文化創造都市戦略:東京都におけるクリエイティブ産業の集積

開催日 2010年9月22日
スピーカー 後藤 和子 (埼玉大学 経済学部 教授)
コメンテータ 高木 美香 (経済産業省 製造産業局 クール・ジャパン室長補佐)
モデレータ 田中 鮎夢 (RIETI研究員)

議事録

「クリエイティブ産業」の定義と範囲

文化創造都市戦略は、欧州における90年代の「文化による都市再生」論が発端であると認識しています。日本でもかなり定着してきた印象です。2000年代に英国から『クリエイティブ・シティ』(ランドリー)という本が出版されたのを契機に、世界中に広まりました。

「クリエイティブ産業」とは、文化創造都市戦略(クリエイティブ・シティ)のコアになる産業と考えて差し支えないと思います。規模的にはまだ非常に小さいとはいえ、他の産業に波及した場合の経済的ポテンシャル、さらには社会的包摂といった社会的ポテンシャルが大きい産業である、という認識が共有されています。

クリエイティブ産業の定義として、米国のリチャード・ケイブズによる「創造と単調な労働との契約による結合」があります。これは実質、「創造と流通との契約による結合」と言い換え可能と思われます。また、オーストラリアのデイビッド・スロスビーは、ITにより複製可能となったことで文化的コンテンツが経済的な財として注目を集めるようになった、と説明しています。いずれの定義でも、インプットとしての創造性が極めて重要とされています。また、知的財産や著作権が収入源として非常に重要な役割を演じていることから、知的財産産業ともいえます。

その範囲ですが、英国では(1)広告、(2)建築、(3)アートと骨董、(4)工芸、(5)デザイン、(6)デザイナーファッション、(7)フィルムとビデオ、(8)インテラクティブ・レジャー・ソフトウェア(コンピュータ・ゲームなど)、(9)音楽、(10)舞台芸術、(11)出版、(12)ソフトウェア、(13)TVとラジオ、の13分野がその中に入るとされています。

経済論としてのクリエイティブ産業

文化にかかわる産業研究の歴史を概観しますと、経済産業省でも「文化産業」という言葉が1980年代に使われ始めていることがわかります。それがITの発展に伴い、「クリエイティブ産業」という言葉に進化していったのだと思います。

「コンテンツ産業」と「クリエイティブ産業」と「文化産業」のうち、最も狭義的なのが「コンテンツ産業」です。日本のコンテンツ産業振興政策(2004年~)によると、IT基本法、知的財産、文化の3つがその柱となっています。「クリエイティブ産業」は、これに舞台芸術や工芸を含めた概念です。さらに、ディズニーランドや文化観光までを包括する概念として、「文化産業」があります。

クリエイティブ産業の経済学的特徴として、非常に不確実性が大きいという点があります。これが不完備契約や非公式的関係に基づく商慣習と表裏一体となっています。次の特徴は、アーティストの芸術至上主義です。アーティストがクリエイターである場合、商業的動機が作用しにくい傾向があります。それから、才能やスキル、スキルレベル、創造物が多様なことです。さらに、創造物の耐久性や時間の経過による価格変動も特徴です。

東京都におけるクリエイティブ産業の実態

東京都・産業労働局が昨年実施した調査の結果、東京におけるクリエイティブ産業の特徴として、小規模企業が多い(ファッション、インダストリアルデザインでは2~4人規模が5割)ことが浮かび上がりました。創業年に関しては、出版や工芸では老舗が多い一方で、ゲームの分野では新しいベンチャー企業が多くなっています。さらに、クリエイティブな人材がフリーランスとして複数の仕事を掛け持ちで請け負っていることも特徴です。また、同じクリエイティブ産業でも、ゲームやTV・ラジオが経常黒字なのに対し、デザインなどは赤字傾向が過去5年ほど続いています。

さらにニッセイ基礎研究所の吉本の調査(2006年)によると、全国の事業所数で17.1%、従業者数で35.0%のクリエイティブ産業が東京都特別区に集積しています。また、東京ではクリエイティブ産業が全産業に占める割合も、事業所数で7.8%、従業者数で11.2%と、他都市と比べて高くなっています。

