世界経済見通し-「抑制された需要-症状と治療」

講演内容引用禁止

開催日 2016年11月30日
スピーカー 柏瀬 健一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所エコノミスト)
モデレータ 石川 靖 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
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開催案内/講演概要

国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所(OAP)シニアエコノミスト柏瀬健一郎氏が、「世界経済見通し(WEO) 2016年10月」について講演します。

議事録

世界経済の趨勢

柏瀬健一郎写真「世界経済見通し」が発表(10月初旬)される前の、直近数カ月の世界経済の状況に基き、発表させて頂きます。先進国・地域では経済成長が見通しをやや下回る一方で、新興市場国・地域では経済成長が改善し、資本流入も回復しています。

その背景には、資源価格の部分的な回復、とくに原油価格の顕著な上昇による、金融市場のセンチメントの改善があります。インフレ率が非常に低い状況で推移する中で、ボラティリティが落ち着き、株価が上昇して国債の利回りもかなり下がってきています。

先進国・地域と新興市場国・地域が置かれている状況には、異なる部分もあれば共通した部分もあり、景気動向にはばらつきが見られます。先進国・地域では世界金融危機からの回復度合いによってかなり異なりますし、新興市場および途上国・地域では困難な状況に直面しているところもあれば、急速に拡大しているところもあります。

先進国・地域では、金融危機後、インフレ率がかなり低い状況で推移しており、金融政策も引き続き緩和政策が維持されています。その中で、出生率が下がり、労働人口の伸びも徐々に縮小。生産性の伸びも鈍化しており、低金利や貿易の減速も相まってセキュラー・スタグネーション(長期経済停滞)が懸念される状況が今後も続くとみられます。

片や新興市場国・地域では、中国のリバランス(再調整)の動向や、資源価格の低下への対処が鍵となります。人口動態については先進国・地域と同様のことがいえる国もあり、成長率のコンバージェンス(収斂)の減速や、貿易の減速も大きな懸念材料となっています。

低成長を取り巻く要因には、恒常的なもの(生産性の低い伸び、人口動態、需要低迷、低い実質自然利子率)、現在進行中で調整局面にあるもの(中国の再調整、資源輸出国の調整)、有効な政策の欠如・不在(デフレの罠、低成長に転落するリスク)、政治的ショック(英国のEU離脱、移民・難民危機、保護主義の台頭)の4種類があります。

世界経済の見通しを立てる上で前提とした条件はいくつかありますが、1つは金融政策が今後も緩和的スタンスを維持することです。米国の利上げペースは来年も緩やかであると見ました。もう1つは資源価格の回復は限定的であるということです。原油価格のベースライン予測は引き上げましたが、原油以外の資源価格は、農産物価格は主に供給増加により下落の見通し、金属価格も現在の水準よりも下落の見通しと、下方修正しました。

短期的予測(2016〜2017年)

先進国・地域のGDP成長率は、2015年の2.1%から2016年は1.6%に減速しますが、2017年は1.8%と少し持ち直すと予測しています。2016年の減速は、第2四半期における米国の成長率が思ったよりも弱かったことを強く反映しています。これは主に設備投資が弱かったことに起因していますが、英国のEU離脱の影響も当然あります。

新興市場国・地域のGDP成長率は、2015年の4.0%から2016年は4.2%、2017年は4.6%と徐々に回復し、2021年には5.1%まで回復すると予測しています。ただ、成長率にはばらつきが見られ、ストレス下にあった国(ロシア、ブラジルなど)はこれから段階的に正常化し、景気の後退局面に入りつつある、または深まりつつある国(ナイジェリア、ベネズエラなど)では非常に難しい状況になると予測しています。また、インドや東南アジア諸国連合(ASEAN)、サハラ砂漠南部のアフリカの一部の国・地域は引き続き高い成長率を維持すると思われます。

中期的予測(2017年以降)

中期的な見通しを立てる上での前提は、ストレス下にあった国や資源輸出国は、段階的で緩やかな成長へ回帰していきます。中国経済の漸次的な鈍化とリバランスが今後も続き、その他の新興市場および途上国・地域、とくにインドなどでは力強い成長が今後も予測されています。

2021年の先進国・地域の実質GDP成長率は1.7〜1.8%で推移するとみられ、上向きに伸びていく感じではありません。一方、新興市場および途上国・地域は5.1%ぐらいまで伸びていくと予測しています。これを1995〜2015年の平均値と比べると、先進国、新興市場・途上国ともに低くなっていますが、世界における実質GDP成長率は、おおむね一緒です。つまり、ウエイトの変化が世界経済見通しの今後の成長率を後押ししている状況です。

これは、新興市場・途上国、とくに中国をはじめとするBRICsなどのウエイトが増すためです。しかしながら、依然として下振れリスクが見通しを支配しているのが現状です。その背景には、6つの要素があります。1つ目は、保護主義です。内向きの政策アプローチが、貿易や統合に下向きの圧迫を与え、企業の投資や採用に関する決定を遅らせることにつながっています。

