国際貿易と貿易政策研究メモ

第28回「中国の衝撃:中国からの輸入増大がアメリカ製造業に与えた影響」

田中 鮎夢 リサーチアソシエイト / 中央大学商学部准教授

1. はじめに

中国からの輸入増大によって、アメリカでは格差が拡大、労働市場の二極化傾向が強まっていることが指摘されている。2001年のWTO(世界貿易機関)加盟以後、中国からの輸入の急速な増大によって、アメリカ製造業の職を失った人は200〜240万人に及ぶと推定されている。その人々が非製造業でこれまでのような賃金の職を見つけられなかったことが分かってきた。こうした労働市場の二極化に伴い、人々の政治への態度も極端になる傾向があると指摘されている。

2. 中国のWTO加盟

アメリカの学界において、貿易自由化に伴う格差拡大への関心が高まっている。従来、経済学者は貿易自由化の良い面を強調してきた。国際貿易の教科書には、貿易利益が存在することの説明が必ずある。それにもかかわらず、近年、貿易に伴う格差拡大への関心が高まっている。

その背景には、2001年の中国のWTO加盟がある。それ以前も、アメリカ合衆国議会の議決により、最恵国待遇が中国には与えられていた。しかし、WTO加盟により、議決という不確実な要素がなくなったことの意味は大きく、2001年以後、アメリカへの中国の輸出は急拡大した(Feenstra, 2016)。

3. アメリカの製造業の衰退

中国からの輸入の急拡大は、アメリカの製造業の衰退を助長した。マサチューセッツ工科大学のオウター教授らの研究チームは、中国からの輸入がアメリカの労働市場に与えた影響を分析した研究を公表している。中国からの輸入の急拡大により、雇用のみならず、イノベーションにも悪い影響がでていることまで研究チームは明らかにしている(Autor et al., 2016d)。Autor et al., (2016a) がこれまでの研究成果をまとめている。研究チームのウェブサイト(http://chinashock.info)も参考になる。

オウター教授らの影響力ある研究(Autor et al., 2013)によれば、1990年から2007年までの中国からの輸入拡大によって、輸入品と競合する産業の立地する地域において、失業の増加、労働参加率の低下、賃金低下といった現象が生じた。こうした地域においては、失業給付や障害給付といった社会保障給付が著しく増加した。オウター教授らは、このような現象を「中国症候群」(China syndrome)や「中国の衝撃」(China shock)と名付けている。アメリカの製造業雇用の衰退の4分の1は、中国からの輸入によってもたらされたものだという。より最近の研究によれば、中国との輸入競争によるアメリカの職の喪失は、1999〜2011年の期間に200〜240万人に及ぶと推定されている(Acemoglu et al., 2016)。

日本も中国からの輸入を増大させてきた。しかし、その影響はアメリカとは異なる。1995〜2007年のデータを用いたTaniguchi (2016) によれば、中国からの輸入の増大は、日本では製造業の雇用を増やす傾向を持っている。これは、日本の場合、中国から中間財の輸入が多いことによる。つまり、日本の製造業は、中国の製造業との間で国際生産分業をすることで、競合を避けていることが示唆される。

4. アメリカの労働市場の二極化

オウター教授らは、製造業の産業レベルの輸入データと組み合わせて、アメリカの労働者個々人のパネルデータ(1992〜2007)を用いた研究も行っている(Autor et al., 2014)。それによれば、中国との輸入競争にさらされた産業の労働者ほど、その後の所得が低下し、公的扶助を得ることになる確率が高い。こうした所得の減少は、元々賃金が低かった労働者ほど、顕著である。高賃金労働者は、所得の低下を最低限に抑えながら、転職に成功している。製造業外に転職することも多い。その一方で、低賃金労働者は、製造業内で転職することが多く、中国との輸入競争に結局さらされてしまう。中国からの輸入増大に伴う労働調整費用が無視できないこと、さらにその費用が低賃金労働者に重くのしかかっていることをオウター教授らは結論付けている。

中国からの輸入増大が与える影響が労働者間で均一ではないことは、アメリカに限ったことではない。デンマークの企業=労働者接合データを用いたKeller et al. (2016)も、中国からの輸入によって、中程度の賃金の職が減り、高賃金・低賃金の職が増える「二極化」(job polarization)が進展したことを発見している。