その分布を見ると、港区を中心に、西側にアニメーションの集積、東側に工芸の集積があることがわかります。アニメの集積に関しては、手塚治虫の虫プロダクションや水木しげるの水木プロダクションが終戦後にできたといった歴史的経緯のほか、製造業的な側面があることから、できるだけ物の受け渡しが可能な近隣に立地するようになったという説があります。それ以外の産業は、特に港区を中心に、テレビ局や広告代理店に引っ張られる形で集積しています。以下に集積の特徴をまとめてみました。

  • TV・ラジオ、映画・ビデオ・写真、音楽、デザイン、建築=港区
  • ファッション=渋谷区
  • ソフトウェア=千代田区、中央区、港区
  • アニメ=杉並区、練馬区
  • 工芸=墨田区、江東区、台東区
クリエイティブ産業分野集積状況
クリエイティブ産業分野集積状況

特定の地域に集積ができる理由として、前述のアニメの集積に指摘される製造業との近接性以外に、交通の利便性やクライアントと外注先企業との距離が挙げられました。また、とりわけ広告やデザインでは、場所のイメージが重視されているのは特筆すべきことです。何故なら、製造業の立地とは全く異なる誘因があることが分かるからです。ファッションに関しては、消費者が集まりやすい、すなわち情報を収集しやすいことが立地の理由となっているようです。そうしたことから、クリエイティブ産業と都市空間は非常に密接な関係にあることがわかります。クリエイティブ産業の振興は、都市空間とセットでなければならないということです。

クリエイティブ系人材・企業の集積形成について、さらに強調しておきたいことは、フリーランスのクリエイターの人的ネットワークが産業集積の基盤となっていることです。つまり、企業が立地する場所に人を呼び寄せるのではなく、人がいるところに企業ができるのです。

東京のクリエイティブ産業が抱える課題

先程も「創造に対する流通側の優位」に言及した通り、クリエイターは総じて非常に弱い立場にあります。収益は流通側がとるにも関わらず、リスクはクリエイター側がとるという非常に非線対称的な構造も指摘されています。それ故に、契約や知的財産、商習慣などの問題を感じる事業者の割合も多くなっています。

もう1つの課題として浮かび上がったのが、海外展開に対する消極性です。海外展開をしている割合が高いのがファッションとゲーム、関心があるのはファッション、デザイン、音楽、ゲームです。しかし、他の分野では、海外展開に積極的な経済産業省と現場とで温度差があるようです。

さらに深刻な課題となっているのが、人材育成です。外部の人材に依存する割合が高いため、産業全体としてどう人材を育成するかが課題となっています。ただ、技術革新によっていったん分散化が進んだアニメ産業では、1社内に多くの工程を抱える形態に回帰しつつある現象も見られます。

これからの産業政策~国際的な比較から~

繰り返しになりますが、これからのクリエイティブ産業振興には、クリエイターの立場を強化する政策が必要となります。また、国際的には、契約法、著作権、独占禁止法の整備が重視されています。日本では意外と見落とされがちな面です。輸出や文化観光といった上澄みの部分だけでなく、その基盤となる「人」と「都市空間」、法的なものも含めた「都市環境」への投資が、今こそ必要です。

たとえば、「世界ベストカントリー」(米ニューズウィーク誌)で今年1位に輝いたのはフィンランドです。教育に非常に力をいれた結果、それが市民の生活の質を高めるIT技術や、「デザイン都市」ヘルシンキにおけるデザインショップの集積(デザイン・ストリート)といったクリエイティブ産業の振興につながっています。ベストカントリー8位のオランダ(ちなみに日本は9位)では、国際的な高等教育システムを強みに、経済省と文化省とが連携したクリエイティブ産業政策が実施されています。

クリエイティブ産業は、単独ではなく、地域経済社会に根ざした形で発展するものです。宙に浮いた政策ではなく、創造性を育み空間とセットになった政策を、これからの「クール・ジャパン室」に期待したいところです。

