新春特別コラム:2018年の日本経済を読む

日本がアジア・太平洋地域の通商交渉をリードする

山下 一仁
上席研究員

新春コラムは執筆者個人の責任で発表するものであり、経済産業研究所としての見解を示すものでは有りません。

アメリカの反グローバリズム

2016年の大統領選挙ほど貿易が問題となったことはない。

民主党の予備選では、当初は泡沫候補だったサンダース上院議員が、環太平洋経済連携協定(TPP)から撤退すべきなど反グローバル化を唱えて多くの人の支持を得た。TPPにバッテンを付けたプラカードが民主党大会で踊り、ほとんどのアメリカ人がTPPを知るようになった。

本選挙でトランプは、自由貿易と移民によってアメリカの雇用が失われたと主張した。共和党の候補が反自由貿易を唱えるのは1936年以来だ。鉄鋼業など重厚長大型の産業が多いウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニアというラスト(錆びた)ベルトと呼ばれる疲弊した地域でトランプは勝利した。接戦州と言われたオハイオを除き、これまでこれらの州は民主党の金城湯池だった。多数の人たちの不満が、トランプを大統領に押し上げた。

公約通りトランプはTPPから脱退した。安倍総理は、自由貿易の重要性やTPPがアジア太平洋地域で持っている地政学的重要性を説明し、トランプに翻意を促したが、まったく効果はなかった。

拒否すればよい日米FTA

トランプはTPPのような多くの国が参加するメガFTA(自由貿易協定)ではなく、二国間のFTAを推進しようとしている。そのほうが、アメリカの要求を他国に押し付けやすいと考えているようだ。

80年代に日本が苦しい交渉を強いられたのは、冷戦という政治状況に加え、米や牛肉など重要な農産物をガット違反の輸入制限で保護していたという弱みがあったからだが、いずれも消滅した。アメリカが気に入らない国を一方的に制裁するという通商法301条に当時日本は怯えたが、WTOの成立によりこれも否定された。

日米FTA交渉を求められても、日本は筋論を展開すればよい。第1に、TPPはAPEC地域全体の自由貿易地域(FTAAP)実現に向けた取り組みの1つとして位置づけられてきた。二国間のFTA はAPEC首脳が約束してきた途から外れる。第2に、二国間のFTAが重なると、多数のルールや規則が錯綜するスパゲッティ・ボール現象が生じる。メガFTAでは、参加する多くの国の間でルールや規則が統一されるというメリットが生じる。

アメリカ抜きのTPP11の戦略的効果

共和党幹部の中にもTPPに不満を表明する人たちが多く、TPP協定の連邦議会承認は困難となっていた。これが明らかとなった2016年夏から、私はアメリカ抜きのTPP(11カ国が参加するので“TPP11”と言う)を主張した。TPP11を先行させれば、アメリカが38.5%の関税を払わなければ日本に牛肉を輸出できないのに、カナダ、豪州は9%の関税を払うだけでよい。同じことが、小麦、豚肉、ワイン、バター、チーズなどで起きる。アメリカの農産物は日本市場から駆逐され雇用は失われる。日本がワイン、豚肉、チーズ、パスタなどの輸出国であるEUとも自由貿易協定を結べば、アメリカの対日通商交渉の立場は決定的に悪くなる。TPP11はアメリカにTPPへの復帰を促す最良の手段なのだ。

しかし、私の主張に対し、当初政府はアメリカが参加しないTPPは意味がないとか、アメリカ市場へのアクセスを条件に他の分野での譲歩に応じた国は再交渉を求めることとなるとか反論したし、このような政府に同調する学者や研究者も多数存在した。

だが、米韓自由貿易協定で韓国車に対するアメリカの関税は2017年に撤廃されるのに、TPP交渉で日本は農産物関税に拘ったために日本車への関税撤廃に25年もかかることになってしまった。TPPでアクセスが拡大したのはアジアの市場である。これは高い関税で保護されてきた途上国の工業品市場だけでなく、公共事業などの政府調達も多くの国で開放される。急ぎの貨物の場合、通関開始後6時間以内に受け取り可能となる規定がTPPで設けられた。これはアジア・太平洋地域の物流ネットワークの構築に大きく貢献する。アメリカが参加しなくてもTPPが意味がないはずがない。

日本政府の方針変更

日米FTA交渉を求めるというトランプ政権のスタンスが明らかになったとき、TPP11について潮目が変わった。政府は日米FTAになれば、農産物でTPP交渉以上の約束を求められると心配し始めた。それならTPP11を先行させ、アメリカ農産物を日本市場で不利に扱うことによって、アメリカが強く出られないようにしようという思惑が出てきたのだろう。

ベトナムはアメリカ市場での繊維製品の分野でのアクセス拡大の見返りに、国有企業の分野で譲歩したので、TPP11には消極的だといわれた。しかし、アメリカ抜きのTPPはアメリカにTPPに復帰させるための手段なので、アメリカがTPPに復帰すれば、ベトナムの懸念はなくなる。ベトナムも2017年6月積極姿勢に転換した。

こうしてTPP11が2017年11月11日大筋合意した。内容的には、アメリカの復帰を期待して、アメリカの要求で他の国が譲歩した20項目の効力をアメリカが復帰するまで凍結することが大きな特徴である。

アメリカ抜きでも、TPP協定が実現した高いレベルのルールは、将来的に多くのメガFTAやWTO交渉での参考となるし、カナダ、オーストラリア、メキシコなどの比較的大きな国が参加するので、スパゲッティ・ボール現象を緩和することができる。

より高いレベルのTPP・自由貿易圏を目指して

日本はアジア諸国へのTPP参加を働きかけるべきである。経済の発展段階の遅れているベトナムさえも参加しているTPPに、タイなどが参加できない理由はない。TPPが拡大すれば、TPPから撤退したアメリカも翻意するかもしれない。これに中国も参加したいと言い出せば、アメリカは地政学的にも困難な状況に直面する。

大筋合意では困難な4項目が2018年に残された。しかし、これがTPP11合意の障害となるなら、日本はある程度譲歩しても合意をまとめるべきである。ガットも類似の貿易自由化交渉で関税の削減、ルールの改善を行ってきた。4項目以外でも、日本の農産物には大きな関税が残り、国有企業の分野でも多くの例外が設けられた。これらのTPPの内容は将来の交渉で改善すべきである。また、経済が変化していけば、TPPも改訂せざるを得ない。TPP11の締結は、将来のより高いレベルのTPP・自由貿易圏に向けての一里塚に過ぎないと考えるべきだろう。

2017年12月27日掲載

この著者の記事