国民経済計算(SNA)と基準改定-2008SNAへの対応-

開催日 2016年10月12日
スピーカー 長谷川 秀司 (内閣府経済社会総合研究所(ESRI)国民経済計算部長)
モデレータ 井上 誠一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局調査課長)
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開催案内/講演概要

今年末、我が国の国民経済計算(JSNA)は、16年ぶりに準拠する国際基準を変更し、「1993年SNA」から「2008SNA」に移行する予定である。
「2008SNA」では、「ニューエコノミー」の展開、グローバリゼーション、金融市場の発展等近年の経済・金融環境の変化を織り込んだ各種の概念・範囲の変更を行っている。例えば、企業の研究・開発(R&D)は、従来、生産活動にて中間消費される扱いだったが、「2008SNA」では知識ストックの蓄積(固定資産の「知的財産生産物」)と捉え、最終需要の総固定資本形成に計上することになる。また、これまで捕捉・計上していなかった雇用者ストックオプションが、新たに雇用者報酬や金融資産に記録される。
本セミナーにおいては、このような「2008SNA」の特徴や基本的な考え方、またGDP等マクロ経済の各集計値への影響について説明し、統計ユーザーの利便性の向上に資することを目指したい。

議事録

SNAの概要

長谷川秀司写真私ども内閣府経済社会総合研究所(ESRI)は、国連が定めた国民経済計算(SNA)に則しつつも、あくまで日本独自のものとしてJSNAを作成しています。今年末には約5年に1度の基準改定を控えており、その際に最新の国際基準2008SNAに16年ぶりに対応することになっています。

SNAは、フローの体系として、産業連関表という非常に大規模なインプット・アウトプットのデータをベースに、国際収支統計を加え、生産・分配・支出(GDP)、資本蓄積、対外経常収支などを作成し、さらにストックの体系として貸借対照表を整理し直し、国全体の非金融・金融資産、負債の統計を作成しています。

1953年から何度か改定が行われ、わが国では2000年に1993SNAを適用しました。そのときの主な改定内容は無形固定資産(ソフトウェア関係)の資本化でしたが、2008SNAはそれをさらに進めて「知的財産生産物」と名称変更し、新たにR&Dも含めて資産化することになりました。また、兵器システムの資本化、金融資産の多様化にも対応しています。

2008SNAとJSNAの次回基準改定

1993SNAの国際的議論が終わったのは1990年ごろですが、当時はデリバティブのような金融商品もそれほどなく、企業のグローバルな生産拠点の最適配置も大きくは進んでいない時代でした。1993SNAはその頃に設定された会計基準で、現在、わが国はその基準を使っているので、経済・金融環境の変化に対応した新しい会計基準に合わせるのが、今回の改定です。

2008SNAの改定内容は、4つの分野に集約されます。

1つ目は、非金融(実物)資産の範囲の拡張です。生産活動における知的ストックの重要性が増した結果、研究・開発(R&D)や兵器システムの資本化が必要になってきました。その他に、われわれの方でも少し分類を整理しました。

2つ目は、金融の多様化、国際会計基準の変化に対応して、金融資産・負債をより精緻に記録することになりました。デリバティブは現行でも金融資産としてカウントしていますが、雇用者ストックオプションはカウントしていません。しかし、企業にとって役職員に対する重要なインセンティブになってきているので、しっかりと記録します。また、企業年金受給権の記録についても改善することにしています。

3つ目が、一般政府や公的企業の取り扱いの精緻化です。つまり、プライマリーバランスの推計方法の取り扱いを変更します。

4つ目に、グローバル化への対応です。どちらかというと、会計を変えたというよりも、会計原則をより徹底しました。国内工場だけでなく、海外の工場を含め生産プロセスをいかに最適化するかがグローバル化した企業の課題だと思うので、それらを反映したものをより適切に記録することにしています。

GDPに与える影響は、R&D、兵器システムの資本化が最も大きいと思います。2011年基準に改定されることで、名目GDPは約20兆円増えます。日本はR&Dが各国と比べて活発なので、インパクトが大きくなっています。

日本は5年ごとの基準改定に合わせて大きな改定をするので、国際基準の改定時期となかなか合いません。アメリカが2013年、ヨーロッパ諸国が2014年に2008SNAへの対応を終えているのに比べ、やや遅れている印象です。ただ、いろいろと基礎統計も変えたりしているので、名目成長率にもインパクトを与えていると思いますが、経済トレンドが大きく変わるような改定ではないと考えています。

非金融資産の範囲の拡張

R&Dは、人類・文化・社会に関する知識ストックを増加させ、効率や生産性を改善させたり、将来の利益を得たりすることを目的として体系的に行われる創造的な活動と定義されます。1993SNAではR&Dへの支出は製品を作る上での中間消費として扱われていましたが、2008SNAでは設備や建物と同様に総固定資本形成として記録し、知識ストックの蓄積を固定資産(知的財産生産物)の一部として扱うという点が、今回の一番の変更点です。

