ると「福祉への回帰」「措置への先祖返り」であり、当初の意図や成果が失われてきているのではないかと思わざるを得ません。

現在生じているいろいろな問題の多くも、財政の抑制に起因するものです。たとえば、介護労働力不足が非常に深刻なのは、経済学的に見ると価格規制をしているからです。介護市場は人件費の比率が非常に高いので、介護報酬でほぼ賃金が決まってしまうのですが、アベノミクスで他産業の賃金がどんどん上がっているときに財政を抑制しようとして介護報酬を引き下げれば、労働力が不足するのは当たり前です。

施設の高齢待機者の問題も、価格規制や参入規制が根源なのは明らかであり、非市場的な手段を使っていることに原因があります。その出口として使われるのがブラックマーケットで、消防設備もないような無届施設やお泊まりデイなどは、規制の一種の副作用といえます。

労働生産性が低いまま伸びないのも当然で、価格規制で努力しても努力しなくてもサービスの価格が一律なので、努力する意味がないわけです。創意工夫の余地もないので、介護産業の労働生産性はこの20年ほど全く変わっていません。

そして、価格が多少動けば、労働力不足になって賃金が上がってしまいます。労働者があまり使えないと、経済学の法則では機械やロボットなどを導入するインセンティブが働くのですが、公的に価格を抑えているのでそういう動機も働かず、革新的技術もなかなか取り入れられません。モデル事業的に補助金を出したりもしていますが、インセンティブがないのでなかなか広がらないのが現状です。

抜本的改革の方向性

最大の問題は財政の維持可能性で、総報酬割の導入や自己負担の引き上げ、対象年齢引き下げ、軽要介護度外しなどの対症療法的な措置では根本的には解決できません。介護サービス受給者数も介護給付費も2060年ごろまでは明らかに伸びていくので、今の方法をこのままずっと続けていくと、どんどん使い勝手が悪くなっていくと思います。付け焼き刃の政策では将来はないので、そろそろ財政制度自体の抜本的改革を考えなければなりません。

そもそも日本の介護保険は、保険の原理から逸脱した保険料の設定になっています。生命保険で年を取ると保険料が上がっていくのと同じで、介護リスクも年齢が上がれば高まるので、保険数理的にはリスクに応じて保険料を高くしていかなければならないのですが、現実の保険料は40〜64歳と65歳以上でほぼ同一です。

また、半分を公費(税金)で賄っていることも、保険の原理から逸脱しています。公費を払っているのはほとんどが勤労世代ですし、保険料も、本来であればリスクに応じて高齢者が多く払わなければならないところを低く抑え、その分だけ勤労者の保険料を高くして、現役世代の保険料に負担を移転させています。つまり、全体を通して若い人たちが高齢者を支える仕組みになっているのです。

今後は若い人たちが減って高齢者が増えていくわけですから、保険が持つわけがありません。若い人が高齢者を支えるという仕組みを取った時点で、今のようなことが起きることはほぼ明らかだったのです。本来であれば、年金のように「積立方式の長期保険」で制度設計すべきだったと思います。

それが実質的な「賦課方式の短期保険」になった理由を考えると、介護保険をつくるときはそのときの高齢者を救おうとしていたわけですから、その人たちに「積立金がないから使えません」と言うわけにはいきません。政治的にその時点での高齢者がちゃんと使える制度を設計したいと考えるのは当たり前で、賦課的な要素を入れざるを得なかったのです。そして、公費の割合が非常に高いのは、もともと福祉措置の仕組みを公費で行っていたので、その連続性という問題もあったためです。

出発点で賦課方式になったことは、仕方がなかったのです。問題は、財政維持が困難になることは最初に制度をつくったときから明らかだったにもかかわらず、徐々に制度設計を変えていくことを考えなかったことです。

メディカル・セービング・アカウントの導入

今から積立方式で設計していくのはなかなか難しいことですが、切り替えやすい方法で積み立ての要素を入れていくような、今の制度と親和的な方法はあります。それは、介護版のMSA(メディカル・セービング・アカウント)です。シンガポールで導入されていますが、介護版MSAを入れて、徐々に積み立ての要素を増やしていくことは今からでも可能だと思うので、考えてはどうかというのが私の提案です。

MSAとは、一種の貯金です。個人の銀行預金の一部が介護にしか使えない預金になると考えてください。ただ、税金は一切取られません。今の若い人たちは、高齢者になるまで時間があるので、労使折半でMSAに保険料を蓄えていき、その支出は介護保険の保険料と自己負担に充てます。

