社会保障・経済の再生に向けて

第18回「成長戦略(6) - 人的資本蓄積を高め、格差縮小と成長の同時達成を」

小黒 一正
コンサルティングフェロー

少子高齢化が進展する中、子育て支援の拡充が進められている。そこで、今回のコラムでは、想定できる政策目的を再検討しつつ、子育て支援のあり方について考察してみたい。

人口減少は脱出できるか?

さて、子育て支援の政策目的として主に想定できるのは、(1) 内需拡大、(2) 人口維持(規模効果の維持)、(3) 再分配(格差是正)、(4) 賦課方式がもつ外部性の内部化、(5) 人的資本蓄積(教育支援等)の5つである。以下、順に考察していこう。

まず、第1の内需拡大である。雇用が悪化し賃金上昇が伸び悩む中、家計における子どもの教育費等の支出は重い負担となっている。このような状況の中、成長戦略との関係で、子育て支援の拡充はその家計負担を軽減し、消費拡大を促す効果が期待されている。この関係で、参考となる政策は、1998年度の地域振興券や、麻生政権の総額2兆円規模に上る「定額給付金」(1.2万円+特定年齢加算)である。このうち、定額給付金の限界消費性向c(追加的所得に対する追加的消費の割合)については、1998年度の地域振興券と同様、内閣府 (2010)が約0.3と推計している(注1)。仮に、子育て支援の限界消費性向がこの0.3に等しいとすると、乗数効果は1以下のc/(1-c)=0.3/(1-0.3)=0.4となる(注2)。なお、恒久的な子育て支援は、一回限りの地域振興券や定額給付金と違い、各家計の生涯賃金に大きな影響を与えることから効果が異なる可能性もある。

なお、上記の実証分析でも確認されるように、定額給付金等の効果が低いのは、その財源の多くが公債によるための可能性もある。公債発行で財源を賄うと、合理的な家計なら、将来の増税を見越して貯蓄を増やし、消費は変化させない。むしろ、消費を増やすのは、流動性制約等に直面している家計のみである。その場合、定額給付金等の効果は低下し、これは子育て支援の議論にも当てはまる可能性がある。

第2は、人口維持(規模効果の維持)である。一般的に、人口規模が大きい方がニュートンのような賢者が多く存在し、発明や開発などの技術進歩を通じて、経済成長が高まる可能性がある。これを規模効果というが、この維持・拡充を目的として、出生数の増加を期待するものである。子育て支援が出生率の改善にある程度寄与する点は否定し難いものの、一般の関心は、それが人口減少からの脱出に効果をもつか否かにあろう。図表1は、筆者らがその効果を分析するため、現金給付・現物給付を問わず、政府による子育て支援(児童手当や教育補助等)を全て50%増とした場合の出生数の変化を推計したものである(注3)。この推計結果では人口減少からの脱出は見込めない形になっている。ただ、人口減少のスピードは明らかに緩和されており、これをどう評価するか、という問題になる。なお、仮に子育て支援の政策目的が出生数の増加のみにあるならば、理論的には、既に生まれている子どもの数は変化しないから、これから生まれてくる子どもに対してのみ適用して支援を行えば十分との議論もある。

図表1:子育て支援の効果
図表1:子育て支援の効果
(出所)筆者作成

いずれにせよ、人口維持の目的は、そもそも、最適な人口規模をどう想定するかによっても変化する。仮に、現在よりも少ない人口規模が最適な場合、無理に人口を増やす必要はない。逆に、現在よりも多い人口規模が最適な場合、図表1の推計は、子育て支援のある程度の有効性を示唆するものである。

