2016年の日中経済関係

張紅咏
研究員

日本の正月が過ぎて間もなく中国の旧正月(春節)がやってくる。日本政府観光局(JNTO)によると、昨年春節休暇を利用した2月の中国観光客は約36万人、消費額は約1000億円も超えた。今年の春節は2月7日から13日までとなるが、今年もたくさんの人が休暇を利用して来日すると予想される。因みに、筆者の知り合いの中でも3人が家族を連れて日本に訪れてくる。観光を通じた交流が盛んになっているが、日中経済関係全体は2010年以降尖閣諸島を巡る領土問題の影響もあり停滞していると言わざるをえない。

日中関係の指標

近年、日中関係がねじれている一方、中国と日本以外の主要国間の国際関係が概ね正常であるといえる。図1は、中国清華大学閻学通(Yan Xuetong)教授の研究チームが作った中国と主要国間の関係を表す指標を示している。この指標は、両国間の外交・軍事・経済に関する公式訪問や会議、協定、突発事件などの内容と回数についてそれぞれ点数をつけ、それに基づいて国際関係を評価するものである。この指標が高ければ高いほど両国間の関係がよいと意味している( 注1 )。

図1に示されているように、1972年日中国交正常化以降、日中関係が大きく改善され、1990年代末まで続いたが、2001年の靖国神社参拝問題と2005年の反日デモで悪化し、2006年は改善する方向に向かったが、2010年尖閣諸島衝突事件以降再び悪化してしまった。2014年時点での数値は-4.86、1972年日中国交正常化前の水準までに低下した( 注2 )。もちろん、現在日中間の相互依存関係は40年ほど前とは大きく異なっており、単純に比較できないが、この指数から日中関係悪化の深刻さが示唆されている。一方、2000年代以降中国は英・仏・露・韓諸国と良好な関係を築き、近年米国との関係もよくなっている。

図1:中国と主要国の関係
図1:中国と主要国の関係
注:元データは1950年から2014年までの月次データとなっているが、ここでは1970年以降各年のデータを平均化した値を用いている。
出所:清華大学当代国際関係研究院ホームページより筆者作成。

日中関係が経済に与える影響

2000年代前半から日中政治関係が悪化したが、経済的な結びが強かったため、経済への影響はそれほど大きくなかった。これはいわゆる「政冷経熱」である。しかし、近年人件費の高騰や中国経済の減速などもあり、2010年以降の政治関係の悪化が経済に与える影響が顕著に現れ、日中貿易は伸び悩み、直接投資も減少しており、日中関係が「政冷経冷」の状態に陥った。

尖閣諸島国有化が発表された2012年9月に、日本の対中輸出は前年同月比で-14.1%となった。Yang and Tang (2014)は上記の日中関係指標の月次データを用いて日中関係の悪化が中国市場における日系自動車の販売に大きな影響を与えたことを明らかにした。その結果は、グレンジャーの因果性検定によって確認された。Heilmann (2015) は日本製品に対する不買運動によって需要が急激に冷え込み、2012年日本の対中輸出(約2.69%減)、とくに自動車のような消費財の輸出(約32.3%減)が一時的に大きく減少したことを報告している。

日中関係の悪化は日本の貿易投資だけでなく、中国経済にも影響を与えると考えられる。陳・徐(2013)は同じ日中関係指標を使用して日中関係緊張の高まりの影響を分析し、もし2010年の日中関係の水準を2012年もそのまま維持できた時のカウンターファクチュアル貿易額と比べて、実際2012年日本から中国への輸出は約368~379億ドル減少し、中国から日本への輸出も約313~318億ドル減少したと試算している( 注3 )。また、2000年代に中国市場における日本企業の現地化が進み、現地調達率と現地販売率ともに増加してきたため、日本企業との取引が減少すると、産業連関効果を通じて中国の地場企業も経済的な影響を受ける可能性があると指摘されている(伊藤, 2012)。以上の量的な分析結果から、日中関係が経済に与える影響が非常に大きかったことがわかる。

日中協力によるRCEPの早期妥結が重要

2014年11月、2年5カ月ぶりに日中首脳会談が北京で開かれ、習近平国家主席と安倍晋三首相の会談は初めてとなり、日中関係改善の兆しが見えてきた。RIETIでは特別セミナーを開いて日中経済関係の課題と今後の展開について議論を行った( 注4 )。今後日中関係を改善するために、政治的、経済的、社会的、さまざまな取り組みが必要である(Todo, 2014)。しかし、当面では経済、文化、人的交流をより活発化させていくが、政治、安全保障の面では全面的に進展することがまだ難しいところもあると考えられる。

日中経済関係を深化するために、その第一歩としてはRCEP(東アジア地域包括的経済連携)の構築を積極的に推進すべきである。RCEPの重要性と必要性についてはすでに多くの研究者や政策担当者に指摘されているが、ここでは2016年にRCEP構築の加速化を強調したい。昨年10月にTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の大筋合意がなされたが、中国国内でも大きな話題になった。筆者の知っている限り、2001年中国がWTO加盟の経験から貿易自由化によって国有企業改革を含む国内構造改革が促進され、中国の国益にもなるという認識を共有し、RCEPやTPPのような枠組みを支持する中国の研究者や政策担当者が大半である。今月4日には、ニュージーランドでTPPの署名式も予定されている。TPPの大きな進展をきっかけに、一気にRCEPの交渉を進めていくと効果的と考えられる。

昨年の11月に行われた日中首脳会談において、「日中ハイレベル経済対話」閣僚級会合については、今年早期に日本で再開するということで一致していた。実現すれば、約5年半ぶりの再開となり、ぜひこの機会を生かして経済、産業分野での協力、RCEP関連の協議を進めてもらいたい。また、今年日中韓首脳会談も日本で開催されるため、政治レベルの関係改善がより進展していけば、RCEPや日中韓FTAの構築も一層加速化され、経済関係を含む日中関係も改善されると期待される。

2016年2月2日掲載
脚注
  1. ^ 指標の値によって国際関係を次の6段階に分けられている:対抗(-9~-6)、緊張(-6~-3)、不和(-3~0)、普通(0~3)、良好(3~6)、友好(6~9)。同指標の構築は複雑で厳密なものであるが、ここでは非常に大まかにいえば、日中首脳会談の場合は0.8ポイント、反日デモの場合は-0.3ポイントをつけるように計算されている。
  2. ^ 2015年の数値はまだ発表されていないが、2014年末と2015年の日中首脳会談が行われたため、2014年の数値より少し高くなると考えられる。
  3. ^ こちらの試算結果は大きな仮定を置いていることに要注意である。
  4. ^ 第10回RIETIハイライトセミナー 「日中経済関係の課題と今後の展開」
    http://www.rieti.go.jp/jp/events/14111001/summary.html
文献
  • 伊藤萬里 (2012)「日中関係悪化の経済的な影響をどのように考えたらよいか?」, RIETIコラム:第358回.
  • 陳思沖・徐奇淵 (2013)「中日関係緊張対双辺貿易的影響」, 中国社会科学院世界経済与政治研究所, 中国外部経済環境監測工作論文系列, 2013 .002
  • Heilmann, Kilian (2015) "The effectiveness of international trade boycotts," Journal of International Economics, forthcoming.
  • Todo, Yasuyuki (2014) "For coin and country: Erasing Japan-China tensions through social, economic, and political equilibrium," Georgetown Journal of International Affairs.
  • Yang, Yuan and Min Tang (2014) "Do political tensions take a toll? The effect of the Sino-Japan relationship on sales of Japanese-brand cars in China," Asian Business & Management, 13(5), 359-378.

2016年2月2日掲載

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