2つ目は、先進国・地域の停滞(スタグネーション)です。需要不足の長期化が先進国・地域の低成長・低インフレを引き起こし、それが根付くことが懸念されています。

3つ目は、中国経済の移行です。中国のリバランスは想定以上に困難を伴う可能性があります。与信への依存度が引き続き高いことや、リストラの進展が見られないことから、調整が混乱を伴うリスクが高まっている状況です。

4つ目は、新興市場国・地域における金融環境の悪化です。一部の主要な新興市場国・地域では、引き続き脆弱性(膨大な企業債務、収益性の低下、脆弱なバランスシート)が見られ、政策バッファーの再構築の必要性があります。それらの国は、依然として投資家の信認の急激な変化に影響を及ばされやすい状況下にあります。

5つ目に、経済以外のショックもあります。東・南アフリカの干ばつ、中東およびアフリカの内戦や内紛、近隣国や欧州の国々への難民流入、テロ、ジカウイルスの流行など、さまざまな要因が市場のセンチメントに打撃を及ぼす可能性があります。

6つ目に、上向きの可能性もあります。バランスシートの修復や構造改革を実施し、短期的な需要を下支えする包括的な政策措置を取ることで、より強固な世界経済の成長を促進することもできるかもしれません。このように、できるだけバランスの取れた見方をするよう努めています。

先進国・地域の経済動向

先進国・地域の経済回復のばらつきを見るために、金融危機以前からの経済成長トレンドを比べてみると、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペインなど金融危機で大きな打撃を受けた国は依然として経済成長トレンドが金融危機以前を下回っていますが、日本はそれほどでもありません。その他の先進国・地域もだいぶ回復してきています。

需給ギャップも2016年はほとんどの国がマイナスですが、最大時のマイナス幅よりも小さくなっている国もあれば、あまり変化が見られない国もあります。労働市場も依然として低迷していますが、失業率がだいぶ回復してきている国もあれば、依然として低迷状態の国もあります。人口動態を見ると、生産年齢人口の増加率はいかなる国・地域も低下する見通しで、先進国・地域や中国にいたってはマイナスに転じる見込みです。そうした状況を背景に、生産性の伸び率が重視されているといえます。

雇用、固定投資、GDPの2014〜2016年における推移を見ると、投資の低下をある程度相殺する形で雇用が伸びています。また、潜在成長率も下向きに改定されており、私たちが懸念しているスタグネーションが読み取れます。さらに、低インフレ国がどんどん増えていることも大きな懸念材料です。そうした中で、長期金利も下方修正されています。

新興市場および途上国・地域の経済動向

「世界経済見通し」が発表される前の9月頃までにおいて、新興市場および途上国・地域では、資本流入が回復してきていました。特に負債ポートフォリオとその他の投資の減少幅がだいぶ小さくなり、それが回復に影響を与えています。

中国に目を向けると、GDPに占める産業の割合が縮小し、サービス業が伸びています。投資の割合も同様に縮小する中で、消費が伸びてきており、リバランスが進んでいます。また、資本流出圧力が減少していることも中国におけるポジティブな動向の1つです。加えて、オンショア人民元とオフショア人民元の為替レートの乖離がなくなってきたことも、市場の透明性を高める上で非常に大きな役割を果たしています。一方、大きな懸念材料としては、引き続き与信依存度が高いということがあります。

また、中国からのスピルオーバーも懸念材料の1です。たとえば中国の工業生産が減少すると資源価格にネガティブな影響を与えますが、資源輸入国であるアジア諸国は恩恵を受けます。しかし、中国の最終需要が減少した場合、当然アジアの対中国に対する貿易輸出量も減るので、ネガティブな影響を受けます。一方、資源輸出国は、資源価格が下落するとネガティブな影響を受けるので、貿易による影響も、資源価格の下落による影響もネガティブの方向に動きます。

仮に中国の経済成長率がさらに5%低くなった場合、原油輸出国は当然大きくネガティブな影響を受けます。しかし、アジアは原油輸入国なので、インパクトはユーロ圏などと比べると低くなります。つまり、中国からのスピルオーバーによって、新興市場・途上国ではコンバージェンスの減速が生じる懸念があるわけです。

世界貿易は広範に減速しています。2003〜2007年と2012〜2015年の実質輸入の平均伸び率を比べると、ほとんどの国で2012〜2015年が下がっています。要因は、保護主義が台頭してきていることと、グローバル・バリュー・チェーンの参加率が低迷していることに加え、一番大きいのは外需の伸びの低迷です。

その中で、世界のGDPシェアの40%を占め、世界経済成長率への寄与度では3分の2、人口比では過半数を占めるアジアは、世界経済を牽引し続けるエンジンとしてますます重要になっていくとみられます。よりバランスの取れた包括的な成長を遂げていかなければなりません。GDP成長率が徐々にフラットになってきている中で、アジアには先進国・地域の「新たな凡庸(new mediocre)」のリスクに対する準備が求められます。

