新型コロナウイルス感染拡大による自粛要請―事業者への補償をどうするか?

佐藤 主光
ファカルティフェロー

新型コロナウイルスの感染は拡大の一途を辿っている。感染者数は国内で2,700人(4月2日時点)に上る。こうした中、政府は大規模イベントの自粛を求める他、小池都知事はバーやクラブ、カラオケ店などへの出入りを控えるよう要請した。いずれも強制力がない一方、自粛は要請に応じた事業者(個人・企業)自らの判断に拠るということもあって、彼等の経済的損失は補償されない。他方、業界団体は「自粛を要請するのであれば補償とセット」で実施することを要望する。東京都も支援策を検討するという。仮に「緊急事態宣言」が出されても違反者への罰則はない以上、強制力に乏しい(協力頼みになる)。このため自粛への「誘因付け」がなければ、営業・イベントが続いて、感染が一層拡大する事態にもなりかねない。ではどうするか? 休業する個人事業主の所得や企業の売上を補填する仕組みがあってしかるべきだろう。

政府は「自己申告」に基づき、所得が低下した世帯に対して30万円の給付金を支給する方針を打ち出した。給付金は非課税とされる。また、雇用調整助成金制度は売上などが「1カ月で5%以上」減った企業に対して従業員への休業手当の支払いを助成する。さらに収入が急減(注1)した中小企業・個人事業主を対象に消費税を含むほぼ全ての税と社会保険料の支払いを1年猶予することで資金繰りを支える。このように支援は拡充されているが休業に伴う損失が「十分かつ確実」に補填されるとは言い難い。自粛要請への協力が要件にされているわけでもない。

ここで参考になるのが英国の事例である。英国政府は新型ウイルスにより収入を失った個人事業主を対象に所得の8割に当たる額を1カ月につき最大2,500ポンド(約32万円)まで支給することを決定した(注2)。ただし、過去3年間の営業利益が5万ポンド以下などを要件とする。各人への給付額は過去3年の確定申告を基に決まり、他の所得と同様、課税対象となる。対象者については歳入税関庁(HMRC)がデータから割り出して給付の案内を送付する。(課税と給付が連結している。)給付は2020年6月から始まり、3カ月分が一括で支払われるという。「自己申告」に拠るわが国の給付金とは大きく異なる。課税上の扱いでも両国に違いが見受けられる。

これに倣うとすれば次のような損失補償が考えられよう。フリーランスを含む個人事業主については過去3年間に確定申告された事業所得(=売上マイナス諸経費)をベースに1カ月あたりに所得を概算する。ただし、事業の開始が3年以内のときは直近の事業年度の平均とする。英国と同様、この1カ月あたり概算所得を給付額(以下、損失補償)の基準とする。(1)前年の事業所得が一定以下で、(2)自粛要請に応じて休業することを要件に収入が無くなった自営業やフリーランスに対して一定の上限額(例えば1カ月30万円)まで損失補償する(注3)。休業期間が1カ月以内の場合は日数に応じて調整される。確定申告をしていない事業者については最低賃金(東京都であれば1,013円)と法定労働時間(1週40時間・1日あたり8時間)から支給額を定めるようにする。なお、新しい給付金や学校休業に伴う休業補償など他の制度からの支援がある事業者については当該金額だけ損失補償を減額する。加えて通常の事業所得と同様に課税対象とし、所得が回復した事業者からは一部を回収する。

こうした個人事業主への給付金の窓口は地方自治体が担う。これはわが国では確定申告分をはじめ前年の所得情報は自治体が保有していることに拠る。イベント会社を含む中小企業の休業については、1カ月あたりの売上を補填する。損失補償は従業員・関係者への賃金支払いにも充てられる。この場合、自粛要請への協力と合わせて、雇用の維持が要件となる(注4)。雇用調整助成金との重複を指摘する向きもあろうが、本稿の損失補償は休業要請への「協力」を要件して明示しており、(協力の有無とは別に)「結果」として売上等が減った企業を対象とする雇用調整助成金と政策目的が異なる。この雇用調整助成金を受ける事業者については休業手当の自己負担分(中小企業であれば5分の1)に充当しても良いだろう。損失補償は消費税の納税額から算出する。例えば過去3年間の消費税の納税額の平均を用いる。(消費税の非課税事業者は原則、個人事業主と同様の扱いにする。)消費税額に係る情報は国が持っていることから、企業への損失補償は国が直接行うようにする(注5)。

こうした損失補償は事業者への生活支援になるとともに、自粛要請に協力する誘因付けになるだろう。加えて、これを契機に自営業者等個人事業主による適正な確定申告を促す。クロヨンあるいはトーゴ―サンと揶揄されるように自営業者の過小申告が税制の公平性を損なうことが問題視されてきた。過小申告の「程度」については十分なエビデンスがあるわけではないが、所得捕捉の正確性に欠いてきたことは否めない。上の損失補償は所得を過小申告してきた事業主に対する支給額を実際の所得に比して減じる。むしろ、正しく申告した方が得というわけだ。首都直下地震や大型台風など天災は今後も続くだろう。

今回のスキームは天災等で所得が急減した個人事業主への支援策としても活用できよう。ただし、(ホテルなどの)施設の避難所としての利用や敷地内での仮設住宅の設置、(小売業等については)救援物資の提供など国・自治体の被災者救済への協力を要件とする(注6)。とはいえ、今回を含めて莫大な財源の確保が課題になろう。消費税は平時の社会保障給付費(年金・医療・介護等)および(コロナ感染拡大を含めて一時的要因に拠らない)構造的な基礎的財政収支(プライマリーバランス)の均衡化に充当する。

よって、財源確保には所得税を充てる。具体的には基礎控除等人的控除の税額控除化を含め控除制度を見直す。結果、再分配機能が強化されるが、所得税には保険機能(=課税後所得の平準化)もあることは強調に値する。これを徹底するためには低所得あるいは所得が急減したとき、給付の仕組みを創設する。以って、所得が多いときは課税される一方、減少したときは補填されるようにする。「負の所得税」として知られ、実例としては諸外国では勤労者への給付付き税額控除などがある。ここで適正な所得情報は課税のみならず、給付のために活用される(注7)。近年、収入が不安定な非正規雇用やフリーランスなどが増えている。所得税の保険機能はこうした勤労者への支援として働くだろう。

脚注
  1. ^ 2020年2月以降の1カ月で収入が前年同期比2割以上減少。
  2. ^ 「コロナウイルス自営業収入支援スキーム」という。
  3. ^ 補償は感染拡大を防止することの「外部便益」への見返りと理解してもよいだろう。
  4. ^ 雇用関係のないフリーランスについては個人事業主への損失補填でもってカバーする。
  5. ^ 本稿のスキームは確定申告、消費税など税務情報を補償=給付に用いることにある。現行の雇用調整助成金などでは売上減の確認にあたっては月次損益計算書や総勘定元帳などの提出を求めており、税務情報とはリンクはしていない。
  6. ^ この他、受給にあたって事業継続計画(BCP)の作成や生産性の向上に向けた取り組みなどを要件とすることもあり得るだろう。
  7. ^ 改革後、所得税の一部は天災・自然災害に備え、給付の原資として、予め基金に積み立てるようにするのも一案だ。

2020年4月7日掲載

この著者の記事