RIETI政策シンポジウム

日本経済を新たな成長軌道へ:エビデンスに基づくグランドデザイン(議事概要)

イベント概要

RIETIは、第3期中期目標期間において、1)世界の成長を取り込む視点、2)新たな成長分野を切り拓く視点、3)社会の変化に対応し、持続的成長を支える経済社会制度を創る視点の3つの経済産業政策の重点的な視点の下で研究を推進してきた。本シンポジウムではまず所長藤田昌久が基調講演し、日本経済が力強い成長を取り戻すには、世界の多様性を取り込み、イノベーションを促進する産業政策が重要であると述べた。続いて、8人のプログラムディレクターと同補佐が、第3期の研究から得られたエビデンスを基に、グローバル経済における日本の課題やイノベーションの創出を目指した社会制度創りなどについて政策提言を行った。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志 (RIETI理事長)

RIETIは2001年の設立以来、5年ごとの中期目標を設定してきた。本年度は第3期の最終年度に当たる。第3期は、日本経済を成長軌道に乗せ、その成長を確固たるものにするためのグランドデザインを理論面から支えるべく、経済産業政策の重点的な視点に沿った研究を推進してきた。内外の経済状況は日々大きく変化しており、経済産業社会などの状況を掘り下げて分析することが不可欠となっている。私どもも状況に応じて大きな経済課題に取り組んできており、本日の政策シンポジウムではこの5年間の研究成果から得られた知見をそれぞれの分野を統括した研究者から直接報告させていただく。この4月から第4期中期目標期間が開始されるが、今後ともRIETIおよびそれに関わる研究者・職員一同、一層の成果を上げていきたい。

基調講演 「多様性から生まれる新たな成長」

藤田 昌久 (RIETI所長・CRO/甲南大学特別客員教授/京都大学経済研究所特任教授)

1.多様性とイノベーション

日本経済が力強い成長を取り戻すには、デフレ克服だけでは十分でなく、イノベーションが鍵を握る。安倍晋三首相は1月22日の施政方針演説で、多様性の中から新たなアイデアが生まれイノベーションが起こると述べ、「1億総活躍社会」を目指すことを掲げた。

たとえば七味唐辛子は、7つの異なる原料をすり鉢で混ぜることで、新たな風味を生み出す。さまざまな個性がぶつかり合い、融合して、新しい世界を開くという点では、経済学者のシュンペーターが提唱する「創造的破壊による新結合」と同じであり、イノベーションによる経済発展はそうして生まれる。

2.知識創造における多様性の重要性

日本は数値的指標をいたずらに追うのではなく、アメリカ、EU、中国などとすみ分けた世界的なイノベーションの場=知識創造の場を目指すべきである。そのためには、人材、企業、教育、地域などの多様性と自律性を促進することが必要である。それをイノベーションに生かし、経済社会の発展・成長に反映させる制度をつくることが求められる。

知識創造社会における最も中心的な資源は人間の頭脳であり、その頭脳の多様性から相乗効果が生まれる。大きな集団同士が協働する場合、多様な文化があることによって相乗効果が生まれ、「三人寄れば文殊の知恵」のような状況になるが、集団間で共通知識が多くなると、相乗効果が減って「三人寄ればただの知恵」となってしまう。この二律背反を防ぐには、あらゆる多様性を増大しながら、知の交流と人材の流動を行うことが不可欠である。

3.多様性とイノベーションを促進するシステム

日本は、世界の多様性を取り込み、潜在的な多様性を引き出し、多様性とイノベーションの仲介者としての新しい産業政策を推進する必要がある。ただ、多様性は放っておくとしぼむし、大きければいいとは限らない。活動領域に応じた多様性のバランスと重層的な拡大が必要である。

多様性は待っているだけでは育たないし、集まらない。全員が社会革新の主役になるためには、東京一極集中を止め、世界に開かれた多様な「輝く地域」の連合体になるべきである。

労働市場では、人工知能(AI)・ロボットの発達が影響を及ぼしつつあるが、人間とAI・ロボットによる新しい協働システムを設計すべきである。そのためには、教育と人材育成が必要となる。また、高齢者を大きな潜在的資源と捉え、それと若い世代やAI・ロボットをうまく組み合わせることで、世界をリードする高齢化社会を創造していくべきである。