「新たな凡庸」はアジアにとって何を意味するか

アジアで見られる「新たな凡庸」の兆候には、一部の国で長期金利が低下していること、一部の国で自然利子率が低下していること、低インフレが広がりつつあること、人口動態が逆風になりつつあること、生産性の伸び率が低下していること、そしてアジアにおける貿易の減速が挙げられます。

1990年以前に高度経済成長を遂げたアジアの国々では、所得格差があまり広がらない状態で成長しましたが、1990年以降に高度経済成長を遂げた国、とくにインドや中国では、成長が所得格差の拡大にもつながっています。それに伴い、社会支出の必要性も出てくるわけですが、アジアでは教育費や医療費、または社会的保護に対する支出が比較的少ないという問題があります。

また、アジアの新興市場・途上国において、金融市場におけるレバレッジが高いことも懸念材料の1つです。企業だけでなく、家計債務比率が非常に高いことも懸念され、とくにタイやマレーシア、中国などで高くなっています。

そして、世界貿易の減速と保護主義が、アジアに大きな打撃を与える可能性があります。われわれが「新たな凡庸」を懸念しなければならないのは、低成長がこうした問題をさらに悪化させてしまう可能性があるからです。

金融・財政・構造政策への影響

「新たな凡庸」を見据えて検討すべき課題は、今後インフレ期待をどのように固定するのか。非伝統的金融政策(量的緩和、マイナス金利)にどのように備えるか。非伝統的金融政策が実施された場合、副作用が当然あるわけで、それにどのように対処するか。いろいろなリスクを伴う中で新興国がどのように金融セクターの安定を保つのか。副作用に対してマクロプルデンシャル政策はどれくらい効果的かなどです。

需要支援は、金融政策や金利政策だけでなく、財政政策とミックスして実施していくことが重要です。アジアが財政政策を行うことができるかどうかを考えるときには、財政の余地がどれだけあるかを見る必要があります。一般政府の総債務残高の対GDP比率が高く、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のスプレッドが高い国は財政の余地が既になく、これから財政政策を取っていくことはやや難しいと言わざるを得ません。

そこで、アジアにおいて生産性の伸びを引き上げるためには、各国の状況に応じた構造政策を取る必要があります。豪州ではインフラ投資、日本や韓国では労働市場改革、インドでは公共投資の効率性の向上、中国では過剰な企業債務の解消など、それぞれ政策は異なりますが、構造改革を行えばポジティブな影響が働くことが分かっています。

以上、世界貿易が減速し、保護主義がますます台頭する局面にあって、アジアはその影響を免れることはできませんが、「新たな凡庸」のリスクに備え、よりバランスの取れた包摂的な成長を実現し、これからも世界の経済成長を牽引し続けていかなければなりません。

質疑応答

Q:

今回の米大統領選の結果を受けて、次回1月に発表される経済見通しはどのような方向性になるのでしょうか。保護主義は経済見通しの中でどのように分析されるのでしょうか。

A:

米国の経済成長率が世界経済に及ぼす影響を考える時には、とりわけ、その世界貿易に及ぼす影響や、金融市場に与える影響を見ていく必要があります。トランプ氏が大統領に就任してから、どのような政策を取っていくのかを見極め、それが米国経済と世界経済にどのような影響を与えるかを分析する必要があります。保護主義の影響に関してですが、今回発表された「世界経済見通し」の第2章で詳しく分析しておりますので、そちらをご参照下さい。

Q:

世界貿易減速の背景には、資本の移動と各国の内製化の動きがあると思うのですが、どのように見ていらっしゃいますか。

A:

「世界経済見通し」の第2章に載せられた回帰分析の結果から、それよりも大きな要因は需要の伸びの鈍化だと考えています。当然、回帰分析では説明できない他の要因もあり、内製化もその一要因だと思います。

Q:

IMFは以前、新自由主義的な政策を主張し、資本の移動に関して推進的でしたが、年次総会では、格差拡大は資本移動の自由化が原因であるとして批判的だったと聞きました。とても興味深かったのですが、そういった声はあったのでしょうか。

A:

アジア危機以前は資本の動きに対して、もっと自由であるべきというスタンスでしたが、現在では、資本移動の自由化をどの国においても推進しているわけではありません。資本の流動性が時には予想外の影響を与えることもあり、それに関して、どのような政策を取っていくかは各国に委ねられています。

Q:

実体経済において、需要の拡大はどの程度見込めるのでしょうか。

A:

政策のミックスを考えていく必要があります。金融政策のみならず、財政政策も出動し、需要の拡大を図っていく必要があります。財政出動の余地がない国においては、構造改革を進めていくべきでしょう。アジアでは、これから生産年齢人口の伸び率が下がっていく中で、生産性の伸びを引き上げていかなければなりません。それには、当然インフラを整えていく必要があります。また、G20における政策のコーディネーションも非常に重要だと思っています。そのような政策を含めて考え、その中で需要の拡大がどの程度見込めるのかを、判断していく必要があります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。