問題は、現在の高齢者やもうすぐ高齢者になる人たちは全く残高がないことです。ここで注目すべきは、現在の高齢者たちは介護や医療の将来不安から、予備的貯蓄を結構持っていることです。その一部をMSAに拠出してもらうのです。たとえば1000万円のMSAをつくる場合、自分の貯蓄から500万円を入れる代わりに、国が同額を補助します。つまり、現在の高齢者には、自分でも出してもらうけれども国も出すという形でMSAをつくるということです。

現在の高齢者にだけ特別にそういうことをするわけですが、それは今でも公費を半分入れているので、その代わりです。最初のイニシャルオールドに対する1回限りの大盤振る舞いをするわけです。その際、資産額に応じて補助に多寡をつけるというような応能的な要素を入れると、納得しやすいと思います。

さらに、シンガポールの制度もそうなっているのですが、MSAを使い切らなければ、子や配偶者に無税で相続できる制度にします。使わずに健康な状態で老後までいけば、年金として使ってもいいことにします。そうすると、かなりお得な感じになります。

現在の高齢者に対しては最初の拠出に対して公費を入れますが、公費の投入は将来的にはゼロにできます。そうすることで、公費が介護保険を縛る状態からだんだん抜け出すことができるわけです。ただ、低所得の若者や失業者に対しては、補助があってもいいと思います。

あらためてまとめると、MSAの良い点は、将来的に積立方式になるので、財政の縛りから抜け出すことができることです。将来的に公費を減らすこともできます。もう1つは、MSAは基本的に個人勘定なので、自分のものです。そうすると、なくなるのは嫌なので、自分の貯蓄口座がなくならないように一生懸命努力して健康を保とうとします。そのような動きは、実際にシンガポールでも起きています。使わなかった分は相続したり、自分で年金として使えたりするとなれば、自分で健康を気遣うようになるということです。

つまり、MSAを導入すれば、なるべく要介護状態にならないようにするインセンティブが働くわけです。今の介護保険は、要介護度が上がった方がいろいろ使えるようになるので、むしろ要介護度を上げる方のインセンティブがあるくらいです。介護予防のインセンティブが働くのはいいことですし、相続できれば家族も健康を気遣うようになると思います。

この方法は1つのアイデアではありますが、賦課方式には将来がないことは明らかなので、積み立て的な要素を入れて、年齢に応じて保険料が上がっていく仕組みにすべきだと思います。今の介護保険の総枠自体は変える必要はなく、保険料の取り方だけを変えればいいのです。高齢者になると高くなる保険料に若いうちから備えるようにし、自分でお金を持っている人はMSAに入れてもらう方法にしていくと、財政の問題を解決する手段の1つになると思います。

MSAを導入すると、介護保険の運営を市町村にやらせておく必要はなくなるので、民営化が可能になります。たとえば民間の保険会社が運営すれば、もう少し使い勝手の良い仕組みになり、技術革新のインセンティブも働きます。個人に合わせた保険メニューの柔軟化、要介護度改善へのインセンティブ付け、介護産業の自由化(価格規制、参入規制の撤廃)、家族介護への現金給付など、市場のゆがみ是正に向けた次のステップを踏むことができるでしょう。

財政方式の変更についてそろそろ本腰を入れて考えていかないと、制度の維持は難しいと思います。賦課方式で保険料を払い終えたのだから、介護保険のサービスを受けられるのは当然だという年金のような考え方をする人が大勢になれば、介護保険は既得権になってしまいます。今のままでは本当に先がないので、MSAの導入を検討してはどうかというのが今日の結論です。

質疑応答

Q:

私はまだ福祉の考え方が根底に色濃く残っていて、整理が不十分なままだと思います。低所得者には別の形で福祉手当をすべきだと思うのですが、そこが混乱している印象があります。それから、規制緩和していく必要がある一方で、制度的なイナーシャ(慣性)ができているので、これを変えるのは大変なことです。現に介護している人たちへの手当がどうなるのかという不安もあると思うので、それを考えていく必要があると思います。

A:

