農業・食料問題を考える

牛乳の過剰問題

山下 一仁
上席研究員

1.牛乳が廃棄されたようですが?

北海道や九州では今年3月牛乳を廃棄処分しました。北海道では900トンという異例のものでした。飲用牛乳の消費が3年続けて減少していることが背景にあります。平成15年度は、1.3%、16年度は2.3%、17年度は3.4%の減少です。豆乳、スポーツドリンク、お茶などの飲料が大幅に伸びていることから、その影響を受けているといえそうです。他方、牛乳の生産量は、16年度は1.4%の減少となったのですが、17年度はわずかですが、0.1%の増加となりました。この需給のギャップが牛乳の廃棄につながりました。

2.牛乳の生産と需要の構造はどのようなものですか?

16年度で国内の総生産は828万トンです。そのうち北海道は382万トン、都府県は446万トンです。北海道のシェアは46%となっています。

需要については、飲用に向けられる牛乳は498万トン、バター、脱脂粉乳、チーズなどの乳製品に向けられる牛乳は330万トンで、飲用のシェアは60%です。

生産が多い北海道では、消費地から遠いため、ほとんどの牛乳が乳製品に向けられます。これに対して、都府県では9割の牛乳が飲用に向けられます。

また、牛乳乳製品の商品特性として面白いのは、牛乳を加工すると、脂肪分からはバター、その他の成分からは脱脂粉乳ができます(チーズはまた別の工程です)。こうして牛乳から作ったバター、脱脂粉乳に水を加えると、また牛乳に戻るのです。冬場は飲用牛乳の需要が低く、牛乳は余ります。逆に、夏場は暑いので飲用牛乳の需要が高くなりますが、牛が暑さで夏バテするので生産が落ちます。このため、冬場余った牛乳でバター、脱脂粉乳を作り、夏場、足りない需要についてバター、脱脂粉乳から牛乳に戻したものを販売します。これが加工乳といわれるものです。つまり、牛乳と乳製品にはある程度代替性があります。

話が若干横にそれましたが、これまで都府県の牛乳生産が減少してきた分を補って北海道の生産が増えてきました。しかし、飲用牛乳の消費が都府県の牛乳生産の減少を超えて落ちてきたので、北海道も減産しなければならなくなったのです。

3.酪農とはどのような農業ですか?

牛は毎日手をかけなければなりません。一日でも乳を搾ってやらないと、乳房炎という病気に罹ってしまうのです。したがって、酪農は365日休みのない職業でした。最近では、酪農ヘルパー制度ができて、酪農家もある程度旅行にも出かけることができるようになりましたが、それでも片手間ではできない仕事です。一般に農業では兼業農家の比重が高いのですが、酪農はほとんどが専業農家です。本当に農家らしい農家なのです。特に、北海道の釧路、根室、網走、稚内といった地域では、土が痩せ、また、日照時間も少ないため、通常の麦や大豆などの畑作物を作れず、牛が食べる草しか作れません。冬場の厳しい寒さはご案内のとおりです。私が農林水産省地域振興課長として日本で初めての農家への直接支払い、中山間地域等(過疎等の条件不利地域)直接支払いを制度設計し、これを導入した際も、草しか生えないところは条件不利地域に間違いないとして対象に加えました。

全国の農家戸数は300万戸ありますが、このうち酪農家はわずか2万8000戸、北海道では9000戸にすぎません。1%に満たないのです。このわずかな農家が800万トン以上の牛乳を生産しているのです。しかも、条件の厳しさを知りながら、北海道の離農した農家の跡地に入植する若い青年も多くいます。根室の浜中農協というところでは、こうした青年が就農しやすいように、研修のための農場施設をつくって数年間の研修を支援しています。日本に酪農がなくなるときは、日本に農業がなくなるときだと私は思います。

4.現在行われているWTO農業交渉との関係はどうですか?

現在アメリカやブラジルなどから100%を超える関税は認められないと主張されています。関税に上限を設けるということです。同じく、関税の大幅な引き下げが求められています。これに対して、わが国は例外を設けるよう主張しています。しかし、わが国も認めているように、例外を要求すれば、代償として低い関税率の輸入枠を拡大しなければならなくなります。牛乳はバルキーなのでわが国に輸出されませんが、バターや脱脂粉乳の輸入が増えます。先ほどの牛乳と乳製品の関係を考えると、牛乳の需要が外国の乳製品に食われてしまいます。ますます国内の過剰が深刻になってしまいます。

現在輸入乳製品について独立行政法人農畜産業振興機構が国内価格と輸入価格との差として徴収している額は100%の関税をかなり下回る水準です。また、関税引き下げに対しては、アメリカやEUが行っているように農家への直接支払いという補助金で対応するというやり方もあります。関税引き下げにあくまで抵抗して、乳製品輸入の拡大を招き、過剰をさらに深刻化するような事態は避けるべきです。

5.過剰を避ける道は?

牛乳は最高の健康食品です。ほうれん草などにもカルシウムはありますが、牛乳のカルシウムは人体に最も吸収しやすいものです。若い人に牛乳離れがあるようですが、骨が弱くなりその結果寝たきりになる原因となりやすい"骨そしょう症"という病気にかからないようにするためには、年をとってから牛乳を飲んでも手遅れです。この他牛乳は良質なたんぱく質、ミネラル、ビタミンをたくさん含んでいます。厳しい条件で生産している酪農家のことも思いながら、すこしでも多く牛乳を飲んでもらいたいと思います。

2006年5月29日

2006年5月29日掲載

この著者の記事