介護現場の革新に向けた取組について:「将来の介護需要に即した介護サービス提供に関する研究会」における議論

開催日 2016年4月26日
スピーカー 加藤 久和 (明治大学政治経済学部教授)
モデレータ 橋本 真吾 (RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省経済産業政策局産業構造課長)
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議事録

はじめに

加藤 久和写真 昨年11月から、経済産業省産業構造課で「将来の介護需要に即した介護サービス提供に関する研究会」を開催しました。この研究会の成果は4つあります。1つ目は、将来の介護需要を長期的かつ地域別に推計したこと。2つ目は、その地域類型ごとに介護供給のあり方を提言したこと。3つ目は、介護産業の生産性をどこまで高められるか試算したこと。最後に、介護人材は2025年に30万人以上、2045年には67万人の不足が生じると推計した上で、どのような形でこれを補っていくのかを具体的に示したことです。

今日は、この研究会でとりまとめた報告書に基づき、IT・センサーなどを活用した介護サービスの質・生産性向上をはじめとした対応策と、介護サービスの将来ビジョンについてお話しします。

現状の延長線上において顕在化する課題

高齢者人口の増加による介護需要の増加は明らかです。一方で、少子化に伴って生産人口が減少していく中で、介護の担い手をいかに確保していくかという問題と同時に、減少していく現役世代が介護をどうやって財政的に担っていくのかという問題も大きいと思います。

2012年に厚生労働省国立社会保障・人口問題研究所が出した将来人口推計によれば、今後、85歳以上、75〜84歳、65〜74歳という3つの層の人口は急激に増加します。この伸びは一定のところで止まりますが、少子化により若い層が減少していくことで、85歳以上人口比率は非常な勢いで伸びていくのです。

また、2014年における性・年齢階級別の介護サービス受給者の割合を見ると、85歳を過ぎると6〜7割の方が介護を必要としています。現在、要介護・要支援の方々は約523万人ですが、2040年には800万人を超えて、2060年には900万人弱まで増加する見込みです。こういった人たちをどうやって支えていくのかは、非常に大きな課題になります。同時に、後期高齢者の中でさらに年齢を重ねる方が多いために、要介護度の高い方々の増加割合が大きいということも注意していかなければなりません。

加えて、介護費は現在の約10兆円から、2060年には18兆円を超える見込みです。第1号被保険者(65歳以上)の保険料は、2015年は月額4835円ですが、2040年には約9000円、2060年には1万1000円超まで伸びていきます。また、健康保険組合、協会けんぽは医療保険の一部として介護保険料を取っていますが、その保険料率も現状の1.37%や1.63%から、3%を超えるところまで上昇します。

さらに、企業の介護納付金も増加します。税引前利益に対する介護納付金の割合は、現在0.81%であるところが、将来的には2.5倍ぐらいまで膨らんでいく見込みです。そうなると企業は利益をはき出さなくてはならなくなるので、国際的な競争力という意味でも、大きな課題になっていくでしょう。

こうした介護需要の増加に対し、介護人材の不足という問題があります。経済産業省産業構造課で介護人材の需要と供給を計算したところ、2025年で31万人、2035年には68万人が不足するという結果でした。公益財団法人介護労働安定センターが行った実態調査によれば、介護職員の採用が困難な理由として、賃金が低い、仕事がきつい、社会的評価が低い、休みが取りにくい、雇用が不安定といったことが挙げられています。介護の生産性を高めることで、余裕のある働き方ができるようになり、こうした困難も解決できるのではないかと考えています。

さらに、自治体(市町村)別に2015年から2035年までの介護サービス受給者数の増減を計算したところ、1位がさいたま市、2位が相模原市、3位が練馬区、次いで堺市、新潟市、浜松市、船橋市、八王子市、世田谷区と、大都市を中心に介護受給者数が増加するという結果でした。一方、地方では高齢者人口が増えず、介護の受給者数自体が減ってくるところも出てきます。そのため、市町村間の差が相当出てくるのではないかと思います。介護福祉施設、保健施設、療養施設の3つの施設入居需要の増減数の将来推計を見ても、今後20年間で、全国で約49万人の入居需要が見込まれるうち、埼玉、千葉、東京、神奈川で16万人、およそ3分の1の需要を支えていかなければいけません。