第3は、再分配(格差是正)である。一般に、再分配は、社会の価値観によるところが大きく、経済学が不得意とする分野だが、扶養控除や児童手当には、水平的公平性に資するという考え方もある。同じ世帯年収でも、子どもを持つ家庭(夫婦2人+子ども)は、持たない家庭(夫婦2人のみ)と比較して支出が厳しくなる。親の視点からみて、仮に子どもを消費財とみなす場合、子どもがいればコストもかかるが、それは親の選択の結果であり、親の効用も高まるので支援は必要ないという考え方もある。しかし、子どもの視点からみると、子どもは親や生活環境を選択できないことから、ある程度の支援を行う根拠もある。つまり、子育て支援がこのような政策目的をもつ是非は否定できない。だが、その場合でも、いくつかの問題は残る。1つは、欲しくても子どもを持てない世帯との関係であり、この場合には、「子どもを欲しくてもさまざまな理由から持てない世帯もあるのに、なぜ子どもを持つ世帯のみを優遇するのか」との問いに対する説明が求められよう。また、もう1つは、所得制限との関係である。もし子育て支援の目的が再分配にあるなら、垂直的公平性との関係で、高所得世帯にまで配る必要はない。所得制限のため、世帯収入の把握は難しいとの議論もあるが、もしそうならば、高所得世帯の収入に関する累進税率を引き上げて、給付を取り返す方法もあろう。

第4は、賦課方式がもつ外部性を内部化するという議論で、これは第5回のコラムで紹介したものである。「子どもは公共財的性質をもつから、子育てを社会全体で支援する」という説明もあるが、一般に、賦課方式の社会保障(年金・医療・介護)は、他人の子どもにフリーライドし少子化を加速させる外部性をもち、この外部性の内部化には、政府による子育て支援が必要となる。だがこの議論は、社会保障が賦課方式のケースのみで成立するものである。賦課方式を維持するときには子育て支援が正当化されるが、賦課方式は特定世代に過重な負担を押し付ける仕組みであり、現在、老齢世代と将来世代との間で1億円にも及ぶ世代間格差を引き起こしている。これは若い世代にとって許容し難い格差であり、賦課方式の社会保障は、事前積立の導入等により、できるだけ早期に見直す必要がある。その際、第5回のコラムでも説明したように、事前積立の導入等の社会保障改革によって世代間格差が改善すると、他人の子どもにフリーライドする誘因が低下するから、この文脈での子育て支援の意義は消滅することになる。

格差が少ないほど成長率は高い可能性

以上から、成長戦略との関係で、第1から第4を子育て支援の政策目的とする根拠は薄い。最後に、第5の人的資本蓄積(教育支援等)についての考察を行おう。

図表2は、先進主要国のジニ係数を横軸、1人あたり成長率を縦軸にプロットしたものである。この図表は、これまでトレードオフの関係にあると思われてきた格差と成長が「神話」に過ぎず、むしろ格差が小さいほど成長率が高くなるという事実を示唆している。

図表2:ジニ係数と1人あたり成長率(90年代後半)
図表2:ジニ係数と1人あたり成長率
(出所) OECD(2005), “Selection of figures from OECD Questionnaire on Income Distribution and Poverty”およびThe World Bank(2008), “World Development Indicators”から作成

このメカニズムは、最近のDe La Croix and Doepke (2003) 等の研究によって明らかにされつつある(注4)。少し極論だが、それは次のように説明できる。一般に、高所得世帯は、子どもの「量」でなく「質」を重視する。その結果、高所得世帯の子どもは、高い教育を受け、高い人的資本を蓄積して、労働市場に参入する。逆に、低所得世帯は、子どもの「質」よりも「量」を重視する。その結果、低所得世帯の子どもは、高い教育を受けることができず、低い人的資本のままで、労働市場に参入する。そして、経済全体の生産量は、労働力を提供する労働者の人的資本に依存するとしよう。このとき、これら子どもが労働市場に参入する時期において、高い人的資本をもつ労働者(=高所得世帯の子ども)よりも、低い人的資本をもつ労働者(=低所得世帯の子ども)の方が多いケースでは、所得の格差は大きくなり、ジニ係数は拡大するとともに、1人あたり成長率は低下してしまう。逆に、適当な教育支援(例:財源は高所得世帯への課税で、低所得世帯に教育支援)により、低所得世帯の子どももある程度、高い教育を受け、高い人的資本を蓄積できるようになると、これら子どもが労働市場に参入する時期において、高い人的資本をもつ労働者が増加するので、所得格差は小さくなり、ジニ係数は縮小するとともに、1人あたり成長率は上昇するという説明である。