5. アメリカ政治への影響

オウター教授らは、中国からの輸入増大がアメリカの政治に及ぼした影響も分析し始めている。2002年と2010年のアメリカ議会選挙を分析した研究(Autor et al., 2016b)によれば、中国からの輸入との競争に強くさらされた選挙区では、穏健派候補への支持が減少している。たとえば、元々共和党が握っていた選挙区では、保守的な共和党候補が選出され、元々民主党が握っていた選挙区では、リベラルな民主党候補か保守的な共和党候補が選出される傾向が見られる。人種別に分析した結果によれば、白人が多数派の選挙区では、保守的な共和党候補、非白人が多数派の選挙区では、リベラルな民主党候補が選出される傾向にある。このように、中国からの輸入の増大により、アメリカ政治の二極化(the polarization of U.S. politics)が助長された。

2016年の大統領選後に公表された分析結果(Autor et al., 2016c)では、中国からの輸入の増大によって、共和党の得票率が上昇したと指摘されている。仮に中国からの輸入の増加率が半分であれば、ミシガンやウィスコンシン、ペンシルヴァニア、ノースカロライナなどの接戦州で民主党候補(クリントン氏)が勝利し、最終的に大統領に選出されていたはずだと分析されている。

6. 終わりに

オウター教授らの研究グループが次々と出す研究結果は、貿易を専門とする経済学者には衝撃的であった。というのも、経済学者は、通常、貿易の自由化による経済厚生の上昇を強調し、貿易の自由化による格差の拡大を軽視してきたからである。Antràs et al. (2016) は、アメリカの1979〜2007年の期間のデータを用いて計算(カリブレーション)を行い、貿易自由化に伴う格差拡大を考慮すれば、貿易利益の厚生価値は20%程度小さくなると指摘している。

しかし、格差の拡大を生んだとしても、安い財が中国から輸入され、消費者に大きな利益をもたらしたことも事実である。そのため、オウター教授らの研究結果を踏まえても、次期アメリカ大統領トランプ氏が提唱しているとされる中国からの輸入を制限する保護主義的政策が良いわけではなく、WTOのルール上も実行できるのか疑問が大きい。基本的には、アメリカ国内の再分配政策によって格差是正をはかるのが第一である。

参考文献
  • Acemoglu, D., Dorn, D., Hanson, G. H., and Price, B. (2016). "Import competition and the Great US Employment Sag of the 2000s." Journal of Labor Economics, Vol. 34, No. S1, pp. S141-S198.
  • Antràs, P., De Gortari, A., and Itskhoki, O. (2016). "Globalization, Inequality and Welfare." NBER Working Paper, No. 22676.
  • Autor, D., Dorn, D., Hanson, G. (2013) "The China syndrome: Local labor market effects of import competition in the United States." The American Economic Review, Vol. 103, No. 6, pp. 2121-2168.
  • Autor, D., Dorn, D., Hanson, G. (2016a) "The China shock: Learning from labor market adjustment to large changes in trade." Annual Review of Economics, Vol. 8, pp. 205-240.
  • Autor, D., Dorn, D., Hanson, G. and Song, J. (2014). Trade adjustment: Worker level evidence Quarterly Journal of Economics, Vol. 129, No.4, pp. 1799-1860.
  • Autor, D., Dorn, D., Hanson, G., and Majlesi, K. (2016b) "Importing political polarization? The electoral consequences of rising trade exposure." NBER Working Paper, No. 22637.
  • Autor, D., Dorn, D., Hanson, G., and Majlesi, K. (2016c) "A Note on the Effect of Rising Trade Exposure on the 2016 Presidential Election." Available at http://chinashock.info/papers/
  • Autor, D., Dorn, D., Hanson, G., Pisano, G. P., and Shu, P. (2016d). "Foreign Competition and Domestic Innovation: Evidence from US Patents." NBER Working Paper, No. 22879.
  • Feenstra, R.C. (2016) "The International Trade and Investment Program." NBER Reporter, No.1.
  • Keller, W. and Utar, H. "International Trade and Job Polarization: Evidence at the Worker-Level." NBER Working Paper, No. 22315.
  • Taniguchi (Sakamoto), M. (2016) "The effect of an increase in imports from China on regional labor markets in Japan." Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=2531290

2016年12月13日掲載

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