国際貿易と貿易政策研究メモ

第19回「『企業活動基本調査』と非正規労働者の増加」

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト / 摂南大学経済学部講師

1. はじめに

企業の国際化と国内雇用の関係について、経済産業研究所では数多くの実証研究がなされてきた。しかし、近年の非正規労働者の増加に伴い、今まで以上に精緻な実証研究が必要となってきている。

今回は、非正規労働者の増加に伴って、『企業活動基本調査』を用いた実証分析に生じている課題について、議論していく。

2. 2000年代の非正規労働者の増加

近年、日本で、非正規労働者の割合は増加してきた。2004年の規制緩和で、製造業でも派遣労働者を雇用できるようになった。中国をはじめとする低賃金国との国際競争にさらされている日本企業にとって、派遣労働者を雇用する利点は大きい可能性がある。2000年に26.0%程度であった非正規比(非正規労働者数/全労働者数)は、2010年には33.7%に上昇した。

3人に1人が非正規労働者である現代において、企業の国際化が国内労働市場に及ぼす影響は単純ではない。たとえば、ある日本企業が中国に工場を建設したときに、日本の工場では正規労働者が10人解雇され、代わりに派遣労働者が11人新規採用されていたとする。この場合、本当に雇用が増えたといってよいのか否か判然としない。

3. 雇用形態と労働時間・賃金の違い

雇用形態によって、労働時間は大きく異なる。厚生労働省の『毎月勤労統計』(従業者30人以上の事業所)によると、全産業の2008年の平均では、正社員(一般労働者)は、約1995時間、パートは約1167時間働いている。また、厚生労働省の『平成20年度派遣労働者実態調査』によれば、派遣労働者の年間収入は236万円で、派遣時給は1290円なので、派遣労働者の年間労働時間の平均は、約1829時間と算出できる。1日当たりに直すと、正社員は約7.7時間、派遣は約7.0時間、パートは約4.5時間となる(図1)。

図1:雇用形態別の1日当たり平均労働時間(2008)
図1:雇用形態別の1日当たり平均労働時間(2008)
出所:『毎月勤労統計』『平成20年度派遣労働者実態調査』をもとに著者作成。

雇用形態によって、賃金も大きく異なる。『毎月勤労統計』によれば、2008年全産業の平均値では、正社員の時給約2712円に対し、パートの時給は約1082円である。『平成20年派遣労働者実態調査』によれば、派遣労働者の時給は、1290円である。つまり、賃金は、正社員、派遣、パートの順になる(図2)。

図2:雇用形態別の平均時給(2008、単位:円)
図2:雇用形態別の平均時給(2008、単位:円)
出所:『毎月勤労統計』『平成20年度派遣労働者実態調査』をもとに著者作成。

企業にとって、少なくとも労働時間・賃金の点から、正規労働者1人と、非正規労働者1人は等しくない。非正規労働者の中でも格差がある。派遣とパートでは、労働時間・賃金の面で違いが大きい。

4. 雇用形態の多様化と『企業活動基本調査』

雇用形態の多様化を踏まえれば、雇用形態毎に労働者数が把握されなければならない。この点で、『企業活動基本調査』は、全従業者数に占める正規従業者数(正社員・正職員数)(注1)、パート従業者数を企業に尋ねている。加えて、別途、臨時・日雇雇用者数、(受入れ)派遣従業者数(注2)も尋ねている。つまり、『企業活動基本調査』では、以下の4つの雇用形態別に労働者数が分かる。

  1. 正規従業者数
  2. パート従業者数
  3. 臨時・日雇雇用者数
  4. (受入れ)派遣従業者数

5. 『企業活動基本調査』を用いた分析の課題

しかし、『企業活動基本調査』には、雇用形態別の労働者数の値はあるが、雇用形態別の労働時間の値はほとんどない。2006年実績値から、就業時間換算のパート従業者数を尋ねているのが例外である(注3)。