第1部 「グローバル経済におけるイノベーションと成長」

「TPPとグローバル経済における産業貿易政策」

若杉 隆平 (RIETIシニアリサーチアドバイザー・プログラムディレクター・ファカルティフェロー/新潟県立大学大学院教授/京都大学名誉教授)

1.企業の国際化と輸出政策

企業の国際化に伴い、国内企業よりも輸出企業、外国直接投資(FDI)企業の方が生産性が高くなっており、そのランク付けは明確になっている。これからは企業の異質性を踏まえ、比較優位の「産業」単位の政策から、競争力のある「企業」に注目した政策が必要となる。

企業の国際化と雇用の関係を見ると、輸出・FDIが非正規雇用を増やしている証拠はなく、むしろ製造業の海外展開が企業のパフォーマンスを向上させているなど、国際化による成長が雇用にプラスの効果をもたらしている。

また、イノベーションが貿易・投資・消費者利益に与える影響は大きい。ただし、技術吸収能力や保護水準は、投資国やホスト国の直接投資の水準に影響を与えるので、保護と直接投資のバランスをきちんと把握することが重要である。途上国のホスト国で新技術を採用する場合、急激な自由化は途上国にとってプラスにならず、段階的・特恵的自由化が有効なことが知られている。

2.TPPの効果と合意形成

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)によって、貿易が拡大し、市場における効率性が向上し、競争が活発になり、生産性は上昇する。その結果、実質賃金が増え、所得が増え、多数財が供給され、資本ストックが増加し、消費需要が増加する。

しかし、貿易自由化に反対する人が約3割いる。支持率は所得、職業、資産保有などと相関関係が見られ、自分の所有物を手放すことに抵抗を感じる「保有効果」を持った個人は自由化に反対する一方、農業従事者の中にもお互いに自由化するなら賛成という人もかなりいる。したがって、所得補償や保険の仕組みだけでは支持を得にくい。教育や地域経済への影響に対する視点が非常に重要であり、国民への補償制度の枠組みを事前に提示することが有効である。

日本は、自由化により大きな利益を得る国であり、TPPを早期に履行すべきである。併せて、日本の農業も企業活動の視点から、生産性を向上することが不可欠であり、TPPという新しい国際ルールに参加していくことは有益である。

「国際マクロから考える日本経済の課題」

清水 順子 (RIETIプログラムディレクター補佐/学習院大学経済学部教授)

1.日本経済の今後の課題

日本経済を見るときには、短期的な為替変動に惑わされることなく、輸出入への影響を分析することが重要である。産業別の実質実効為替相場(REER)はその手段の1つで、輸出価格競争力を測る指標として広く用いられている。それによると、昨今の円安は競争力を失う方向に若干向かっているが、リーマン・ショックやアベノミクス前に比べればまだ競争力があることが分かる。

国際的な金融市場は急激な為替変動によってかく乱されているため、アジア域内における円相場の位置やREERを注視することにより、実体経済への影響を慎重に判断する必要がある。また、為替変動にかかわらず、収益を確保できるような差別化された財に特化することが重要である。そういった産業に特化し、生産拠点が国内に残るための政策、さらに著しく差別化された海外企業を日本に誘致するための政策が欠かせない。

為替変動が輸入価格に影響するパススルー効果によって、円安がインフレ率をプラスにし、デフレ脱却に貢献してきた。しかし、資源価格の暴落やアメリカの利上げにより急激な円高になっており、原油安の影響も相まってデフレ再来が危惧される。したがって、外部環境の急激な変化にとらわれず、中長期的に日本経済の潜在成長率を上げるための大胆な規制緩和や自由化を着実に進めていくことが重要である。

2.アジアと日本経済の将来

アジア各国の日本製品に対する信頼は厚く、アジア各国の所得が上がれば上がるほど日本製品に対する潜在的な需要は拡大していく。アジア通貨の相場は円安に推移しており、アジアの消費者にとって日本製品は以前よりも安くなっている。日本の商品・サービスの品質に対する評価をさらに高め、需要を拡大していくことが重要である。