R&Dの取り扱いには、現行においても幾つかのパターンがあります。1つは企業などの市場生産者が行うもの、もう1つは大学や研究所などの非市場生産者が行うものです。今回、これらのカウントの仕方が大きく変更されます。

市場生産者の中でも、企業が子会社として持っているような研究所など学術研究機関から発生したR&Dは、これまで中間消費という位置付けでしたが、基準改定によって総固定資本形成として扱うことになります。また、企業内での研究開発はマーケットで売買されないため、各種生産費用に内包されるとして記録しませんでしたが、今回産出額をその生産活動を行うのに必要な費用としてカウントし、総固定資本形成として新たに記録が必要になります。

さらに、非市場生産者は基礎研究が多いと思いますが、これまでは人件費などのコストを積み上げ、最終消費支出として扱っていました。それが今回からは総固定資本形成に変わり、公共事業のように明示的に記録する形になります。

推計方法は、経済協力開発機構(OECD)のフラスカティ・マニュアルという国際的なガイドラインに準拠した総務省の科学技術研究統計(SRD)を使っています。R&Dの算出額は、中間投入、雇用者報酬(研究専従分のみ)、固定資本減耗分、生産・輸出品に課される税(補助金を引く)、固定資本収益(純)の合計です。非市場生産者は営利を目的にしていないので、このうちの固定資本収益(純)はカウントしません。

学術研究機関については中間投入だったものが総固定資本形成になるので、それを買っていた企業は総営業余剰が増えることになります。企業内研究開発についても、R&Dを生産していたことになるので産出額が増加し、結果的に総営業余剰が増加して、支出項目は総固定資本形成が増加することになります。

非市場生産者は、資本化に伴って固定資本減耗が増加し、この部分が基本的には費用積み上げで算出している政府や非営利組織の支出にプラスされます。

R&Dの資本化に伴い、特許の扱いも変更することにしています。当然、特許もR&Dの成果なので、R&Dに包摂する形で固定資産として扱うことになります。特許の実体は、新しい発見や発明、あるいは生産工程の部分ですので、知的財産所有権とは違います。

特許を受ける人から特許を許諾する人へのロイヤリティは、これまで利子や配当などの財産所得と同じ扱いでしたが、これからは新しい産業として位置付けるため、特許等サービスという1つのサービス活動とし、財貨・サービスの範囲内に位置付けたいと考えています。ですから、このあたりはGDPにもインパクトを与えると思います。日本の場合、特許などサービスの純輸出が最近増えているため、注目すべきGDPの押し上げ要因になっていると思います。

もう1つの大きな変更点は、防衛装備品の資本化です。今回の基準改定では、防衛装備品は政府の防衛サービスの生産に1年を超えて継続して使用されると見なされ、戦車や戦艦などへの支出が中間消費から固定資産に取り扱いが変わります。また、弾薬などの増減については、在庫変動としてカウントすることになります。

GDPへのインパクトとしては、今まで政府の中間消費としていた装備品が減り、その部分が総固定資本形成に同額計上されます。一方で、防衛装備品のストック部分から減耗分が発生するので、トータルとしてGDPに影響するのは固定資本減耗の減耗分ということになります。日本の場合、名目GDPを0.1%程度押し上げると見込まれています。

そして、今回の基準改定では、固定資産の分類を変えます。現行基準で「無形固定資産」として扱っていた研究・開発、鉱物探査・評価、コンピュータソフトウェアは「知的財産生産物」となります。鉱物探査・評価は鉱床などの資産ではなく、あくまでも探査に掛かった費用が問題であるとして、R&Dと同じ知的財産生産物としてカウントすることになります。それから、「固定資産」の機械・設備の中に「情報通信機器」や「防衛装備品」を新設します。

「在庫」についても、今までは「製品在庫」「仕掛品在庫」「原材料在庫」「流通在庫」の順番でしたが、生産プロセスに合わせる形で「原材料」「仕掛品」「製品」「流通品」に修正しています。

金融資産・負債のより精緻な記録

金融資産・負債の精緻な記録としては、主な変更点が3つあります。まず、雇用者ストックオプションはこれまで記録していませんでしたが、金融資産および雇用者報酬に記録することになります。企業年金受給権も一部のみ記録していましたが、発生主義による記録を貫徹します。また、定型保証(住宅ローン保証等)は偶発資産という位置付けでしたが、支払不能に陥る人たちの確率が大数の法則で分かるようなものは金融資産としてカウントするという考え方で、定型保証支払引当金などを記録することにしています。