また、『企業活動基本調査』そのものからは、雇用形態別の賃金が得られない。『企業活動基本調査』では、「給与総額(賞与を含む)」および「福利厚生費(退職金を含む)」から、正規従業者・パート従業者の回答企業の賃金費用総額が分かる。しかし、正規従業者とパート従業者別の賃金は分からない。

さらに、派遣従業者の賃金費用は、上述の「給与総額(賞与を含む)」欄ではなく、営業費用のうちの「販売費及び一般管理費」に計上される。派遣従業者に要した賃金費用は分からない。なお、企業が派遣事業者に支払う「派遣料金」と派遣労働者が受け取る「派遣賃金」との間には相当な格差があることにも留意が必要である。厚生労働省の「労働者派遣事業の事業報告の集計結果について」に基づけば、2008年の派遣料金の平均は、1万6348円(8時間換算)で、派遣賃金の平均1万1254円(8時間換算)の約1.45倍に及ぶ。

『企業活動基本調査』を用いて雇用や賃金の分析をする際には、厚生労働省の『毎月勤労統計』『平成20年度派遣労働者実態調査』『賃金構造基本統計調査』から、雇用形態別の労働時間・賃金の産業別データを得る必要がある。これらの統計からの産業別データを接合すれば、『企業活動基本調査』の労働者数のデータを用いて、雇用形態別の総労働時間(=労働者数×労働時間)や総賃金(=労働者数×賃金)を大まかに算出することができる。

6. 企業の国際化と非正規雇用

『企業活動基本調査』を用いて、企業の国際化と非正規雇用との関係について、経済産業研究所では、若杉隆平・プログラムディレクターのプロジェクト等で精力的に研究が行われてきた(Matsuura 2013; Matsuura et al. 2011; Machikita and Sato 2011等)。

たとえば、経済産業研究所での著者の研究成果に基づくと、輸出企業と非輸出企業の派遣比(=派遣労働者の総労働時間/総労働時間)を比較すると、輸出企業の方が、派遣比率がやや高い(図3)。一方で、パート比は、非輸出企業の方が高い。また、輸出開始によって、派遣比やパート比が高まるとは言えない。

図3:輸出の有無別の派遣比率の平均(製造業、2005)
図3:輸出の有無別の派遣比率の平均(製造業、2005)
出所:『企業活動基本調査』をもとに著者作成。

7. 終わりに

今回は、非正規労働者の増加に伴って生じている『企業活動基本調査』の分析上の課題について議論した。『企業活動基本調査』用いて、企業の国際化が、国内企業の賃金費用、従業者数に及ぼす影響を分析する際にも、雇用形態別の賃金・労働時間の違いに留意しなければならない。

日本企業の国際化によって、国内雇用が減少するのか否かという問題も、雇用形態を分けて分析しなければ、正規労働者が減ったのか非正規労働者が減ったのかはっきりしない。また、その答えが得られなければ、適切な政策の立案も難しい。

こうした課題に応えるには、他統計からの情報を『企業活動基本調査』に接合して、分析を行うことが必要となる。

2013年10月18日

補論

脚注
  1. ^ 「正社員・正職員」は「常用雇用者のうち、一般に正社員・正職員などと呼ばれている人」、「パートタイム従業者」は、「常用雇用者のうち、正社員・正職員より1日の所定労働時間または1週間の労働日数が短い人」とそれぞれ企業活動基本調査では定義されている。
  2. ^ 「臨時・日雇雇用者」は、「1か月以内の期間を定めて雇用している者及び日々雇入れている者」、「(受入れ)派遣従業者」は、「労働者派遣事業を営む事業主が雇用する従業者であって、当該雇用関係のまま回答企業と当該労働者派遣事業主との契約の下に、回答企業の指揮命令を受けて、回答企業の業務に従事させている従業者」と企業活動基本調査では定義されている。
  3. ^ 森川(2010)はこの情報を用いて、生産性の推定を精緻化した研究である。
参考文献

2013年10月18日掲載