以上のように、子育て支援が人的資本蓄積に貢献する場合には、その拡充は成長に寄与する可能性がある。だが、それでも、いくつかの問題点がある。一つは、「現金給付か、現物給付か」という問題である。Lundberg et al.(1997)等も指摘するように、子育て支援による給付が家族の誰に渡るかという視点も重要であり(注5)、それが子どもの人的資本蓄積に必ず活用されるとは限らない。娯楽費等として、親が自らの消費に使用してしまう可能性も否定できない。むしろ、その使途を人的資本蓄積に限定するには、現金給付で配るよりも、教育バウチャーや教育サービスを担う機関に補助として配る方が適切であり、その方が効果を発揮する可能性が高い。

もう1つは、高等教育との関係である。人的資本蓄積という観点では、高等教育機関の役割も大きいものの、現在は、財源の限界もあり、無償の教育支援は高校までに留め、大学等の高等教育は主に有償の奨学金拡充で対応する方向で検討している。他方で、奨学金は1999 年の改革以降、有利子事業を中心に拡大してきており、奨学金を受けた学生の中には、卒業後の雇用環境の悪化に伴い、その返済を滞納する者が急増している。このため、「教育の機会均等」を目標に低所得世帯支援として発展してきた奨学金の性格も変貌しつつあり、その選択と集中を図る観点から、奨学金の家計基準限度額の引下げも含め、奨学金のあり方も検討していく必要がある。その際、子育て支援の財源を見直しつつ、その拡充に活用する方策も検討に値しよう。

以上に加えて、教育サービスの供給側の強化も重要である。この点は、第14回のコラムにおいて、知識経済の強化に向けた「教育の再構築」の必要性を主張したところであり、人的資本蓄積の向上を図るためには、その質的向上も進めていく必要がある。

なお、繰り返しになるが、筆者は「子育て支援」の意義や必要性を否定している訳ではない。既に生まれてきた子どもたちの子育てをどう支えるか、という視点は極めて重要である。これは、(1)子どもの教育費や、(2)(女性が勤めに出るようになった結果)子どもの出産・育児に関する機会費用、など子どもを育てる経済的負担が大きく変化したためである。そして、 (1)については人的資本蓄積(教育支援等)の観点から授業料の引き下げ・補助といった政策が、また(2)については保育料金の引き下げ・補助といった女性の就業環境整備等の政策が既にあることから、子育て支援を現金給付で行うか、現物給付で行うかという議論も深めるべきである。 他方、将来の成長を担う生産要素は主に、技術、資本、人財の3つであり、人財(=人的資本)はその根幹をなすものである。この関係で、成長戦略の一環で最も重要なものは、子育て支援のうち人的資本蓄積に対する支援であろう。限られた予算を有効活用し、日本の潜在成長力を高めていくためにも、改めて、子育て支援の中身について再検討を望みたい。

なお、今回はあまり考察しなかったが、むしろ子育て支援としては、第5回のコラムでも主張したように、育児と就労のトレードオフ縮減も重要な課題である。出産・育児の機会費用という点では、頻繁に議論される「幼保一元化」や「待機児童解消」のみでなく、高学年の子どもをもつ親も安心して育児・就労ができる環境整備や社会的支援が最も重要であり、北欧の取り組みも参考としつつ、労働法制も含む規制改革を推し進める等、政府はこのテーマに全力を傾けるべきであろう。

2010年3月5日
脚注
  • 注1)内閣府政策統括官(2010)「「定額給付金に関連した消費等に関する調査」の結果について」等を参照せよ。
  • 注2)仮に子供手当の限界消費性向が0.7のケースでは、乗数効果は0.7/(1-0.7)=2.3となる。
  • 注3)Oguro, Takahata and Simasawa(2009), “Child Benefit and Fiscal Burden: OLG Model with Endogenous Fertility”, IPSS(国立社会保障・人口問題研究所) Discussion Paper Series 2009-E01を参照せよ。なお、厳密には、同論文の目的は少子化対策の効果分析でなく、RC改善の可能性の分析にある。
  • 注4)De la Croix, D. and Doepke, M. (2003), “Inequality and Growth: Why Differential Fertility Matters,” American Economic Review 93(4), pp. 1091-1113.
  • 注5)Lundberg, el al. (1997), “Do Husbands and Wives Pool Their Resources: Evidence from the United Kingdom Child Tax Credit,”Journal of Human Resources 32(3), pp.463-480.

2010年3月5日掲載

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