ストックオプションは、日本では1997年の改正商法において導入され、2002年に新株予約権の無償発行として新たに整備されました。上場企業の大半は入れていると思うので、それを金融資産としてきちんとカウントすることにしています。

ストックオプションは、権利付与後、行使待ち期間が2〜3年あり、権利が無事確定すると行使可能になります。SNAでは、権利が確定するまでは「その他の金融資産」として扱い、権利確定後は「雇用者ストックオプション」になります。そして、実際に権利を行使して自社株を買うことができれば、当然ながら「持分」という金融資産になります。

一方、実物取引は、インセンティブを与えるものなので、給与と同じという発想で、雇用者報酬の一部に当たると整理されています。大企業などでは、恐らく金融機関のシンクタンクなどにこうしたインセンティブの価格を推計させて財務諸表などに計上していると思いますが、われわれもそれを利用しています。

企業年金の受給権の記録改善に関しても、厚生年金基金や確定給付企業年金の部分について取り扱いを精緻化することにしています。つまり、年金受給権をより包括的に調査してカウントするということです。年金は、あくまでも雇用関係をベースとする退職後の所得保障であり、退職一時金も含めた形で処理することになります。

年金受給権(ストック)は、企業が家計に約束した将来給付額の割引現在価値をカウントしています。一方、問題なのは受給権と実際の基金の資産額にギャップがあることです。企業が労働者から徴収したものを運用しているのですが、その積立不足が大きいのです。

そこで、年金受給権についても企業年金会計に即した形にカウントの方法を変更しました。まずは勤務費用分(1年間の勤務の対価として発生した受給権の増分)に利息費用分(前期末の受給権残高に割引率を乗じた利子額)を加算し、実際に支払われた給付額を控除します。

整理すると、今までは上場企業ベースに限定して推計していたものを国全体で推計し直すとともに、フローの年金受給権では年金部分だけを推計していたものを一時金も含めて推計し直すことになります。

一般政府と公的企業の間の例外的支払の取り扱いの精緻化

日本では数年に一度、財政投融資特別会計から国債整理基金特別会計(一般政府)に10兆円程度の繰り入れが行われてきました。その部分の扱いは、現行のSNAでは公的企業から一般政府への一方的な資本移転でした。一方、政府のプライマリーバランスや財政目標では、この部分は例外的ということで、これを除いてトレンドを推計し直していました。

こうした特別な立法措置がとられ、支払の原資が資産の売却や積立金の取り崩しであるものについて、次回基準改定では一般政府による公的企業の持分の引き出しと現預金の増加という金融取引の位置付けになります。つまり、あくまでも一般政府が持っている金融資産の変更なので、プライマリーバランスには影響しません。ですので、われわれの方が、政府がアドホックに行っている処理の原則を後付けし、会計的にフォローしている形になると思います。

現行の基準では、非金融フローの中で公的企業や特別会計から一般政府に資本が移転すると、純貸出が公的企業は悪化し、一般政府は改善するという形でした。しかし、次回基準では金融フローがベースになるので、あくまでも資産のやりとりになります。純貸出/純借入には基本的には変化はありませんので、例外的支払のような特殊要因は除かれ、より基調的な動向が把握でき、今までより使い勝手が良くなることが期待されます。

支出面GDPの輸出・輸入については、仲介貿易について、売買の差額相当分をサービスの輸出として記録していましたが、これを財貨の正の輸出と負の輸出としてカウントする方法に変更します。また、これまでは加工用の財も財貨の輸出入としてカウントしていました。しかし、所有権は移っていません。そのため、SNAの所有権移転原則に基づいて、あくまでも買ってきたものとして、加工賃の受払をサービスの輸出入に記録することにしています。

次回基準改定におけるその他の変更点

さらに、現行の経済活動別分類は1968SNA区分という2つ前の基準なので、国際標準産業分類とできる限り整合的に見直します。特にサービス部門が細分化されることで、より国際比較可能性が高まると考えています。

また、建設部門は推計が非常に難しく、現行ではコンクリート、鉄鋼、人件費など建設活動に要したインプットを積み上げて計算していましたが、産業連関表で精緻なデータが出てくると、どうもパフォーマンスが悪く、ずれが大きくなる傾向があり、次回基準改定では過去分を含めて工事出来高ベースの基礎統計(建設総合統計等)の動きを活用して推計しようと考えています。

さらに、供給・使用表の枠組みを活用して推計精度の向上を図ります。現行の推計方法では、支出側から見たGDPと生産側から見たGDPは、不突合が大きく発生します。なぜなら、支出側のアプローチはコモディティ・フロー法で、どういう分野で支出が行われているかという点にアプローチして中間消費と最終需要の比率をセッティングして支出側のGDPをつくっていますが、生産側のGDPは付加価値法で、各経済活動にどれだけ中間投入がなされているかを推計しているからです。そこで次回基準では供給・使用表の枠組みを使って、こうした不突合をできるだけなくしていく取り組みを実施する予定です。

