パンデミック:時間軸と不確実性

中田 啓之
上席研究員(特任)

感染症の外部性と不確実性

感染症の流行(エピデミック)とより広範な流行(パンデミック)には、公的介入を要する市場の失敗を引き起こす要素がある。最もよく挙げられる感染症に関する市場の失敗の原因は、外部性である。すなわち、周りの人が感染していることにより感染しやすくなるという負の外部性、逆に他の人々との接触を避けることが他の人の助けになるという正の外部性である。

しかしながら、今回のCOVID-19による危機は、迅速な公的介入を要する、さらなる市場の失敗の原因を強く示唆している。それは不確実性である。特に、解消に時間のかかる不確実性、または、しばしばナイト的不確実性(Knight, 1921)と呼ばれる、客観的評価が不可能な不確実性である。通常、不確実性の解消の前後、すなわち事前と事後、を明確に区別して考えるのに対して、今回の危機は、不確実性の解消にかかる時間が決定的に重要であることを劇的に示している。特に、鍵となる不確実性は、パンデミックがいつまで続くのか誰にも確かなことが言えないことであり、この点が地震や洪水のような他の大災害とは異なる(影響は長く続くかもしれないが)。従って、事前(ex ante)と事後(ex post)に加えて、進行中(ex interim)の不確実性を真剣にとらえる必要があることを示している。

時間軸への対応

今、われわれが直面している不確実性の一部、すなわち進行中の不確実性は、パンデミックの終息までにかかる時間についてのものである。現在、世界中の多くの政府当局が、経済活動を抑制するような非常に厳しい公衆衛生的介入を課しているが、いつまで経済活動の停止が続くのか不明である。もちろん、人的犠牲と経済の間にトレードオフがあることは明白であるが、公的な財政的・金銭的介入がなければ、経済活動の停止による経済的な理由による健康面等の被害も無視できない規模になる可能性もある。

感染流行の収束の程度により、公衆衛生的介入が緩和される可能性はあるが(実際、いくつかの国が慎重に部分的な解除を模索し始めているが)、治療法やワクチンが開発されるまでは信頼できる客観的な評価ができないため、介入の緩和は政治的、あるいは社会的に容易ではない。公衆衛生的介入の緩和の難しさは、既存研究でも示されている。例えば、Hatchett et al. (2007)は、スペインかぜの際に米国の各都市が導入した公衆衛生的介入を比較したところ、感染拡大の早い段階での介入がピークを平らにするのには有効であったが、介入の緩和が再度の感染拡大を呼んだことを示している。

ところで、よく知られているリスクの中で、同様に時間軸を中心にしたものがある。長生きするリスク、すなわち、どれだけ長く生きられるか分からないリスクである。この長生きするリスクに対して、年金が重要な役割を果たすが、現在、経済活動の停止によって困窮している人々に対して、同様の方法を採る必要がある。すなわち、一度きりの給付ではなく、パンデミックの終息まで継続的な給付が望まれる。パンデミック終息まで数年かかる場合、非常に大規模な財源が必要なので、大規模な公債発行が必要になるであろうが、このような仕組みは、実質的に年金制度が逆向きに機能するものである。つまり、給付を先に行い、後で税金により回収するというものである(その際、累進課税による分配も必要)。

将来のパンデミックへの備え

ところで、専門家が世界的なパンデミックの危険性を警告してきたという事実は、現在の危機が完全に予見できなかったものではないことを示している。しかしながら、世界的なパンデミックは、「曖昧さ(ambiguity)」といわれる類い、あるいは「不測の事態(unforeseen contingencies)」といわれる類いのナイト的不確実性である。これらの不確実性の下では将来の事象を確率的に評価できないため、標準的な費用便益分析は不適切である。既存研究、例えばJames and Sargent (2006)によると、過去のパンデミックによる集計的な経済への影響は、通常、当初予測されていたものより小さかったが、GDPや総被害額といった集計的な指標は、不適切である。というのは、分配への影響、あるいは健康への影響、人的犠牲、さらには長期にわたる学校閉鎖による将来世代への影響等が反映されないからである。むしろ、最もよい(マシな)最悪のケースを追求する、マキシミン原則(ロールズ基準)を適用すべきである(注1)。

将来のパンデミックへの備えとして、今回の危機から学習することで最悪のケースが悲惨なものにならないよう目指す必要がある。例えば、人的、物的な医療資源に冗長性を持たせる施策が考えられる(標準的な費用便益分析では最悪の場合ではなく平均に焦点を合わせているために却下されるであろう)。また、新しい感染症の早期発見は、その不確実性の根源的性質からして困難である。その困難さ故に、活発な国際的協力を誘発するようなメカニズムを構築し、新しい感染症が疑われるケースの発見の報告を直ちに全世界的にし、最早期から情報共有を確実にする必要がある。

脚注
  1. ^ マキシミン原則は、選択可能な施策や行動を取った場合に起こり得る最悪の状態を比較し、その中で最も害の少ない施策や行動を選ぶという、合理的選択の原則である。また、ロールズ基準は、社会の中で最も恵まれていない者の状態が最良になる選択肢を社会的に選ぶという基準である。
参考文献
  • Hatchett, R. J., C. E. Mecher, and M. Lipsitch (2007): "Public health interventions and epidemic intensity during the 1918 influenza pandemic", Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA, 104, 7582-7587.
  • James, S., and T. Sargent (2006): "The economic impact of an influenza pandemic", Working Paper 2007-04 (Ottawa: Department of Finance).
  • Knight, F. H. (1921): Risk, uncertainty and profit, New York, NY: Houghton Mifflin.

2020年4月17日掲載

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