同時に、新興国の安定的な成長は、世界経済の持続的成長を支える重要な要素である。アジア全体のインフラ投資を行い、新興国の成長に働きかけていくことは、日本自身の安定的成長を確保する上でも重要になるだろう。

「グローバル化と人口減少下における地域創生の課題」

浜口 伸明 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/神戸大学経済経営研究所教授)

1.地域経済の課題

日本経済は、グローバル化の影響でサービス産業化に向かい、大都市への産業集積やグローバル都市間のイノベーション競争が激化している。一方、地方に分散していた量産型工場は海外へ移転したり、振り落とされたりしている。

また、都市と地方の横のつながりによって少子高齢化が加速している。出生率が高い地方から低い大都市へ、若者人口が継続的に移動している。このことが高齢化率を引き上げ、日本全体の出生率を下げている。

政府は地方創生の方針として、地方それぞれの強みを生かすことで日本全体を引っ張っていくと言っているが、地方に偏重した政策はかえって非効率である。高所得で生産性が高い地域から、低所得で生産性が低い地域に人口を定着させる政策をとると、生産性の高い地域の労働供給が過小になり、社会的厚生が下がる。

小規模の都市に集積する産業は少なく、大都市には集積が多いという頑強な階層的秩序が地域空間には見られる。国は地方で過度な産業誘致競争が起きないようバランスを取ることが求められ、広域的な地域連携や、産業に応じた連携相手の組み替えも行っていかなくてはならない。

2.地域創生で求められる政策

イノベーションの国際競争力を牽引する大都市の集積の不経済を軽減する必要がある。特に子育ての機会費用を軽減する技術革新や、本社機能の分離などによる東京の機能の高度化が求められる。

産業政策においては、無駄な企業誘致競争を避けるとともに、育成すべき産業は近隣の自治体と連携して行う。移出産業の育成によって独立した収入源を持つことは重要だが、地域内の商取引や資金循環を活性化することも必要である。イノベーションは企業のネットワークによって支えられており、それを促すインフラ整備が必要である。中小企業のクラスター化やネットワーク間をつなぐハブ企業の機能も重要である。

質の高いイノベーションを生み出すためには、都市の新陳代謝が非常に重要である。地方には、容易に代替できない基幹部品を作りだす企業もあるので、サプライチェーンの強靱化につながる地域政策を実行することが必要である。

「日本の技術革新力の強化を目指して」

長岡 貞男 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/東京経済大学教授/特許庁知的財産経済アドバイザー)

1.企業の能力構築

技術革新力とは、特定の技術を開発することではなく、毎年新しい技術を生み出していく力である。技術革新力を強化するには、企業の能力構築、インセンティブ設計、世界の知識の活用が求められる。

企業の能力構築で重要なのは、サイエンスの吸収能力と、国境・国籍を越えた人材の組み合わせである。就職後に課程博士を取得した研究者は発明の質が高まるといわれているが、日本の企業内発明者には博士号取得者が少なく、サイエンスの吸収能力を高める必要がある。

国境・国籍を越えた人材の組み合わせも、日本ではあまり増えていない。単純にダイバーシティを増やすのではなく、それを活用したり、デザインできなければならない。長期的な視点でサイエンス吸収能力に投資していくべきである。そのためにも産学連携、教育制度改革、外国籍のプロフェッショナル人材の受け入れなどが必要である。

2.インセンティブ設計

研究開発は不確実性が高いので、お金によるインセンティブは逆効果になる可能性がある。発明にとって重要なインセンティブは内発的動機であり、先駆的で独創的な研究をすることによってもたらされる。合理的なインセンティブ設計のためには、リスクを企業と発明者で効率的に負担し、昇進・昇格などによって長期的な評価を行うことが大切であり、そのための制度設計の自由、企業のリスク負担能力の強化が求められる。

3.世界の知識の活用

世界で研究開発を行う企業がたくさん出てくれば、その知識を生かして次の知識をつくることができる。そのためには情報のローカリティがないことが前提となる。特許制度は世界公知が建前だが、情報不足や国際的なバリアにより、情報はかなりローカルである。今回のTPPではパブリックドメイン、透明性、グレース期間(発明公表から特許出願までの猶予期間)に関する規定を設けており、世界の発明者が情報をできるだけ共有し、世界全体で新しい研究開発をしていく制度設計になっている。

