国際貿易と貿易政策研究メモ

第8回「企業内貿易とは何か:企業理論と新貿易理論の統合」

田中 鮎夢
研究員

1. はじめに

現代の世界の貿易のかなりの部分が、多国籍企業によって担われている。Antràs (2003) によれば、世界の貿易のおよそ3分の1が多国籍企業内の貿易である。また、1994年時点で、アメリカの輸入の42.7%、輸出の36.3%が企業内貿易であるという。ここでいう「企業内貿易」とは、親会社と外国現地子会社の間の貿易である。たとえば、自動車製造企業が中国の現地子会社で製造した自動車部品を日本に輸入するような、資本関係のある企業間の貿易である。

中国をはじめとする低賃金国に対する垂直的外国直接投資の増加に伴い、企業内貿易は重要性を増している。また、企業内貿易には、政策的観点からも注目すべき特徴がある。それは、経済危機に際して、企業内貿易の落ち込みが一般の貿易に比べて大幅に小さいということである(Bernard et al, 2009)。

ところが、国際貿易の分野で企業内貿易を理論的に扱うようになったのは、比較的最近のことである。契機になったのは、アントラス・ハーバード大教授の研究、Antràs (2003) である。そこで、今回は、Antràs (2003) に沿って、企業内貿易を考えていく。

2. 外国直接投資か外国生産委託か

企業が、自社製品向けの特別仕様の部品を外国から仕入れる場合、図1に示したように、2つの選択肢がある。1つは、外国直接投資(foreign direct investment)を行い、外国子会社を設立し、そこから仕入れる方法である。もう1つは、資本関係のない外国企業(外国非子会社)に外国生産委託(foreign outsourcing)し、仕入れる方法である。

図1:外国直接投資 対 外国生産委託
図1:外国直接投資 対 外国生産委託

外国子会社から仕入れた場合は、部品の企業内輸入が生じる。一方、資本関係のない外国企業から仕入れた場合は、部品の企業外輸入が生じる。企業外貿易のことを、文献では、アームズ・レングズの貿易 (arm's length transaction) と呼ぶことが多い。

表1は、「外国直接投資・企業内輸入」と「外国生産委託・企業外輸入」の2つの方法を整理したものである。

表1:外国直接投資 対 外国生産委託
表1:外国直接投資 対 外国生産委託

3. 統合か非統合か

企業内輸入か企業外輸入かという選択は、仕入れ先の外国企業を統合するかしないかの選択と考えることもできる。実は、仕入れ先を統合するか統合しないかという問題は、伝統的に企業理論によって研究されてきた。そのため、Antràs (2003) は、Grossman and Hart (1986)等の企業理論の成果をHelpman and Krugman (1985) の新貿易理論に組み入れ、企業内輸入を考察する枠組みを構築した。

国際的な文脈においても、企業は、仕入れ先を統合した方がよいと判断すれば、統合するし、統合しなくてよいと判断すれば、統合しない。

そのような企業の比較考量において、重要な要素は、仕入れ先との関係が決裂したときに、どの程度利潤を確保できるかという点である。仕入れ先が統合された外国子会社であれば、現地法人社長との関係が決裂しても、一定の部品を確保し、利潤を得ることができる。一方、仕入れ先が資本関係のない企業であれば、関係が決裂すれば、部品を確保し、利潤を得ることは難しい。

そのため、自社の資源を積極的に投入して、現地での生産を行う必要がある場合は、企業は外国子会社の設立を選択する方が有利である。そうでなければ、資本関係のない企業に生産委託する方がよい。

4. 終わりに

今回は、企業理論と貿易理論を統合した新しい研究潮流の嚆矢である、Antràs (2003) に沿って、企業内貿易の概要を紹介した。同時に、外国生産委託についても触れた。

経済産業研究所(RIETI)では、冨浦英一・横浜国立大学教授、若杉隆平・京都大学教授のグループによって大規模なアンケート調査が行われ、世界的に先進的な外国生産委託の研究が行われている (冨浦、2007)。

次回以降、外国生産委託について、主要な研究をさらに紹介することとしたい。

2011年12月15日
文献
  • Antràs, Pol. (2003) "Firms, Contracts, and Trade Structure." Quarterly Journal of Economics, 118(4):1375-1418.
  • Bernard, Andrew B., J. Bradford Jensen, Stephen J. Redding, and Peter K. Schott. (2009) "The Margins of US Trade." American Economic Review, 99(2): 487-493.
  • Grossman, Sanford J., and Oliver D. Hart. (1986) "The Costs and Benefits of Ownership: A Theory of Vertical and Lateral Integration," Journal of Political Economy, XCIV: 691-719.
  • Helpman, Elhanan, and Paul R. Krugman. (1985) Market Structure and Foreign Trade, Cambridge, MA: MIT Press.
  • 冨浦英一 (2007) 「日本企業の海外アウトソーシングを解剖する」RIETI Research Digest No.21, available at http://www.rieti.go.jp/jp/publications/rd/021.html

2011年12月15日掲載