介護需要の増加、介護職員の不足、国民負担の増加といった課題を解決するには、3つのビジョンが必要です。介護現場の変革ビジョン(質・生産性の向上)、地域ビジョン(地域特性に即した効果的・効率的な介護サービスの構築)、個人の生涯設計ビジョン(将来の介護に必要な費用や住宅を自ら準備する)です。この3つがそろわないと、この課題には対応できないでしょう。

介護現場の変革ビジョン

まず、介護現場の現状です。特別養護老人ホームにおける業務負担割合を見ると、記録や打ち合わせといった間接業務が、日勤では12.6%、夜勤では13.5%と非常に多いことが分かります。したがって、介護の生産性を上げるためには、排泄や移動、巡視といった、直接介護で大きな割合を占める日常作業の効率を高めると同時に、間接業務の負担をいかに小さくするかを考える必要があります。

他方、通所介護や訪問介護における業務負担割合を見ると、送迎や移動時間が3割弱を占めています。さらに、記録や請求などの間接業務が1割強を占めており、4割近くが介護サービス供給以外の時間として取られているということになります。したがって、通所介護や訪問介護の効率化のためには、間接業務の効率化とともに、移動時間をどのように効率化するのかという問題が出てきます。

では、介護現場の中でどのようにして変革をしていくか。現状では、どのような被介護者に、どのような介護サービスを提供し、どのような状態の変化が生じているのかとらえ切れていない状況があります。そこで、介護現場では日々のケア記録をデータ化し、ケアマネージャーは月次の被介護者の状態をデータ化し、それらを集約して、データに基づく介護の質や生産性の評価を行い、ケアプランへのフィードバックや介護サービスの質・生産性の向上策を実施するという形で、PDCAサイクル回していくことが重要です。

また、施設介護サービスに関しては、先進的なセンサー技術を活用して、被介護者の行動や健康状態を自動的に解析・把握したり、ロボットなどを活用して、入浴やトイレ、移動などの介助の際に、介護職員の負荷を軽減するといったことが考えられています。また、大規模化によって費用対効果を改善していくという方法もあるでしょう。こうした介護サービスのブレークスルーを1つ1つ進めていくことが必要だろうと思います。

地域ビジョン

次に、地域のビジョンです。地域における介護サービスの提供量を一定とした場合、介護サービス受給者の密度が高くなればなるほど、訪問介護でのサービス提供が経済的になっていきます。一方、受給者の密度が小さくなればなるほど、訪問介護は非効率になり、1カ所にサービスを受ける方々を集める施設サービスが、より効率的になっていきます。通所介護はその中間です。このように、地域ごとに介護サービス受給者の密度や、それに付随するさまざまな条件の下、どういうサービスが好ましいのかを考えました。

今後、介護サービス受給者の密度は全国的に増加していく傾向にあり、特に都心部・地方都市の密度が大きくなります。さらに、就業者に対する要介護認定者数の割合と、全就業者に占める介護従事者数の割合には相関関係があるため、これを基に市区町村ごとの介護従事者数の割合を試算しました。すると、2035年には、全就業者に占める介護従事者の割合が、2015年の全国平均である3.26%の2倍を上回る地域が増えていくという結果が出ました。こうした地域では、介護従事者を確保すること自体が難しくなっていくと考えられます。

市町村単位で、2030年時点の可住地面積当たりの介護サービス受給者数と、全就業者に占める介護従事者の割合の関係をプロットすると、受給者の密度と労働人口上の制約から、大きく5つに分類されます。A地域は最も密度が高く、全就業者に占める介護従事者の割合が低いところです。このA地域をさらに平均所得が比較的高い地域と低い地域の2つに分け、全市町村を6つの類型に分類して、その特性を見ました。