Q&A

司会:小西 葉子 (RIETI上席研究員)

Q1:TPPは必ずしも日本に好景気をもたらさないのではないか。特定の業種や企業に利益が集中する可能性があるのではないか。

若杉シニアリサーチアドバイザー:国際貿易の理論からは、自由化は大国よりも小国により多くの利益をもたらすが、既に自由化が行われている小国は、TPPに参加することで得られる利益はそれほど大きくない。他方、大国の日本は非関税措置の自由化から大きな利益を得られる。その利益をうまく国民の中で配分していくシステムをつくることが大切である。

Q2:RIETIで産業別実質実効為替レート(I-REER)を公表しているが、アジア9カ国以外と比較することはできるのか。為替相場の行き過ぎた乱高下を防ぐにはどうすればいいのか。乱高下しても耐えられるようにするにはどうすればいいか。

清水プログラムディレクター補佐:データとしては27カ国そろえている。先進国のデータを構築中で、来年度初めには公表予定である。非常に競争力がある企業は、為替変動に影響されない。円建てで輸出できたり、為替が変動したときに相手に転嫁できるからだ。そういう企業の割合を国内で増やさなければならない。乱高下を減らすには、日本と中国が協調し、ドル基軸の通貨政策から、円・元を用いながらアジア通貨を安定させていく政策が必要である。

Q3:地方に特定の産業を集積した場合、非効率となる事例を教えてほしい。

浜口プログラムディレクター:われわれの研究はまだ理論的な分析にとどまっていて、現状でそのような事例が発生しているわけではない。

Q4:日本の将来を考えると、研究はハイリスク・ハイリターンに特化していくべきか、それともローリスク・ローリターンか。国際競争力を持つ人材を育成するにはどのような取り組みが有効か。

長岡プログラムディレクター:国としてハイリスク・ハイリターンの研究を助けていくべきである。人材育成については、日本は国際的なつながりが十分でないため機会損失が大きい。大学を出れば英語のビジネスができるくらいにすべきである。

第2部 「成長と社会制度創り」

「日本の長期停滞から何を学ぶか」

深尾 京司 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/一橋大学経済研究所教授)

1.中国経済の転換点と日本経済

中国は大量の資本投入によって高度成長を遂げてきた。しかし、資本投入ばかりしていると資本収益が下がり、成長は維持できない。中国の資本収益率は2011年ごろから下がっている。一方、日本は高度成長期に資本の投入が増え、1970年代以降に資本収益率が低迷した。

また、中国は生産人口年齢の成長率が急速に低下している。これにより労働投入の成長率を減速させ、自然成長率を下げるので、資本の過剰と資本投入増加の寄与の低下を招くと考えられる。ただ、中国の1人当たりGDPはまだアメリカと差があるので、学ぶ余地があるとも考えられる。

中国がもし改革に成功すれば、資本蓄積に代わって全要素生産性が上がり、豊かになる可能性がある。しかし、そのときに問題になるのが貯蓄超過である。したがって、中国は全要素生産性を上げて、資本蓄積を下げ、貯蓄率も下げることが現実的な政策であろう。

中国が構造改革に成功して投資を減らすと、日本のダメージが大きい。日本は資本財をたくさん作って中国に輸出しているからである。逆にアメリカは消費財をたくさん輸出しているので、中国が低成長になると影響が大きい。

2.日本の投資停滞

2000年代以降の日本の資本深化のスピードは、他の先進国と比較して極めて遅い。投資の低迷は製造業だけでなく、非製造業でも起きている。なぜなら、日本では有形資産投資全般に比べて、無形資産投資や情報通信技術(ICT)投資が停滞しているからである。

有形資産と補完的な要素を持つ無形資産の蓄積やICTの投入を阻害する要因が働いているように思う。非正規雇用の拡大によって労働者の熟練の蓄積が妨げられ、安価な労働者を使う形態が広まっていることも、投資停滞の背景にあると考えられる。

「産業政策に関する新たな論点」

大橋 弘 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科教授)

1.市場と規制のバランス

市場の競争に任せるだけではうまくいかないことがある。電力自由化を例にとると、地域独占に競争が導入されることで電力市場の効率性向上が見込まれる一方、再生可能エネルギーを拡大するためには、社会全体として調整力を確保する必要があるが、そうした公共財が市場で提供されないという問題がある。

