RIETI海外レポートシリーズ 欧州からのヒント

第六回「外資によるエネルギー企業の買収」

白石 重明
コンサルティングフェロー

J-POWER(電源開発)への外資攻勢

既に新聞報道等ではJ-POWERの発行済み株式の9.9%を取得している英国系ファンドが、20%程度まで株式の買い増しを進めていく方針だと報じられている。本件は、取得株式が外為法上の規制がかかる10%の壁を越えていくという点で、これまでの民間ベースのゲームから、名実ともに政府を巻き込んだゲームになっていくことになる。

筆者は、欧州の電力・ガス事業の国際的再編劇を「2R-2Rモデルの構造下にある企業」と「企業とは異なる意図を有する国家」とのゲームとして分析するほうがよいだろうと指摘した上で、「日本でも、早晩、同じようなゲームが起こる可能性はある。後からみれば、たとえば先のJ-POWER(電源開発)に対する外資系ファンドの増配要求などは、その嚆矢だったということになる可能性があろう」と述べた(2007年10月25日付け第3回「欧州からのヒント」)。今回の動きは予想されたものであったといっていいだろう。

一部では、外為法の規制により10%を超える株式取得はできないという誤解もあったようだが、外為法はあくまで広義の安全保障上の問題がないかどうかを政府が審査する仕組みである。今後は、日本政府がどのような審査結果を出すのか、それに対してファンド側がどのように対応するのか、といったやり取り(=ゲーム)が行われることになる。さらに、外為法を梃子とする日本政府によるゲームだけではなく、これまでの経緯からしてJ-POWERによる企業防衛策の発動といったゲームも行われる可能性がある。そして、このゲームは、成り行きによってはファンド、J-POWER、日本政府のみならず、EU委員会も巻き込んだ多重的なゲームになる可能性がある。
まさに、筆者が検討中のマルチプル・ゲームである(2007年11月14日第4回「欧州からのヒント」参照)。

なお、日本では、ここで否定的な審査結果を出すと海外から日本への投資が細ってしまうという警告的論調が見られるようだ。確かにそのような現実的インパクトが短期的にはあるかもしれないが、あくまで外為法上の審査は粛々と広義の安全保障上の問題があるかどうかを見るべきだ。EU憲章でも、資本移動の自由を原則としつつ、安全保障上の問題がある場合の規制は認められている。この原則自体は、国際的に認知されている。粛々と安全保障上の観点から審査を行う姿勢によってこそ、日本が予測可能性の高い株式市場として国際的に認知されることになる。ちなみに、筆者が議論した欧米系金融機関のM&Aアドバイザーは「さまざまな規制があろうとも、それが明確で合理的であれば、その必要がある限り乗り越えていける。日本の制度も、妙な運用がされない限りは、明確で合理的だと評価できる」と述べていた。

欧州における状況

欧州では、既に電力・ガス事業の国際的再編が進みつつある。そうした中、ロシアによるエネルギーの国家戦略的利用や政府系ファンドのプレゼンス拡大を背景として、外資によるエネルギー企業の買収に対する防衛的措置に関する議論も盛んである。

1つの論点は、EU委員会による電力・ガス自由化第3次パッケージ案に含まれている「ガスプロム条項」だ。ネットワーク部門のアンバンドリングの徹底を前提に、EU以外の第三国がネットワーク部門企業を買収する場合には、当該第三国でも同様の措置がなされていることを条件とするもので、実質的にはロシアによる買収を抑制するものと見られている。ただし、ここでは、安全保障上の問題としての外資からの企業防衛ではなく、あくまで「相互主義」が標榜されている点に留意すべきだ。筆者は、「相互主義」の考え方を拡張していくことで、ファンド対事業会社など異なる規律に服するプレイヤー間のM&Aに関する一般的ルールが策定できる可能性があるのではないかと考えている。

次に注目すべき議論は、「黄金株」である。黄金株は、エネルギー分野に限らず、重要事項に関する意思決定権を保持しつつ外部からの収益目的の出資を集める上で、一律の規制よりも優位性がある。たとえば、フランス政府は、今般のGDFとスエズの合併・民営化後も黄金株を保持する方針である。ドイツでもアジアや中東のファンドによる買収を念頭に、黄金株に関する検討を進めているといわれている。なお、日本では、現在のところ国際石油開発帝石ホールディングスが上場企業で黄金株がある唯一の例である。

実は、黄金株については、欧州司法裁判所において否定的な判決が度重なっている。2002年のフランスのエルフ・アキテーヌ(石油)のケース、ベルギーのソシエテ・ナシオナーレ・デ・トランスポート・パー・カナリザシオン(運輸)のケース、2003年の英国のBAA(英国空港運営会社)のケース、スペインのレプソール(石油)やエンデサ(電力)のケース、2006年のオランダのTNT(郵便)のケースなど、いずれも黄金株が違法と判断されている。黄金株が「一株一議決権」の原則を覆すものだけに、慎重な判断がされてきたといえよう。

にもかかわらず、黄金株の議論が消えないのは、2002年にベルギーのガス会社、ディストリガスの黄金株が欧州司法裁判所で認められたケースがあることも背景となっている。この判決では、ベルギーがガスの必要最低限の供給を確保することの正当性が認められた。

こうした状況にあって、これまで黄金株について否定的立場であったEU委員会でも、「黄金株に関するルールを明確化することで資本移動の円滑化を図る」という論法で議論を進めようとする動きがあり、今後、注目していく必要がある。

M&Aの今後の動向

サブプライム問題を契機とする国際的なマネーのタイト化によって、今後M&Aが細っていくという見方がある。確かに、それはマクロ的には正しい予測だが、だからこそ個別の戦略的なM&Aは益々注目されるようになると思われる。

昨今の情勢では、株価に影響があるかもしれないような情報は書き難いが、日系の電力・ガス事業や航空事業などをターゲットにした動きもあると聞く。そうした動きは、ファンド主導ばかりではなく、事業会社による事業戦略の一環として検討が進められている点が特徴的だ。

こうしたなか、日本としては官民ともに手探りのゲームを進めつつ、合理的で明確なルールとその運用を内外に示していく必要がある。今般のJ-POWERのケースは、やはりその嚆矢となろう。

2008年1月18日
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2008年1月18日掲載

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