企業金融研究会メンバーによるRIETIディスカッションペーパーの概要

2005年11月25日

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はじめに

「バブル」と「失われた10年」の時代を通じて日本経済のメインプレイヤーは大銀行と大企業であった。すなわち、バブルの創出・膨張の立役者は大銀行と大企業であり、その崩壊によって最も大きな損失を被り長期にわたって呻吟したのもまた大銀行と大企業であった。しかし言うまでもなく、日本経済は大企業と大銀行だけで成り立っているわけではない。それどころか、日本の労働者の7割は中小企業に雇用され、付加価値の半分は中小企業によって創出されてきた。その意味で大企業と中小企業の共生が日本経済の本来の姿であるといえる。こうした視点にたてば、過去20年間は大企業・大銀行のプレゼンスが極度に高まったという意味でそこから乖離した特殊な時期である。「失われた10年」を脱出した後の日本経済のあるべき姿として「モノ造り」への回帰が主張されたり、銀行の新しいビジネスモデルの柱として中小企業向け融資が位置づけられたりしているのは、大企業と中小企業が共生する本来の姿へと日本経済が戻りつつある証左といえる。

RIETI企業金融研究会(リーダー:渡辺努一橋大学教授、サブリーダー:植杉威一郎RIETI研究員)では、このような問題意識に基づき、昨年5月以来中小企業の金融面での行動を分析し、今後の日本経済において中小企業の果たす役割を考察している。具体的には、最近整備された中小企業のマイクロデータを駆使することにより、中小企業金融の諸側面について統計的規則性を調べ、それによって中小企業金融の姿を明らかにすることを試みている。今回は、研究会メンバーによって執筆され、RIETIディスカッションペーパーとして公表予定の12本の論文の概要を紹介する。

これらの論文は、大きく次の4つに分けることができる。(1)中小企業のライフサイクルにおいて資金調達環境はどのように変化するのか。(2)銀行による金利設定は合理的だったか、非合理な金利設定のためにミドルリスク市場が未開拓であるならば潜在市場規模はどの程度か、その未開拓の部分を埋めるべくノンバンクセクターはどのような貸付行動を取ってきたか。(3)悪化を続けてきた金融機関の健全性は、どのように企業の実体活動に影響を及ぼしたか。(4)担保、保証、公的関与は中小企業金融にどのように影響するのか。

もちろん、限られたデータと限られた時間の中での分析であり、それぞれの取り組みにおいて、実務家や政策担当者の知りたい点が網羅されているわけではない。今後更なる取り組みが必要である。しかしながら、今回、研究会メンバーによってRIETI Discussion Paper Seriesとして出される12本の論文は、これまでの「現場」の視点や「べき論」に基づく通説を排して正確な現状認識を持つ点でも、失われた10年で変わったこと変わらないことを把握し、今後の改革の方向性を見据える上でも、有益な材料を提供するものである。

中小企業のライフサイクルと資金調達環境

坂井・植杉・渡辺による "Firm Age and the Evolution of Borrowing Costs: Evidence from Japanese Small Firms(企業年齢によって借入金利はどのように変わるのか)" では、中小企業がライフサイクルの中で次第に低い金利を払っていくプロセスを描写する。年齢の増加に従い質の低い企業が選別されるチャネル(淘汰)と、存続企業が行動を変化させるチャネル(適応)それぞれで、年齢が金利における中小企業の資金ギャップを緩和することを明らかにする。加えて、中小企業の淘汰チャネルは、質の低い企業が高い金利を払って退出する点で正常に機能しており、追い貸しが顕著に見られた大企業とは異なっていることが分かる。更に、淘汰よりも適応が資金調達環境の改善に寄与していることも分かる。これは、企業を退出させて元気な企業の参入を促す「創造的破壊」よりも、現在ある企業を生かす形で改革を進める「漸進主義」が、経済全体を大きく変える可能性を示している。

胥・鶴田による 「経営不振に陥った中小企業の存続期間と債務構成」 では、中小企業のライフサイクルにおける退出に焦点を当て、企業の法的破綻に企業間信用が果たす役割を明らかにする。主要な資金繰りの手段である企業間信用の比率が高いほど企業は早く法的破綻に至ること、その際には企業間信用が大幅に減少することが示される。これらの事実は、企業間信用は銀行借入に比べて債権者の数が多く私的な調整が困難であるという仮説、企業間信用が無担保債権であるために借り手の信用リスクの高まりに敏感に反応して引き揚げられるという仮説と整合的である。

銀行による金利設定とミドルリスク市場の可能性

細野・澤田・渡辺による「中小企業向け融資は適切にプライシングされているか」では、金融機関による金利設定が適切かどうかを分析する。(結論保留)

益田による 「銀行の中小企業向け貸出のフロンティアを探る ミドルリスク市場の把握貸出拡充の銀行収益への貢献度」 では、資金調達コストが低く競争優位にあると考えられる全国銀行が、今後どの程度貸し出しを増やし金利を引き上げられるか、その結果、どの程度収益を改善できるかを試算する。具体的には、ノンバンクや政府系金融機関による貸し付けの代替と金利引き上げ、信用リスクが比較的高い企業における新たな貸出需要の発掘により、全国銀行が貸し出しを9%弱、資金運用益を11%弱増やしうると推計されている。