そこで、これまで裏方だった送配電部門が、発電と小売をつなぐプラットフォームとして重要になる。プラットフォームは独占なので規制が必要であり、規制の在り方によっては電気事業のイノベーションの方向性に影響を与える可能性もある。

2.AI、IoTの時代

プラットフォームは、人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)との親和性が高い。生産工程を見える化し、データとしてAIに吸収すれば、ベストな方法を探し出せる。多様なインプットを与えればアウトプットのクオリティが上がると考えられる。自分の稼働率が見えるようになれば、資本稼働率のさらなる向上が可能になり、市場競争のあり方も変わる可能性がある。

このインプットを企業やコンテンツに見立てると、多くの企業・コンテンツがプラットフォームに参加すればするほど、プラットフォームの魅力は向上する。古典的な経済学や競争政策では、「代替」のビジネスが相手だったが、プラットフォームの世界は、つながることで自分の魅力が高まる「補完」のビジネスの考え方である。その点で、AIやIoTはビジネスを新しいフェーズに導いているように思う。

3.経済学の貢献

情報技術(IT)を媒介した異分野融合が進む中、分権化された知識を社会知とする仕組みとしての「市場の役割」と、効率性を達成するための「競争の役割」が、急速に相対化していると考えられる。競争政策のあり方も変わってくる可能性もあり、経済学が取り組むべき新たな課題が生まれるのではないか。

また、自由な競争が必ずしも国益に資さないこともある。経済学は経済政策としてあるべきルールメーキングの知見を創出し、社会と共有させることが求められる。

「雇用制度・人材教育改革に向けて―人的資本プログラムの研究成果と政策インプリケーション―」

鶴 光太郎 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/慶應義塾大学大学院商学研究科教授)

1.女性の活躍

女性の働き方や両立支援について、女性の枠組みの中だけで議論していても解決しない。むしろ、男性の働き方を変えなければならない。正社員の女性比率が高いほど企業の利益率は高まり、雇用の流動性が高い企業や女性が働きやすい環境が整備されている企業の方が、女性を活用した業績効果がより顕著である。つまり、日本的な雇用システムから離れた企業の方が、女性の活用が進んでいる。

女性が活躍するには、企業の環境を変えるだけでなく、家族を含めた職場外の支援が不可欠である。夫の家事・育児参加や親との同居、保育園利用は、既婚女性の就業に好影響を与える。夫の家事・育児参加を促すには、夫が正社員でも限定的な働き方を選択したり、柔軟な労働時間制度を利用することが有効である。

2.同一労働同一賃金・均衡処遇

日本の賃金制度は職務給ではないので、厳密な同一労働同一賃金は難しい。そこで、客観的に説明できないような格差をなくすため、労働契約法20条で、「客観的理由」もなく、有期雇用と無期雇用の間で労働条件に差を付けることが禁止された。

「客観的理由」とは、職務内容、学歴・資格、勤続年数・経験、将来に向けた勤続可能性などである。これらをどこまで明示するのか。また、通勤手当や食堂の利用などについては、厚生労働省は均等処遇が適当とする通達を出しており、どこまで均等待遇が必要かを考えることが課題である。

3.最低賃金・賃金政策

最低賃金が上昇すると、熟練度が低い労働者の需要は減る。すると、特定のグループに過度の負担が掛かる可能性があるので、最低賃金を上げるときは、ある程度緩やかに行う必要がある。

最低賃金制度への依存は、企業における労使関係の機能不全の象徴だと考えれば、低賃金労働者の待遇改善を労使関係で実現させる努力も必要である。イギリスには低賃金委員会がエビデンスに基づいていろいろな政策提言を行っており、日本でもそのような専門組織を検討すべきである。

「財政赤字・社会保障制度の維持可能性と金融政策の財政コスト」

深尾 光洋 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/慶應義塾大学商学部教授)

1.財政再建のための税負担の在り方

財政赤字は課税の将来への繰り延べであり、将来世代への課税負担を発生させる。世代間の公平性の観点から、過去に課税を免れた世代にある程度負担してもらうのがよい。消費税を上げるとともに、所得の相対的に高い高齢者に対する年金や介護保険などの社会保障費支出を抑制することが、世代間の公平性の観点から望ましい。