私も福祉が非常に色濃く残っていると感じています。自治体の発想は完全に規制側です。それを変えていくインセンティブとしては、やはり価格を少し自由化することが最も効くと思います。つまり、努力や創意工夫をすると多少料金を取れるようにするわけです。今、東京都では、混合介護を小池百合子知事に提言してもらって、カリスマ的な人や付加的サービスには、介護報酬よりもやや高く取ってもいいという抜け穴をつくろうとしているのですが、総攻撃に遭っているところです。低所得者に対しては都が別途、バウチャー的な手当をすることも議論しています。

Q:

積立方式では、介護給付費は拠出した金額に応じて決まるのでしょうか。

A:

年金ではないので、給付と拠出を厳密にリンクさせる必要はないと思います。保険料を払った分だけ使わなければならないことはないと思うので、使わない人も出てくるけれども、世代全体で見ると収支とんとんぐらいでいいと思っています。介護の場合は、要介護度別に価格が大体決まっているので、ものすごく高額な保険料が発生することはなく、破産はあまり考えなくていいと思います。もし使い切ってしまう可能性があれば、再保険のようなものを入れるのも1つの考え方だと思います。

Q:

保険では必ず保険料を払えない人がいます。そういう人たちは福祉の世界でカバーするのでしょうか、それとも保険の中で再分配するのでしょうか。

A:

非常に低所得者の場合は、公費で払ってあげて保険に入れてあげる仕組みが現実的な気がします。実際、シンガポールもそうしています。ただ、そこをうまく設計しないと、公費でもらえる人が半分では保険ではなくなるので、そこは限定する必要があると思います。

Q:

MSAの制度は、使い切ってしまったらどうするのですか。公的に埋めることで割り切るのでしょうか。あるいは、使い切れば公的に面倒を見てもらえると考えると、みんな十分貯蓄しなくなってしまうのではないでしょうか。

A:

まず1つは、平均的に見て使い切らない金額をためさせることです。たとえば介護保険を使って老人ホームに10年ぐらい入ると約3000万円が必要なので、3000万円をためるターゲットを設けて、強制的にためてもらうのが1つです。どうしてもためられない低所得者は公費で援助しながらになります。

けれども、中には長生きしてもっと使うこともあるので、その場合は保険的な要素を入れて対応するというのが1つの考え方です。もう1つ、生活保護という手もありますが、なるべく生活保護を使わないで済むような金額を設定することが必要です。

Q:

女性の方が要介護認定率が高く、平均寿命も長いので、介護版MSAでは女性の方が多く積み立てる必要がありますが、女性の賃金は平均的に低いので、そんなに多く積み立てられないと思います。この辺の問題をどう解決していくのでしょうか。

A:

現実的には世帯単位のMSAで、夫婦は夫婦で、家族は家族で備えてもらう方法で引き継げる形にせざるを得ないと思います。

Q:

積み立て方式にすると、マクロ経済的なショックに対して弱くなると思うのですが、その安定性をどう考えればいいでしょうか。

A:

それも考えていかなければならない問題です。本当に大きなショックに対しては、賦課的な要素も考えなければなりませんが、年金と同じで震災や戦争などのショックは世代間で対応するしかないので、それは仕方がないという考えに立つしかないと思います。マクロ的には少子化でサービスを提供する人がいなくなることが最も困る要素です。ですから、介護労働者を海外から入れて、少子化に対応することにも併せて取り組んでいかなければならないと思います。

Q:

料金のコントロールを完全になくしてしまうと、果たして保険がうまく成立するのかという不安があると思うのですが、どのようにお考えでしょうか。

A:

民営化すれば、サービスが中身のあるものであれば、価格がどんどん上がってしまうのも問題ないわけです。情報の非対称性などで、中身は良くならないのに価格がどんどん上がっていくようなことが起こると困るのですが、介護保険についてはそれほど情報の非対称性は大きくないと思います。それから、民間保険を入れることのもう1つのいい要素は、民間保険が情報の非対称性に対する牽制力になることです。ですから、医療に比べればそれほど問題はないのではないかと考えています。

Q:

被介護者(消費者)側の自己選択を強め、それを制度的に分かりやすくすることが大事だと思いますが、制度改正を見ると全く逆行していると思います。その辺を変えていかないと制度がうまくいかないと思うのですが、どう思われますか。

A:

自分のお金を払って何かしなければならないとなると、人任せにはできなくなるので、MSAを使うことで自己選択が進む要素が出てくると思います。それから、民間の保険になれば、創意工夫の余地がいろいろと出てくると思いますので、そうなれば保険の自己選択がだんだん進んでいくと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。