A1・A2はともに受給者の密度は高いのですが、A1は平均所得が高いために労働力の確保が困難な地域、A2は平均所得が比較的低いために労働力が相対的に確保しやすい地域です。それと対極にあるのがE地域で、過疎化が進んで受給者密度が非常に低く、同時に高齢化も進んで全就業者に占める介護従事者の割合が高く、労働供給の制約が厳しい地域です。Bは訪問介護での収益性確保が難しく、通所介護・施設介護によるサービス供給が効率的と考えられる地域。Cは労働力供給の制約は厳しいが、介護サービス受給者の密度は相対的に高い地域。Dは受給者密度が低く、施設介護によるサービス供給が効率的と考えられる地域です。

この6つの類型に全国の市町村を分類すると、都市部・地方都市部ではA1ないしA2に該当する地域が多く、その他の多くの地域がBに該当します。このように分類することのメリットは、地域特性に応じた将来の介護ビジョンを考えられることです。たとえば、A地域においては、将来的には高い介護需要密度を活かしたサービスの基盤が構築するべきだということです。報告の中では、そのためには官と民がそれぞれ何を行い、どのような協調を行うべきなのかということも提言しています。

個人の生涯設計ビジョン

個人の生涯設計に関しては、幾つかの類型に応じて、将来的にどの程度の貯蓄を介護のために準備しなければならないかを試算しています。具体的には、単身か夫婦か、性別によって、65歳時点での平均余命、要介護認定期間、要介護の程度などの基本属性を仮定します。これに対して、通所・訪問介護を主とするのか、施設に入るのかといった、介護サービスの受給類型を組み合わせます。研究会では細かいモデルごとにさまざまな計算がされているわけですが、ここでは幾つかの例をご紹介します。

まず、単身の高齢者で、訪問・通所介護を受ける場合です。男性と女性で平均寿命が違いますが、男性の場合、79歳頃から要介護認定期間に入ります。65歳からの通算で、収入と支出の差額を見ると、219万円ほど余計に必要だということになります。ですから、200万円程度は貯蓄がないと、訪問・通所の介護は受けられないということになります。

これが夫婦で訪問・通所となると、1849万円必要になります。介護が不要な期間でも1142万円です。それから、夫が要介護認定になってさらに増えます。これは累積なので、夫婦で最終的に1850万円程度の貯蓄資産がないと厳しいということになります。夫婦の平均貯蓄額は2150万円といわれていますが、現実にここまである家庭はなかなかないでしょう。

このような形で高齢者が直面するリスクを考えると、介護の供給だけではなく、高齢者がどうやって資産形成をしていくか、どういうところに住まいを選択していくかということも併せて考えていかなければいけません。今、健康寿命と平均寿命の差は、男性で9年、女性では12年以上あります。したがって、このぐらいの期間にわたって介護あるいは医療を受けるということを念頭に置くと同時に、健康寿命を延ばす必要もあるでしょう。

ビジョン実現による効果(試算)

最後に、これらのビジョンの実現による効果を試算しました。各介護現場でどれだけ生産性を高められるか、具体的な数字に落とし込んでいくということです。たとえば施設サービスにおいては、ケア記録の電子化で3.5%、呼吸の監視などの見守りセンサーの導入で13.7%、おむつ交換などの支援機器の導入で4%、介護ロボット導入で10%など、2035年までに合計で31%程度の労働時間の効率化が可能になるということを示しています。居宅サービスにおいても、20.9%の労働時間の効率化が可能であると考えています。

