『政治経済のトリレンマ』から見る世界政治

伊藤 宏之
客員研究員

変化する世界政治

今、多くの国々で政治的変革が起きている。 2017年に政権についた米国トランプ政権は、自国利益を最優先し、貿易相手国が同盟国であろうとなかろうとなりふり構わず関税増税をちらつかせながら、米国にとって有利な条件を交渉から引き出すというスタイルを貫いている。自国第一主義、反グローバリズムを大きく掲げることに対してなんのためらいも恥じらいもない。

自国第一主義は米国にとどまらず、EU離脱をとおして自国の主権回復を図る英国にも共通する。他の多くの国でも、政治的主張の左右を構わず自国第一主義を掲げるポピュリスト政権が生まれ、行き過ぎたグローバル化に歯止めをかけ、グローバル化によって失われたと主張する自国民の経済的利益を回復しようとしている。

貿易や金融市場の自由化によるグローバル化を「外のグローバル化」であるとすると、難民や移民の流入増加は「内のグローバル化」であり、それに対するバックラッシュ(反発)もヨーロッパ諸国や米国、南米などで起こっており、難民や移民による社会保障などのフリーライド(利益便乗)をとめ、自国民への利益分配を優先する政治的勢力に対する支持が上がってきている。

このような新しい政治的勢力の台頭は今までの世界政治の潮流とはかなり違ったものである。

例えば、ヨーロッパは、第二次世界大戦後、自国利益を多少犠牲にしても民主主義的なプロセスを保ちながら域内の政治、経済の統合を図ってきた。そんなヨーロッパにとって、自国民の利益優先や反グローバリズムの考えが台頭してきたことは、戦後のパラダイムの転換を意味しており、今まで築き上げてきたヨーロッパ統合が岐路に立たされている。

さらに、もともと比較的民主主義であった国においても、政権側と国民との間に軋轢が両者の対立を生み、政権側が非民主主義的、強権的な手段をもって国民を押さえつけようとする例も見られる。現在の香港や、ベネズエラ、そしてトルコなどがそれにあたる。

Rodrikの「政治経済のトリレンマ」

このような現在起こっている政治情勢の変化を「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」の3つの観点から包括的に見ることができる。それが、Dani Rodrik(2000)の言う、「政治経済のトリレンマ」である。

「トリレンマ」と聞くと、国際経済に精通している人は「国際金融のトリレンマ」を思いつかれるかもしれない。

「国際金融のトリレンマ」とは、「為替の安定性」、「資本の自由な移動」、「金融政策の自立性」の3つの政策目標のうち、一度に2つは達成できるが、3つをすべて満たすことはできない、という理論で、Mundell(1960)やFleming(1961)に紹介され、それ以降、国際金融の中心的な理論となっている(図1-a)。

図1:『国際金融のトリレンマ』と『政治経済のトリレンマ』
図1:『国際金融のトリレンマ』と『政治経済のトリレンマ』

Dani Rodrikはその理論を政治経済に当てはめ、「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」の3つの政策目標・統治形態のうち、一度に2つは達成できるが、3つをすべて実現することはできない、とした。

例えば、ヨーロッパ連合(EU)加盟国は、それぞれ民主主義的な政体をもち、かつグローバル化されて国際経済や市場に対して開かれている。しかし、そのために加盟国は、自国の利益のみを追求し国家主権を(他の加盟国以上に)主張したりすることができない。つまり、加盟国はEUという『国際的連邦制』に属しているといえる(図1-bの三角形の右下の角)。

現在、EUからの離脱を進めている英国は、まさに自国の利益を追求するために国家主権を再獲得しようとしているのである。Rodrikの「政治経済のトリレンマ」によると、英国は自国の主権をより一層追及するには(つまり、図1-bの三角形の右下の角から「国家主権」の辺に向かうためには)、ある程度民主主義的な政策決定を制限するか、グローバル化した経済の開放度を下げるかをしなくてはならない。ジョンソン政権が厳格に民主主義のプロセスをとりながら行動していることを考えると、英国のEU離脱はグローバル化を犠牲にすることによってのみ実現されると言える。つまり、今後自国の利益追求をはかればはかるほど、国際市場へのアクセスを縮小しなくてはならないということになる。

