原子力・再生可能エネルギー・節電を通して何を選択すべきなのか

馬奈木 俊介
ファカルティフェロー

今後のエネルギー・温暖化・経済・復興政策

東日本大震災に伴う福島の原子力発電所事故によって増大したエネルギー供給体制の不確実性は、日本のエネルギー需給、エネルギー政策、温暖化防止政策に大きな影響を与えている。我が国では依然として、多くの原子力発電所が発電を停止しており、今後の経済成長戦略、温室効果ガスの排出量およびエネルギーセキュリティなどを考慮した総合的なエネルギー・ポートフォリオの構築が急務である。そうしたエネルギー・ポートフォリオを設定するためには、現在の我が国が立たされている経済・社会状況とそれに伴う産業構造の変化を十分に考慮する必要がある。RIETIで行った研究プロジェクト「原発事故後の経済状況及び産業構造変化がエネルギー需給に与える影響」では、近年の経済状況の変化が日本のエネルギー需給に与えたインパクトを明らかにすることを目的とした(注1)。これに基づき本稿では、今後のエネルギー政策や温暖化政策、経済政策、復興政策の方向性を提言したい。

複数の問題に対応する必要性

震災以降、すべての問題を同時に解決できる方法はなく、ある問題は解決できるが、別の問題は解決できないというトレードオフの中で何れかの選択肢を社会の中で選んでいく重要性が増してきている。

原子力発電

1つ目は、原子力発電の割合を減らすことで得られる安心と電力価格の上昇というトレードオフである。そこで、今後も原子力発電所の再稼働が難しいケースを考慮して、原子力発電所の停止分の電力をさまざまな火力発電で代替した場合の電力価格をシミュレートした。全原発が運転を停止する場合にはどの季節・時間帯においても全体的に、そして特にピーク時間帯に電力価格が上昇することが分かった。地域的にはとりわけ関西を中心とした西日本と北海道で大幅な上昇が見込まれる。また原発が供給力から脱落する分をガスタービン複合火力で補う場合、1日全体としては電力価格の上昇幅は減少するが、夜間の電力価格が相対的に大きく上昇する。このことは主に夜間に電気を使うオール電化設備を導入している消費者および電気自動車による夜間充電の割安さを見込んでいる消費者にとっては想定していない状況であり、今後の対応策が重要となるだろう。

再生可能エネルギー

この5年間、再生可能エネルギーが日本のみならず世界中で急速に普及したが、その金銭的な負担は市民が負っている。つまり、再生可能エネルギーの普及と金銭的負担のトレードオフである。どの程度までの普及を目指すかによって政策支援の度合いも変わってくる。再生可能エネルギー導入を促進するための政策手段である固定価格買取制度に着目し、制度が導入された2012年7月以降に認定された太陽光発電設備および運転が開始された太陽光発電設備を対象に、買取価格が太陽光発電の認定容量および運転が開始された設備の容量(運転容量)にどのような影響を与えたのかを検証した。分析の結果、買取価格が認定容量に与える影響は運転容量のそれと比べて3〜14倍程度大きいことが示され、より高い買取価格を求めて、早期に認定だけを受けるインセンティブが働いていたことが実証的に示された。

節電

震災以降、電力需給が逼迫する状況が増えている。節電の重要性が増し、政策的喚起も頻繁に行われており、節電によって金銭的な節約ができる一方で、そのために電力価格を把握する機器を購入し、チェックする手間が増えるため、どの程度まで実質的な節電が可能かを把握する必要がある。そのため、需給状況に応じて電力価格を変動させることによって需要の調整を図る手法であるダイナミックプライシングが注目を集めている。この方法により、需要が集中する季節・時間帯は価格を高くして需要を抑制し、需要が減少する季節・時間帯は割安にして需要を喚起することが出来るからである。

そこで、ダイナミックプライシングの影響を実験する社会実証を横浜市で行った。この実験は余剰電力買取の仕組みによって影響を受ける太陽光発電設備を持つ消費者を対象としている点が特徴的であり、余剰電力が存在する状況でのダイナミックプライシングの可能性として、ピーク電力時の売電価格を増大させることの効果を検証している。実験の結果、太陽光発電システムを持つ世帯のピークカット効果は一般世帯に対する効果の4分の1にとどまることが明らかとなった。しかし、これらの世帯は夏季のピーク時間帯に自宅の消費量を賄い、さらに余剰電力を供給している点に注目すべきである。そしてピーク時間帯に自宅での消費量を節約し、売電に充てようとするインセンティブが働くことによる一定のピークカット効果がみられた。

また、京都府での実験では、節電の社会規範に関する情報が家計の省エネルギー行動に及ぼす影響についても検証を行った。実験の結果、節電効果が確認されたのはオール電化契約を結ぶ家計のみであり、かつ家族そろって活動する可能性の高い朝と夜の時間帯に効果が大きいことが分かった。このことから、価格介入政策でない場合は、対象を限定した適用が重要であることがわかる。他方で価格介入政策であるピークプライシングの実験の結果も示しており、非価格介入政策とは対照的に節電効果は(ピーク時間帯に限定されるものの)幅広い世帯を対象に適用できる。

何を目指すか

原子力、再生可能エネルギー、節電を通してここでは人々が直面するトレードオフを示す。2016年4月、一般家庭における電力自由化が開始された。固定価格買い取り制度による賦課金の増大や火力代替による電気料金の上昇を背景に、価格介入政策や非価格介入政策がより一層重要となることも分かった。震災後に注目を浴びたが、依然、政策的議論が続いている「どの程度まで原子力を許容しうるのか」「再生可能エネルギーをさらに追求するのか」「節電により原子力・再生可能エネルギーのみで補えない分を補完できるのか」といった議論をある程度、政策や技術普及の効果が分かってきた今こそ、もう一度総合的に見ていくことが求められる。

脚注
  1. ^原発事故後の経済状況及び産業構造変化がエネルギー需給に与える影響」として研究を行い、以下の書籍を成果として出している。本コラムの内容の詳細は下記を参照。
    馬奈木俊介(編). 2016.「原発事故後のエネルギー供給からみる日本経済―東日本大震災はいかなる影響をもたらしたのか」, ミネルヴァ書房.

2016年8月17日掲載