鶴田による 「ノンバンク融資とモラルハザード問題」 では、従来金融機関が扱ってこなかった分野で高い収益をあげるノンバンクのパフォーマンスに着目し、その理由を探る。貸し手による適切なモニタリングが存在しなければ、借り手のモラルハザードにより、ノンバンクは大きな損失を被る。実証分析の結果は、ノンバンクから借り入れる企業が債務超過に陥りやすいことを示す。一方、ノンバンクは平均的に高い利益率を確保している。借り手企業のモラルハザードは、ノンバンク業界全体の経営困難・退出をもたらすほど深刻な問題になっていないと解釈することができる。

銀行財務の健全性が企業活動に及ぼした影響

細野・増田による "Bank Health and Small Business Investment: Evidence from Japan (行の健全性と中小企業の設備投資)" では、メインバンクにおける財務健全性の悪化が、借り手中小企業の設備投資に負の影響を及ぼすことを示している。分析対象の2000年代初頭には、主要行に対し、自己資本比率を基準にした金融当局による監督・検査が厳しく行われた。こうした制度的な要因も寄与し、主要行がメインバンクの場合に、財務健全性悪化の負の影響が設備投資減少に顕著に現れている。

小川による 「メインバンクの財務状況と企業行動」 では、細野・増田の分析対象を2つの点で広げている。第1に、設備投資だけではなく、雇用、流動性の保有なども含めることで、企業の事業活動を網羅的に把握する。第2に、金融機関と企業との関係が、決済口座の提供・取引先の紹介など多岐にわたることを踏まえ、融資以外のチャネルを通じてメインバンクの財務状況が企業行動にどう影響するかを分析する。分析の結果、不良債権比率や自己資本比率の悪化は、設備投資・雇用を減少させること、融資以外のチャネルも企業行動の変化に影響することが示されている。

播磨谷・永田による「 中小企業金融におけるメインバンク関係の検証-地域金融機関の効率性と貸態度との関連 」では、細野・増田や小川とは異なり、金融機関の健全性を示す指標として、自己資本などではなく費用効率性を用いる。費用効率性は、1単位の付加価値を生むのに実際にかかる費用が、理論上の最小費用にどの程度近いかという概念である。メインバンクが効率性を改善すると、その貸出態度や融資条件の変更要請にどう影響するかを調べる。実証分析の結果、効率性改善は、メインバンクの貸出態度を有意に改善することが分かる。

担保・保証の役割と公的関与の妥当性

小野・植杉による "The Role of Collateral and Personal Guarantees in Relationship Lending: Evidence from Japan's Small Business Loan Market(リレーションシップレンディングにおける担保・保証人の役割)" では、金融庁など行政当局において否定的に捉えられることの多い担保や保証人が、借り手企業や金融機関のインセンティブ問題、ひいては中小企業の資金調達の困難さをどのように緩和するかを分析する。担保や保証人の提供によって企業のモラルハザードが抑制されること、担保・保証人が金融機関のモニタリング活動や企業とのリレーションシップと補完的であることが示される。担保や保証人の提供余力がある限り、企業がこれらを提供することには積極的な意義があるといえる。

渡部による "How Are Loans by Their Main Bank Priced? Bank Effects, Information, and Non-price Terms of Contract (メインバンクによる貸出の価格はどう決まるのか?)" では、小野・植杉とは異なった面から、担保やリレーションシップの評価を行う。具体的には、担保やリレーションシップの価値がメインバンクによる貸出金利にどのように反映されるかを分析する。分析の結果、メインバンク関係の長さや担保の自発的な提供は、貸出金利に有意な影響を与えないことなどが示されている。

根本・深沼・渡部による 「創業期における政府系金融機関の役割」 では、政府系金融機関と民間金融機関の補完関係の有無を調べるとともに、政府系金融機関が直接貸付を行うことの有効性を検証する。その結果、政府系金融機関においては、資産・担保余力が小さく事業経験のない創業者への貸付比率が高く、民間金融機関との補完性が示される。更に、雇用成長率に政府系金融機関借入はプラスに寄与することが分かる。

植杉・坂井による" Effectiveness of Credit Guarantees in the Japanese Loan Market(日本特別信用保証制度) "では、直接融資ではなく信用保証制度に注目する。理論分析においては、信用保証制度は借入制約を緩和し社会的に必要な投資を行う点で効率性を改善するとされている。しかし、1998年~2001年に導入された特別信用保証制度については、一般に、モラルハザードがもたらす負の側面を強調する見方が多い。ここでは、保証利用企業・非利用企業の事後的なパフォーマンスを比較し、特別信用保証制度の借入制約緩和効果がモラルハザード効果を上回ることを示している。

文責 植杉威一郎

2005年11月25日