ガバナンス・リーダーシップ考

連載開始にあたって

西水 美恵子
コンサルティングフェロー

世界銀行での20年余りの多くを開発途上国における変革の政治、いわゆる改革の、泥沼のような現実の中で過ごした。その経験が、「開発」とは社会的、経済的、政治的な変化のプロセスなり、と教えてくれた。そのような、国造りに関する政治経済的な問題について考えると、富める国、貧しい国の間に相違はないことを知った。だから、世界のどこで仕事をしようとも、母国日本、そしてその国造りへ想いを馳せることなく過ごした日は1日たりともなかった。

世界銀行で得た最も重要な教訓。それは、良いガバナンス無くしては健全な国造りはできないということ。そして、良いガバナンスが行われることを可能にするために最も重要でありながらなかなか見つからないものは、優れた政治的リーダーシップなのだということ。

独裁的なCEOが率いる企業に私は絶対投資しない。同じように、いかにそのリーダーシップが「優れて」いても、独裁的な政治体制は、-それが軍事政権、君主制あるいは共産主義政権であれ-、健全な国造りにとって高いリスクを伴う賭けだと考える。指導者は神ではなく、人間にすぎないのだから。故に、「権力は腐敗する傾向を持ち、絶対権力は絶対に腐敗する」のだから。(1887年、アクトン卿、英国教会主教マンデル・クライトンへ宛てた手紙)

ウィンストン・チャーチルがかつて述べたように、私も言わせてもらおう。「民主主義は最悪の政治体制だ。これまでに試されてきた民主主義以外のあらゆる政治体制を除けば...」(1947年、英国下院での発言)

民主主義は他のどの政治体制よりも、民衆と指導者との「ダンス」だと思う。確かに、指導者は民衆に「よき」指導者となることを許されてはじめてそうなり得る。しかし、逆もまた真なり-おそらくより強烈にそうであろう。よき指導者は民衆を鼓舞する。民衆の視線を世俗的なところからより高く押し上げる。民衆が個人的な目先の利害を超えて、すべての人々にとってのより大きな機会を求めるよう促す。そして、良いガバナンスが根差し、維持され、民主主義の抑制と均衡により徐々に発展していくところに行きつくのだと思う。

「フェローのコンテンツ」と呼ばれるこの小さなコーナーを借りて、20年余りの経験を振り返り、思いついたことを語っていきたい。話題は様々。でも、変わらないのはガバナンスとリーダーシップのテーマ。

私の想いを綴ったどの一片でも、政界、実業界、その他、日本の今日とあしたの指導者にとって、少しでも役に立つことがあれば幸いに思う。勿論読者の皆様からのご意見やご感想を、心底歓迎したい。

2005年7月29日

2005年7月29日掲載

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