現状の延長線上では、2035年に介護人材は68万人不足します。しかし、生産性向上によって、施設サービスでは35万人、居宅サービスでは16万人の人材需要を削減できると試算されています。加えて、機器導入・処遇改善などによる離職率低下によって8万人、高齢者など潜在的なリソースの活躍によって9万人、合計17万人の介護人材を確保できる見込みです。したがって、これらのビジョンを実現することで、人材需給に関する課題は克服できるといえます。また、IT・ロボット導入によって、2035年には介護給付費ベースで8000億円の節約効果が見込まれており、これは相当大きな効果ではないかと考えています。

質疑応答

Q:

IT機器やセンサーなどの導入は、国が主導してやるのか、それとも現場の経営者の意思決定で導入していくのでしょうか。現場の人たちが、自律的に良い経営判断ができるような方向に持っていくためのインセンティブはあるのでしょうか。

A:

企業にとっても、目の前で人が辞めていく、あるいは非常に仕事が忙しいという中で、IT機器の導入に対するインセンティブは相当あるようです。とはいえ、コストの問題もあるので、そこは政策的な支援や、モデルを示したりといったサポートは当然必要になってくるとは思いますが、民間企業の中でも、ITやセンサーを活用するという意識は相当出てきていると理解しています。

モデレータ:

生産性向上の取り組みは、それによって企業の利益率が改善するものですから、基本的には自律的に進むべきものです。しかしながら、介護に関しては2つのポイントがあります。

1つ目は中小事業者が多いことです。中小企業者企業者においてはIT機器などに関する知識が限定的であるケースがあること、かつ、IT機器は大規模化、ネットワーク化されたときに効果が大きく働くため、中小企業には普及しにくいという課題があります。2つ目は、施設や人員配置に規制がかかっており、事業活動における国の関与が非常に強い部分があることです。そのため、事業者が機器を導入して効率化しようとしても、必要な人員配置をしなければいけないという規制が生産性向上の取り組みを阻害する要因になる可能性もあると思います。国としては、そうした取り組みを促進するために整合的な基準や介護報酬の体系に作り替えていく必要があるのではないかと考えています。

Q:

ITやロボットで置き換えられる部分は取り入れていけばいいと思いますが、サービスを受ける側の人が、ここは人がやってくれないと嫌だと思っている部分もあると思います。そうした声は、この研究にどの程度反映されているのでしょうか。

A:

今は介護だけでなく保育や建築など、多くの分野が人材不足に陥っているため、外から人を入れていくことも必要なのだろうと個人的には思っています。また、機械は嫌だとか、日本人でないと嫌だといった要望も出てくるでしょうが、生産人口が減っていく中で、取り入れざるを得ない部分も出てきていると思います。

モデレータ:

直接被介護者に接する機械の導入には、相対的に時間がかかるのではないかと思います。その大きな要因の1つが、汎用性が乏しいことです。見守りセンサーや情報機器は汎用性があり、多くの要介護者に利用していただけますが、排泄介助機器や直接身体をサポートする機械は、適応できる方が少数となります。そのため、導入しても生産性向上効果を見込みにくいと思います。

また、介護は基本的に生活の場なので、機器を集中的に取り扱って実証・開発するのが難しいという問題もあります。したがって、順番としてはセンサーやIT機器から入り、徐々にそういった問題が解決されて、コストダウンが進んだ中でロボットなどの活用が商業ベースに乗っていくというパスを辿らざるを得ないのではないかと思います。

Q:

医療は保険と保険外がきれいに分かれていますが、介護は介護保険対象のものは介護保険でやり、それ以外のものは別途食費なども含めて利用料を設定できるようになっているため、個々の利用者が、サービスとコストのバランスを判断するのが難しいと思います。医療の場合、それを客観的に判断する立場として、健保組合などがレセプトをチェックしています。介護においても、そのような制度が必要だと思います。

A:

介護において保険外のところは、逆にいえば民間の創意工夫の効くところであり、それぞれの持ち味を出せるところで、そこで競争が起きるのは望ましいことだと考えます。ただ、不適正な請求がないかなどチェックする仕組みは必要でしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。