自国の国家的主体性を保ちながら経済のグローバル化を図る国もある。そのような国は、自国のルールや基準を作る際に国際的なルールや基準に合わせようとし、必ずしも民主的なプロセスで政策決定をするとは限らない。つまり、そのような国は、自国民が民主的に決めた政策やルールよりは、多国的企業や国際機関が決めたルール、あるいは他国と行政機関(つまり、民主的に選ばれるわけではない官僚)が交わした条約や取り決めなどが国内基準を作るときのベースになる。この状態をトーマス・フリードマンは、“Golden Straitjacket(金の囚人服)”と名付けた(図1-bの三角形の頂点)。彼曰く、Golden Straitjacketとは「経済が強くなり、(民主)政治がなくなる」状態なのである。

このように国家主権が強く、グローバル化の利益を享受している国は、民主主義の感覚を強める、あるいはグローバル化の度合いを弱めることでGolden Straitjacketから解放される。

国益優先の政策を民主主義国家の下で選択することも可能である。しかしその場合は、グローバル化の利益を享受することはできない(図1-bの三角形の左下の角)。1944年から1971年まで続いたブレトン・ウッズ体制は、加盟国が国家間の資本移動に規制をかけることを許容し、現在よりも国際貿易も規模が限られていたので、政治経済トリレンマの観点からすると、民主主義と国益優先の政策組み合わせであるといえる。

このように、「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」の3つの政策目標・統治形態のうち、一度に2つは達成できるが、3つをすべて満たすことはできない。

「政治経済のトリレンマ」の証明

しかし、それは本当にデータによって説明できるのであろうか?

Aizenman and Ito (2019)は、「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」の3つを数値化し、1975-2016年、139カ国分作成した。そしてその数値の加重平均が定数になれば、その3つの数値は直線関数の関係にあるといえる、つまり、「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション』の3つの変数はトリレンマの関係にあると仮定し、それを計量数学的に証明できるか分析した。

回帰分析の結果、先進国では、民主主義の度合いがサンプル期間一貫して高く安定していることから、3つの変数のトリレンマではなく、グローバル化と国家主権のジレンマ、つまり二者一択の関係にあることがわかった。また発展途上国は、Rodrikが主張するように、トリレンマの状態にあることが分かった。

3つの変数を注意深く見てみると、全般的に、先進国では民主主義のレベルは安定して高留まりしているのに対し、国家主権の度合いが下降トレンドにあり、グローバル化の度合いが上昇基調にあることがわかった。発展途上国では、国家主権の度合いが低下しており、民主主義とグローバル化の度合いが上昇基調にあり、現在は3つすべての指数が中程度のレベルに集まっている状態にあるということもわかった。

3つの政策目標・統治形態が政治・経済に与えうる影響

では、これらの「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」の3つの政策目標・統治形態は、実際の政治・経済にどういった影響を与えるのであろうか? 特に、これらが政治的安定性と経済・金融危機の発生確率を従属変数として回帰分析を行ってみた。

その結果、民主主義の度合いが高い先進国ほど政治的不安定を経験する傾向が強く、発展途上国は、民主主義の度合いが高いほど政治的に安定する傾向が強いことがわかった。また、先進国では、国家主権の度合いが低いほど政治的安定性が高く、発展途上国ではその逆が見られた。グローバル化に関しては、その度合いが高いほど、先進国・発展途上国ともに政治的安定性、経済的安定性が高いことがわかった。

現在、先進国では特に米国と英国が国家主権を主張しながら自国優先政策と反グローバル化を掲げていることを考えると、この回帰分析の結果が正しいとすれば、このような政策は、政治的不安定を高め経済的危機が起こる確率をあげると考えられる。また、発展途上国の間では、反民主主義的な政策または反グローバル化を主張する国があるとすれば、政治的にも経済的にも不安定性が増すと考えられる。

果たしてこのような結果が実際に起こるのであろうか? 2020年のうちにその答えが出るかもしれない。

2020年3月6日掲載

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