2.金融の量的緩和、マイナス金利政策の副作用

インフレ率の目標を達成して、日本銀行が金融の量的緩和やマイナス金利政策をやめると、国債価格が暴落して長期金利が相当上昇する可能性が高い。これは日銀に数十兆円規模の巨額の損失を発生させるとともに、金融市場に大きな衝撃を与える可能性がある。通貨発行益を持つ日銀は現状の銀行券残高であれば最高80兆円近い損失を負担することが可能だが、金利の上昇に伴い銀行券の需要が相当減少する。従って、日銀がゼロ金利で調達できる資金が減少し、損失を吸収する能力が低下する。

損失が30兆円程度までであれば、日銀納付金の削減で長期的には自力による処理が可能である。しかし、損失が40兆円を超え、金利上昇時の銀行券残高を上回ると、日銀は損失処理が不可能になる。マイルドなインフレの下でもゼロ金利のまま放置すればインフレ率は加速するので、物価の大幅な上昇による銀行券の需要増とバランスを取るのも1つの処理方法だが、もう1つの方法としては準備預金の大幅な引き上げを行い、民間金融機関にゼロ金利の日銀当座預金保有を強制することで負担を押しつけることもできる。いずれの処理方法でも、政府・日銀は厳しい非難に晒されることになるだろう。

3.潜在成長率の低下と移民政策

日本の潜在成長率は0.5%程度であり、女性や高齢者の雇用を促進するなどしてもせいぜい1%である。潜在成長率を引き上げるには人口対策が必要だが、出生率を今すぐ引き上げても労働力になるのは約20年後である。また、社会保障制度の維持を考えると、高齢者介護・医療制度におけるマンパワー不足が深刻化するだろう。

そこで、成長戦略の柱として、移民政策を位置づける必要がある。具体的には、日本語能力試験1級レベルのバイリンガルに対して5年程度の就労ビザを発給し、5年間平穏に働いた後は永住権を与えてはどうか。

Q&A

司会:(松田 尚子 RIETI研究員/東京大学政策ビジョン研究センター)

Q1:第4次産業革命が経済活動に浸透してきた現代社会では、生産性をどのように測ればいいか。日本ではAIへの投資もICTのように抑制されてしまうのか。

深尾京司プログラムディレクター:生産性の計測については、内閣府の経済社会総合研究所で物価情報を改善するプロジェクトを走らせている。日本では中小企業においてICTの導入が遅れており、そこを進めていく必要がある。

Q2:AI、IoTのプラットフォームに関する研究をしているプロジェクトはあるか。日本の産業界のパフォーマンスが高くないのは、各企業が属するネットワーク自体が時代遅れだからではないか。

大橋プログラムディレクター:AIについては、九州大学の馬奈木俊介先生と、成城大学の中馬宏之先生のプロジェクトが進んでいる。企業戦略については、グローバルなプラットフォームにアウトソースすると、研究開発のコストが減ったように見えるが、今後のイノベーションの方向性を自分で決められなくなる。なので、短期的利益と長期的利益をはかりにかけて、その均衡を変えていくための方策が必要である。

Q3:同一労働同一賃金は、何を基準として捉えればいいか。また、実現する鍵となる政策は何か。男性の働き方を変えることによって女性の活躍が増えてきた事例はあるか。

鶴プログラムディレクター:格差があっても、十分な合理的客観的説明ができることがポイントである。しかし、その合理的理由に関する指標はまだできていない。そのための仕組みが必要である。先進的な企業は男女を問わず、長時間労働を抑制したり、在宅勤務を進めたりしている。

Q4:今後、高齢者間でも格差が生じる。高齢者同士で支え合う仕組みは考えられるか。移民は日本に来てくれるだろうか。

深尾光洋プログラムディレクター:たくさん消費する人には消費税を多く負担してもらったり、所得に余裕がある人は年金の支払いを遅らせ、所得がなくなった後で支給を開始する形がよい。移民については、日本にブランド力があるうちに、バイリンガルで責任感のある若い外国人を優遇し、永住権を与えていくことが重要である。