そして、次のステップとして資本サービスを計測します。私どもは既に固定資本ストックマトリックスを作成していて、資産形態別と経済活動別で三十数種類のマトリックスを公表しています。ただ、まだ名目値だけなので、実質値でも作っていきたいと考えています。

一方、2008SNAでは、資本ストックに関して、生産性分析により有用な指標として「資本サービス量」も計測するよう推奨しています。そこで、JSNAでは基準改定後できるだけ速やかに、実際にストックがどれだけ生産に寄与しているかを、少なくとも市場生産者分について「資本サービス量」として求め、公表したいと思っています。資本サービスの価値(資本所得)が総営業余剰(純営業余剰+固定資本減耗)と一致するように内生的に資本の収益率を求め、資本サービス価格(ユーザーコスト)と資本サービス量を推計していく予定です。

質疑応答

モデレータ:

今回の改定の柱の1つがR&Dの資本化で、設備投資の部分に入ってくると思います。年度の推計は総務省の調査があるので出せると思いますが、四半期ごとに出すにはどうすればいいのでしょうか。

A:

そこは今まさに最終調整しているところです。企業会計ではR&Dは一般管理費に入っていますが、一般管理費とどれだけ連動しているのかは難しい部分がありますし、四半期速報(QE)の外挿でどこまで見ることができるかチェックをしているところですので、もうしばらくしたらお知らせしたいと思います。

Q:

先日の日銀レポートで触れられたGDP分析推計の話と、SNAベースで政府発表されているものとの違いについて、われわれはどういう視点から見ればいいのでしょうか。

A:

日銀の論文は、税務情報を用いて推計している点で、試みとしては新しい推計方法だと思います。しかし、分配側から直接それぞれの項目を求めて推計していますが、こういうアプローチを取っているのは国際的にはほぼアメリカだけです。

GDPは成長率を推計するので、実質値も作成しなければなりません。ところが、分配側は営業余剰等について価格の情報がないので、他の支出側から推計したデフレーターを使って実質化しています。つまり、実質化するに当たってあまり首尾一貫していないアプローチであると認識されます。

それから、基礎統計の問題で、税務統計は重要な取り組みだとは思います。しかし、税務統計は使い勝手に注意しなければなりません。税には期ずれや制度変更が大きなインパクトを与えるため、経済の実態と本当に連動しているのかという疑問があります。特にわれわれは、四半期データも作らなくてはいけないものですから、基本的に四半期データがないなど、幾つかクリアしなければならない点があると思います。

Q:

今回の改定で、QEを推計するに当たって影響が大きそうなことはありますか。

A:

QEの推計については、インパクトが一番大きいのはR&Dの部分だと思うので、皆さんの予測に支障を来さないような形で出したいと思っています。あとはそれほど振れというか、トレンドを変えるようなものはないと予想しています。

Q:

一般政府や公的企業の取り扱い精緻化で、公的部門の分類基準明確化とあるのですが、プライマリーバランスへの影響はどのくらいありますか。

A:

ここの部分についてだけ言うと、プライマリーバランスへの影響はほとんどありません。中央銀行の産出額の明確化が主になります。中央銀行については、マーケットと取引して日銀ネットの手数料を取ったり、国債の引き受け関係の手数料を取ったりするものは市場生産と見なしていいと思いますが、一方で金融政策決定会合のような金融政策のサービスもしています。その部分は非市場部門なので、中央銀行の市場部門と非市場部門をより峻別して、非市場部門は政府の最終消費に記録させることが分類基準明確化の内容です。

Q:

定型保証で大数の法則が適用になるものについて今回採用したというお話でしたが、保証一般もいわば収束のレベルの違いのようなもので、確率変数で議論されていると理解すれば、理念的には全て入れてもいいのではないかと思うのですが、一方で取りやすさの問題や、あまり広げると引当金一般をどう考えるかという問題に広がってしまいます。どこかで線引きが必要なことは分かるのですが、その点についての相場観や国際比較での見込みがもしありましたら教えてください。

A:

まさに線引きが非常に難しいと思っていて、債務の肩代わりをするような保証は引き続き入れない方針ではあるのですが、今回は小口化、定型化されているものについてだけは入れていこうということにしています。小口化されると大数の法則が非常に明確な形で出やすいので、住宅ローン保証や信用保証制度など、現行の制度下で政府が関わっているところだけを入れます。ただ、グレーな部分はありますので、今後いろいろな議論が国際的に行われるのではないかと予想しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。