コメント

高木氏:
経済産業省の「クール・ジャパン室」は、今年6月に立ち上がった新しい部署です。いままで、分野ごとに独立して推進してきた振興策を一体的かつ分野横断的に推進する目的で立ち上げられました。

発表内容については、「人」、「商品(コンテンツ)」、「資本」、「制度」の4つに分けて、論点を提示したいと思います。

  1. 人――下請化が進む中でどうやってフリーランス人材を育成すべきか。また、アーティストには、経営者・プロデューサー的な視点やノウハウも必要。
  2. 商品――宮大工の匠の技といった、知的財産件が生じないものも商品に含めるべきか。海外展開すべき日本の強みは何か(ファッションか、食か、生活文化そのものか、ポップカルチャーか)。
  3. 資本――エンジェル投資家に代わって国がどこまで支援できるか。流通企業との契約のあり方は。
  4. 制度――以上の3つを踏まえた法制度のあり方は。

後藤氏:
フランスのナント美術学校は、在学中に経済・経営学系の単位を取得させる制度となっています。そのため、クリエイティブ系のベンチャー企業を立ち上げる卒業生が30%~40%を占めています。たとえば韓国で映画産業が急伸した背景には、思い切った演劇教育の充実や現場直結の大学教育があり、直結の大学教育があり、また映画制作のためのMBA制度もできています。日本でも、このようにもっと思い切った教育の転換が必要かもしれません。

資金については、欧州では税優遇策による投資促進政策がとられています。いずれにしても、市民や需要サイドがクリエイティブ産業を支える構造が必要です。

欧州ではクラフトマンシップが近年、「良い仕事とは」といった哲学や社会学と絡めて、改めて注目を浴びています。伝統的な工芸が現代産業の基盤となっている京都にとって、これはチャンスだと思います。また、実際に何が求められているのかを肌で感じるためにも、海外に足を運んでみるべきです。今、ヨーロッパでは、社会や経済の新しいあり方を求めて日本文化に対する関心が広がっています。芸術やアートに対する見方の違いや、現代と伝統がうまく融合した文化や都市のあり様にも関心があるようです。

質疑応答

Q:

市民レベルでクリエイティブ活動を支える環境作りには、何が必要でしょうか。

A:

市民の目に見えるような参加の仕掛けをどんどん作っていくこと。アートが劇場や美術館といった閉じられた空間の中にだけあるのではなく、街中にあふれる仕掛けをつくることです。たとえば、欧州では、古い工場をアートセンターとしてリニューアルした際に、市民から募集した「100年後に読む手紙」を入れたドラム缶を壁にするといった工夫をした事例があります。都市全体をアート、文化、デザインの視点からプロデュースしていく観点が必要です。

Q:

東京国際映画祭も東京ファッションウィークも、もともとは街づくりの観点で立ち上がったものですが、今ではすっかり目的が変わってしまっています。もっと都市再生の手段として考える必要があるのではないでしょうか。また、東京都の協力もいまひとつ中途半端な印象がします。

供給側だけでなく、生活の質を上げるといった消費者側の視点に基づいた、クリエイティブ産業振興が必要ではないでしょうか。

高木氏:

消費者側の視点は確かに重要です。また、そのための「欲望のエデュケーション」が必要だとの意見もあります。日本のファッションは東京や渋谷があったからこそ生まれた側面があるからです。クリエイティブ産業は消費者や生活・ライフスタイルや街があってこそ生まれる産業であることをいまいちど認識すべきです。

後藤氏:

たとえば、アントワープでは80年代からファッションの振興が都市計画とセットで推進されています。ファッションウィーク期間中は、街の窓という窓にファッションアカデミーの学生の作品が飾られます。しかし、同じことを日本でしようとした場合、どうしても省庁の壁が障害となります。横浜の開港150周年でも、La Machineの巨大クモが道路上で動かす際に、警察当局との調整が大変だったという話を聞きます。

生活視点も非常に重要です。フィンランドの経済復興の背景には、需要側に着目したIT政策があります。アムステルダムでも、IT企業が片方で市民の社会生活を助けるNPOとしての役割を果たしていて、そこで得た知見を知的財産化するといったビジネスモデルもできています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。